第98回 生成AIで「自分に合う企業」は見つかるのか

掲載日:2026/06/22

生成AIを使った就職活動の一例

 先日、ある出版社のWebニュースで、生成AIを活用した就職活動の様子を伝えていました。曰く、エントリーシートの作成に生成AIを使うのは当然で、さらに踏み込んだ利用方法が広がっているとのこと。紹介されていた内容を読んで、少し驚いてしまいました。

 例えば、インターンシップやオープンカンパニー、合同企業説明会などで、実際に企業と接して志望企業を決めていくのではなく、完成した自己PRや自分の希望条件などをChatGPTやGeminiに読み込ませた上で、自分にフィットしそうな企業をリストアップしてもらう。それだけでなく、TikTokなどのショート動画で社員やオフィスの空気感を直感的に判断したり、口コミサイトで実態を推測したりしながら、志望企業を絞り込んでいく。

 多くの学生は、自分の知っている企業が限られていることを自覚しているので、知らない企業を生成AIが提案してくれることに、大きなメリットを感じるでしょう。自己PR情報や要望を反映させて、自分に合いそうな企業を教えてくれるのであれば尚更です。SNSや口コミ情報など、学生視点で信頼できる情報源で裏取りをすれば、合理的かつ信憑性のあるZ世代の就職活動と言えるのかもしれません。

 もし、こうした就職活動が広がるのであれば、企業側も対応を迫られるでしょう。以前はSEO(検索エンジン最適化)対策が話題になりましたが、今後はAEO(Answer Engine Optimization/回答エンジン最適化)、つまり生成AIが自社を適切に候補として提示してくれるような情報設計が、採用広報において問われるようになるのかもしれません。

「AI就活」への違和感の正体

 大学教育における生成AIの活用については、様々な意見があります。慎重に考える立場、積極的に推進する立場など、それぞれに一理あると思います。私自身は、学生から社会人への移行を支援する立場として、仕事で生成AI利用が避けて通れない以上、大学教育のなかで使いこなすトレーニングは必要だと考えています。

 自身の将来について思考を深めつつ、効果的な使い方ができるのであれば、就職活動で生成AIを使うことにも大きな問題は感じません。にもかかわらず、冒頭で紹介したような「AI就活」には、なぜか違和感が拭えないのです。

 「自分に合った企業を見つける」という就職活動の重要なステップを、膨大な学習データを取り込んでいる生成AIが担ってくれるのであれば、社会経験の少ない学生にとって有益な活用方法だと言えるのかもしれません。IR情報といった少し手強い企業情報も、分かりやすく解説してくれれば、理解が深まり、志望動機を掘り下げて考える手がかりにもなるはずです。

 なのに、拭えない違和感の正体は何なのか。その理由が、「記号接地」という言葉を知ったことで、少し整理できたように思います。

記号接地と就職活動

 「記号接地」というのは、認知心理学や人工知能研究などで論じられてきた概念です。今井むつみ著『人生の大問題と正しく向き合うための認知心理学』(日本経済新聞出版)には、「記号接地とは、自分で経験し、そこから自分で経験を抽象化したり拡張したりして『知識を創る』こと」(P209)と説明されています。

 同書には、次のような説明もあります。「AIは、リンゴの写真を処理し、認識できます。今後、香りセンサー、触覚センサー、味センサーなどをつけて、それぞれを処理することもできるようになるかもしれません。ただ、それをどのように統合するか。これはなかなか難しい問題です」「一方で人間は、たくさんの感覚器官(センサー)から一気に情報を習得し、それを統合するということを常におこなっています。『リンゴという体験』を、自分の身体の一部にできる。つまり記号接地できるのです」(P176)。

 就職活動に置き換えてみましょう。生成AIは仕事内容、勤務地、平均年収、口コミなど多くの情報を取得して、自己PRや希望条件といった入力情報をもとに、その学生とフィット率が高い企業を提案してくれます。しかし、その結果を学生自身が実感を持って受けとめることができなければ、つまり記号接地できていなければ、自分の意思決定として腹落ちしたキャリア選択にはつながりにくいのではないでしょうか。

 内定を得たものの「ここに決めて良いのか分からない」と決断できず、かといって明確な方向性があるわけでもなく就職活動を続けている学生を見ていると、そもそも記号接地された価値観が醸成されていないことが要因なのでは……と考えたりします。

情報に踊らされないキャリア選択

 生成AIだけでありません。SNSでは「後悔しない企業選び」「入ってはいけない会社の特徴」といった動画や画像が流れてきて、学生は様々な情報に日々さらされています。情報サイトに登録すれば、対処できないほどのメールが送られてきて、件名を読むだけでも一苦労です。

 しかし、どれだけ有益な情報があろうとも、記号接地した価値観——自分の経験から形成された感覚——が形づくられていなければ、優先順位をつけたり、意思決定したりすることは困難なのでしょう。

 冒頭の「AI就活」に抱いた違和感は、生成AIが主因ではないと気付きました。大学生活のなかで記号接地した価値観、ものごとの「好き・嫌い」やコミュニティー内における自分の「得手・不得手」が十分に構築されないまま、与えられた情報に頼ってキャリア選択してしまうプロセスに引っかかりがあったのです。

 夏のインターンシップが動き出すタイミングです。どうすれば学生が経験に根ざした価値観を育んでいくことができるのか。これはプログラム設計における大切な着眼点になるでしょう。その上で、生成AIという道具をどのように使いこなしていくのかを、具体的に考えていく必要があります。生成AIがある時代の採用活動・就職活動の在り方は、スタートラインに立ったばかりと言えます。

執筆者紹介

キャリアコンサルタント 平野 恵子

キャリアコンサルタント 平野恵子

大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。国家資格 キャリアコンサルタント

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