採用・昇格・人材・組織開発の日本経営協会総合研究所

第88回 就活生が「群れ」を形成してしまう理由

掲載日:2024/10/18

 新卒採用における「あるべき姿」について、企業と大学が対話をはじめています。経団連と主要大学で構成された「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」が今年4月に発表した報告書『産学連携による高度専門人材育成と、未来志向の採用を目指して』(以下、報告書)(※1)のなかには、「2030 年に向けた採用のあり方について(経過報告)」という章があり、両者の対話の様子を知ることができます。

 両者の主張が大きく食い違うテーマとしては、「日程ルール」の考え方があげられます。該当する箇所を紹介しましょう。

●『産学連携による高度専門人材育成と、未来志向の採用を目指して』

 Ⅳ.2030 年に向けた採用のあり方について(経過報告)

 ②新卒採用日程ルール(60pより一部引用)

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 大学側においては、「学生にとって、主体的で多様な選択肢があることは必要だが、学業に専念する期間はしっかりと守られる必要がある」との意見が主流であった。(中略)無秩序な多様化・完全自由化には反対であり、一律に日程ルールを撤廃することには極めて慎重な姿勢が示された。
 他方、企業側は、現状や今後の社会の変化を踏まえると、2030年には通年採用が一般的になっているのではないかとの見通しが示され、ルールで就職・採用活動を縛るという現行の方式は限界を迎えているという意見が数多く出された。
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 大学側は日程の自由化には反対という立場を示し、企業側は「日程ルール」の存在自体が時代に適さないという考えを伝えています。両者の意見は大きくかい離していますが、教育界と経済界という異なる立場からの意見であり、それぞれに正当性があることは理解できます。ただ、当事者である学生の立場で考える、という視点が抜けていることには違和感を覚えます。

 一方、企業と大学が共有できた内容もあります。例えば、次の内容です。
 『産学ともに、主体性があり意識の高い学生については問題ないと考えられるものの、就職活動に主体性をもって取り組むことができない学生(乗り遅れる学生や周囲の動きに流されやすい学生)への対応が議論の焦点となった』(59p)。つまり、主体性があり意識の高い学生であれば、周囲の動きに流されずに、自らのタイミングで就職活動することができる。そうなれば、学業が阻害される可能性は低く、日程ルールも不要になる……ということです。だからこそ、『学生のキャリア観を醸成するために、キャリア教育を産学連携で推進・拡充することが重要との認識を産学で共有した』(62p)のでしょう。

 本当に、キャリア教育を推進・拡充させれば、学生は周囲に流されない就職活動ができるようになるのでしょうか。学生のキャリア支援をしている私の感覚になりますが、難しいと考えます。学生は実社会経験が乏しく、社会的な弱者といえます。それゆえ、弱者の戦略として「群れの形成」が自然と生じてしまうのではないでしょうか。

 例えば、小さな魚が群れをつくるとき、1匹1匹に「群れを形成しよう!」という意識はありません。たった3つのルール、(1)近くにいる魚から離れすぎない、(2)近くにいる魚と近づきすぎない、(3)近くにいる魚と同じ方向に動く、というルールに従って動くことで、自然に群れが形成されていきます。これは『Boid(ボイド)モデル』(※2)と言われるもので、就活生の行動様式に似ていると私は感じています。

 学生の立場で考えれば、どんなに優秀であっても人生経験が少ないのですから、生まれて初めて経験する就職活動に対して、相応の不安があると想像できるでしょう。出遅れないように周囲の動向をリサーチしながら、先輩から話を聞いたり、ネット情報を検索したりしながら取り組むはずです。その結果、自分の周りにいる就活生が動き出す時期に、だいたい同じプロセスで、似たような情報やサービスを活用して就職活動を進めていきがちです。本人にその意志がなくても、結局「群れ」を形成してしまう。リクルートスーツがある時期から黒一色に統一されていった過程も、同じ理屈ではないでしょうか。

 新卒一括採用など、日本的雇用慣行の制度疲労が問題視され、日程ルールも自由化の流れで動いていきそうです。しかし、日程ルールがなくなったとしても、報告書にかかれてあるような『学生本人の責任の下、主体性をもって自らのタイミングで』(59p)就職活動をする学生は、ほんの一握りでしょう。多くの学生は無意識に群れをつくり、いくつかの群れが合流することでピーク期を形成しながら、個々のファーストキャリアを決定していくように思います。

 日程ルールの取り決めは、大人の理想や都合を反映させて、上手くいかなかった過去が幾度となくあります。キャリア意識の高い学生や就活トレーニングで理論武装した学生ではなく、普段着の学生の日常的な大学生活や思考を理解する必要があるでしょう。そして、未熟かもしれない学生の行動を肯定した上で、今後の日程ルールについて考える必要があるように思います。意識高い企業と意識高い学生をメインにした日程ルールにならないことを願います。

  1. 産学連携による高度専門人材育成と、未来志向の採用を目指して
  2. Boid(ボイド)モデルイメージ

執筆者紹介

キャリアコンサルタント 平野 恵子

キャリアコンサルタント 平野恵子

大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。国家資格 キャリアコンサルタント

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