第94回 ファーストキャリア決定のカジュアル化
掲載日:2025/10/14

学生のファーストキャリア決定のプロセスが、以前よりも軽くなっているのかもしれません。企業の情報発信の質が落ちたわけでも、大学のキャリア支援が手薄になったわけでもありませんが、弊社の調査データ『新卒採用戦線 総括2026』(※1)からは、入社の決定プロセスがどこか淡白で、カジュアルなものになっている様子がうかがえます。
情報を見ずに決める学生が増加
まずは、調査データを見てみましょう。学生に「入社企業を決める際に参考にした情報」として該当するものをすべて選択してもらいました。
入社の意思決定時に参考にした情報 (複数選択)
文化放送キャリアパートナーズ就職情報研究所「新卒採用戦線総括2026」
「特に何も見ずに決めた」だけが3.0%から6.6%へと倍増して、それ以外の項目はすべて前年を割り込んでいます。選考プロセスを通して企業理解が十分に進み、意思決定するための情報が必要なかったのかもしれませんが、あらゆる項目で数字が下がったことを説明できるほどの説得力はないでしょう。もう1つ、紹介したいデータがあります。内定取得学生に入社への不安について尋ねた調査結果です。
入社への不安 (複数選択)
文化放送キャリアパートナーズ就職情報研究所「新卒採用戦線総括2026」
「自分の能力が通用するか」(45.8%)、「人間関係」(34.3%)、「配属先(勤務地)」(24.7%)と、上位3つはすべて前年より下回りました。他にも「配属先(部署・職種)」(18.1%)、「会社の将来」(15.5%)は前年よりダウンしています。そのなかで目立って前年比アップしているのが「不安はない」で、8.9%から12.2%と数字を伸ばしています。少ない情報で意思決定する学生は増えているのに、不安を感じている学生は減っていることが分かります。
背景にあるキャリア意識の変化
こうした動向には、学生のキャリア観の変化が関係しているのではないでしょうか。多くの学生は「できるだけ1社で長く勤めたい」という安定志向を持ちつつ、同時に終身雇用が期待できる時代でないことも理解しています。「状況次第では転職という選択肢もあり」という思考が、新卒時の入社企業を“最終決定”ではなく、“とりあえずの第一歩”と捉える傾向を強め、ファーストキャリアの意思決定を、以前よりも軽いものにしていると考えられます。
また、仕事への熱量低下も要因の1つでしょう。パーソル総合研究所の『新卒就活の変化に関する定量調査』(※2)では、2019年と2025年のキャリア意識の変化を紹介しています。その結果をご覧ください。

パーソル総合研究所「新卒就活の変化に関する定量調査」
仕事メインの価値観は低下傾向が見られ、仕事を含めた日常生活の快適さに影響する項目は上昇していることが分かります。学生が仕事に対する関心を失ったわけではないでしょう。それ以上にワークライフバランスや自分軸を重視するようになり、相対的に仕事への熱量が低下したと捉えるべきでしょう。それがファーストキャリアの決定を、以前よりもカジュアルなものにしたと考えます。
経験しないと分からないキャリア観
キャリア意識の変化の背景には、自分を発揮できる“場”が仕事以外に増えていることが関係しているのかもしれません。SNSやネットコミュニティなどで「承認欲求」を満たす機会が広がり、生活に彩りや安らぎを与えてくれる手段は多様化しています。それが仕事メインの充実感を求める学生を減少させているのではないでしょうか。
仕事に「自己実現」を望まなければ、就職活動はどんどん条件重視になっていきます。自分の将来について真剣に悩み、企業や社会人の話を聞くために時間を割きながら、目指すキャリアを模索するプロセスは簡単ではありません。ストレスを感じる学生もいます。それよりも「給与と自由な時間を確保できる」現実的な条件を優先して、趣味や推し活に時間を使う方が、学生にとっての“確実な満足”なのかもしれません。
学生の価値観は多様化していて、望むキャリアは人それぞれです。条件メインの外発的動機でキャリア選択することも1つの選択肢といえます。しかし、そのキャリア選択は実体験を伴っていないので、強固なものではありません。入社後、仕事で“達成感”や“やりがい”を感じることで、内発的動機を重視するようになる人も出てくるでしょう。経験しないと分からないことは多くあります。
学生のファーストキャリア決定がカジュアル化していくのであれば、入社してから自身のキャリアと真剣に向き合う新卒人材が増えていくでしょう。採用だけでなく、入社後のキャリア支援も、大きな意味を持つ時代になりそうです。
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文化放送キャリアパートナーズ・就職情報研究所「新卒採用戦線 総括2026」
11月下旬より公開予定。本稿データはその一部を先行紹介しています。 - パーソル総合研究所「新卒就活の変化に関する定量調査」
執筆者紹介
キャリアコンサルタント 平野 恵子

大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。国家資格 キャリアコンサルタント