「ハリネズミ同士」の関係構築
掲載日:2025/06/18

知り合いの大学教員から、ゼミ運営における悩みを聞きました。曰く「ゼミ生同士がなかなか打ち解けず、議論が深まらない」「最初の数ヶ月はアカデミックな内容よりも、ゼミ生同士の関係構築に時間を使っている」など、学びを深める手前の段階、学生同士のコミュニケーションで苦慮しているようでした。
私も授業や講座で、グループワークを実施する機会は多いのですが、似たような難しさを感じています。グループワークを避けたがる学生は10年以上前から多かったのですが、以前は学生から苦手意識を強く感じていました。知らない人と交流した経験があり、そのときにうまく対応できなかったからこその苦手意識です。
しかし最近は、そもそも知らない人との交流が乏しく、コミュニケーションすること自体に「不安」や「恐怖」を抱いている学生が多いように感じます。安易に相手の交友テリトリーに入って拒絶されたり、攻撃されたりしたらどうしよう。そんな気持ちが、お互いの交流を妨げているように見えます。
それゆえでしょうか。「友人」認定している人以外は「他人」という位置づけで、興味関心を持たない関係性が目立ってきたように感じます。ある学生は「自分とは合わない!と感じたら、すぐに見切りをつけて、交流をシャットアウトする」と言っていました。
この学生も、コミュニケーションの重要さや多様性の大切さは理解しています。しかし、それ以上に相容れない人との交流で生じる不快さが先に立ち、シャットアウトするという手段を選択しているのでしょう。もしかしたら、お互いが不快な思いをしないための配慮なのかもしれません。
矛盾するようですが、「多くの人と仲良くなりたい」「良好なコミュニケーションをとれるようになりたい」と考える学生は、以前よりも多いように感じます。前述の学生も、「すぐにシャットアウトしないように、直し方を教えてほしい」と発言していました。

他者との交流を怖がり、警戒しながらも、人とのつながりを望んでいる。それはまるで、自分を守るために毛を逆立てたハリネズミ同士が、痛い思いをせずに近づきたいと願っているように見えます。トゲを立てずにお互いを受け入れれば、安心して相手に近づくことができるのに、それがなかなか難しいのでしょう。
また、興味深く感じたのは、対人関係の悩みにも“解決方法”があり、それを教えてくれる人がいると、学生が認識している点です。人間関係には正解がないので、自身が手探りで向き合っていくしかないと思うのですが、ゼミ生同士の関係構築も、担当教員が対応してくれる環境で育っていれば、誰かが手助けしてくれるのが当たり前という感覚も理解できます。困り事があれば対処してくれる人がいて、その人の指示をよく聞き、言われたとおりに行動するのが、彼らにとっての最善手なのでしょう。
学生同士の関係構築でも、これだけ難しい状況です。初めての職場という環境で、「友人」でも「他人」でもない「仕事仲間」という人間関係を築くというのは、決して簡単なことではありません。「一緒に仕事をしていれば、自然と関係性は築かれるだろう」という感覚のままでは、うっかり孤独にさせてしまうでしょう。そうした若手社員の孤独感は、離職というリスクにつながります。
野村総合研究所の『今こそ企業が向き合うべき「孤独・孤立」』(※)というレポートでは、「働き始めてから5年未満の若手の半数以上が孤独を感じている」と報告しています。打ち解け合えないゼミ生同士のような職場は、意外と多いのではないでしょうか。そして「孤独感のある人の転職意向は高い」ことも、このレポートでは明らかにしています。
高度なスキルや専門知識を持っていても、人との協働のなかで発揮できなければ意味がありません。継続的に成果を出してもらうには、身体だけでなく、メンタルも健康である必要があります。多様な価値観を持つ他者と円滑に協働するためのアプローチ。これは専門スキルや業務知識と同じくらい大切な社会人スキルと言えるでしょう。必要なスキルであれば、トレーニングで獲得してもらう必要があります。職場における関係構築トレーニングは、若手社員を中心に組織として取り組む必要があるのではないでしょうか。
執筆者紹介
キャリアコンサルタント 平野 恵子

大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。国家資格 キャリアコンサルタント