採用・昇格・人材・組織開発の日本経営協会総合研究所

第87回 新卒採用における
「ジョブ型」の弊害と学生の本音

掲載日:2024/08/15

ジョブ型推しの社会

今年の6月、富士通が26年卒採用から新卒人材にも「ジョブ型人材マネジメント」を適用することを発表しました(※1)。ジョブや職責によって初任給に差を設け、専門スキルを持った人材を評価しやすくして、採用につなげるための試みでしょう。これに合わせて1~6か月という長期の有償インターンシップを拡充することも伝えています。

ジョブ型人材マネジメントと言えば、日立製作所が意欲的に取り組んでいることで有名です(同社は「ジョブ型人財マネジメント」と表記)。いち早くインターンシップにジョブ型プログラムを導入し、参加人数を増やしています。今年2月には、一人ひとりのキャリアニーズとジョブのマッチングを重視した「パーソナライズ採用」を推進していくことを発表しました(※2)。

両社の取り組みだけでなく、多くの識者が「これからの時代には“メンバーシップ型”より“ジョブ型”の方が適している」といった言説を唱えています。新卒採用でも「ジョブ型採用」という言葉を使った求人が増えました。なんとなく、(日本の)ビジネス社会全体が「ジョブ型推し」といった印象です。

「ジョブ型」が与えるプレッシャー

こうした世の中の空気を学生は敏感に感じとります。キャリア探索がはじまる大学3年生になると、多くの学生から「自分に合った職業(ジョブ)が見つからない」「やりたい仕事(ジョブ)がわからない」といった声を聞きます。社会から必要とされる人材に自らを適応させるには、目指すジョブを明確にしなければならない。そうしなければ応募するインターンシップも探せない。こうした不安と思い込みで、最初の一歩が踏み出せない学生が目立ちます。「ジョブ型」による弊害と言ってもよいでしょう。

そもそも、志望するジョブを学生のあいだに決めること自体に無理があります。「学生から社会人への移行」を、私はよくオタマジャクシからカエルへの変態(メタモルフォーゼ)に例えるのですが、水の中(大学)で生きているオタマジャクシ(学生)に、陸(実社会)で生活するカエル(社会人)になった自分を想像しろといっても限界があります。学生の立場で、仕事をする自分をイメージするというのは、それぐらい難しいことです。

だからこそインターンシップが必要だ。就業体験を通して、自身の適性や望む働き方が見えてくる。こうした意見も耳にしますが、私は少し懐疑的です。数か月単位のインターンシップに参加するのであれば話は別ですが、単日もしくは数日のプログラムに参加する程度では、「○○に興味が持てた」「△△は面白そうだと思った」など、自身のキャリアを考えるときのかけらのような手がかりが得られる程度でしょう。

ある人事担当者は「最近の学生は、将来のキャリアプランをしっかりと持っていて驚いた」と話してくれました。確かに、よどみなく自分のキャリアについて話す学生はいます。しかし、その多くは断片的な情報からつくられたあいまいなキャリアイメージです。就職活動で問われるから考えたキャリアプランを語っているに過ぎません。これから多くの企業や社会人と出会い、実際の仕事を経験することで、本人の考えはどんどん変わっていくでしょう。

「ジョブ型」を希望する学生の本音

学生自身が「ジョブ型」を希望していることを示す調査データは多くあります。しかしそれは、避けたい配属先があったり、希望する勤務地で生活基盤を整えたかったりする気持ちの表れです。目指すキャリアが明確だからではなく、ストレス要因と不確実性をできるだけ排除したいための「ジョブ型」希望と言えます。企業もそうした学生ニーズがわかっているのでしょう。新卒におけるジョブ型採用は、配属先や勤務地などを限定したものが一般的です。

もう一つ、学生が「ジョブ型」を支持する理由があります。自社でしか活かせない固有スキルではなく、どの組織でも評価されるトランスファラブルスキル(移転することができるスキル)の獲得が期待できるからです。転職を前提に就職活動をしている学生は多くありませんが、将来へのリスクに備えておきたいという気持ちは強いのでしょう。働き手としての市場価値を高めることに高い価値を見出しているようです。

新卒人材はまだ何者でもなく、働きながら社会人としての自我が形成され、ゆっくりと何者かになっていきます。キャリアの見通しが立つまでは、一人ひとりの可能性をシュリンクさせないためにも、メンバーシップ型の人材マネジメントが適しているように思います。その上で、学生がジョブ型に惹かれる理由を理解し、それを反映させた採用プロセスと育成プランが求められています。

  1. 新卒採用への「ジョブ型人材マネジメント」の拡大について
  2. 人的資本の充実に向けた2025年度採用計画について

執筆者紹介

キャリアコンサルタント 平野 恵子

キャリアコンサルタント 平野恵子

大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。国家資格 キャリアコンサルタント

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