第83回 学生の成長と採用の早期化
掲載日:2023/12/21
就職活動を意識しはじめる大学3年生の5~6月ころに、気になる業界や企業について聞くと、おおむね3パターンに分かれます。1つは好きや憧れを重視しているケース。消費者としてのポジティブな体験をきっかけに、「ゲームクリエイターになれたらなぁ」「お菓子が好きだから」といった感じで名前があがります。2つめは、学生視点の有名BtoC企業。CMを流している知名度の高い大手BtoC企業だけでなく、自分と距離感が近い分野で名前が出てくることもあります。プチプラ(プチプライスの略、手に取りやすい価格帯のこと)コスメを製造・販売している会社、推し活で知った企業など、大人とは違う視点で将来性を見出しているのかもしれません。そして、3つめは親や親戚などが勤めていたり、勧めたりする業界や企業です。
範囲が限られるので、この時期の学生は、多くの社名をあげることができません。知っている企業名を書き出すというワークでも、10~20社ぐらいで手が止まるケースがほとんどです。書いたものには店舗名や商品・サービス名が含まれているので、社数はさらに少なくなります。
人は知っているものからしか選択することができないので、キャリア探索を始めたばかりの学生は、とても狭い範囲で将来を考えていることになります。そこから企業との接触をスタートさせ、少しずつ知識や情報を増やし、自身の選択肢を広げていくのです。企業を見る目を養い、さまざまな社会人の働き方や生き方を知ることで、徐々に視界が開けていきます。こうした成長とともに、キャリア観(働く目的や大切にしたい価値観)も変化していくので、志望する業界や企業は変わっていきます。成長スピードが速い学生ほど、就活初期から中期にかけての変化は大きいといえるでしょう。
このところ25年卒生から、「内定を持っている」という声を耳にするようになってきました。前年より多いように感じるので、早期選考を行う企業が増えているのでしょう。しかし、成長による変化を考えると、3年生の秋冬に内定を出すのはお勧めできません。キャリア探索の通過点になってしまいがちです。第一志望企業であり続けたいのなら、学生の成長(変化)を受け入れ、それに合わせたキャリアパスを提示し続ける必要があります。コスパもタイパも良いとはいえません。
発展途上の若者にとっては、その時点の最新の考えが、常に自分にとってのベストです。「こんなビジネスが存在するんだ」「こんなキャリア選択もあるんだ」といった経験をすれば、過去の自分が決めた第一志望は色あせていきます。では、内定出しの適切な時期はいつなのか……。私見ですが、学生が円滑に意思決定するためには、比較検討できる一定数の対象と経験値が必要です。とすれば、多くの企業が採用選考に入るピーク期が適切ということになります。
新卒一括採用という言葉があるように、新卒採用には選考のピーク期があります。実際はピーク期だけでは採りきれず、通年化する傾向にありますし、ピーク期自体も長期化していますが、多くの企業が採用選考を行う時期というものが存在します。欧米とは異なり、卒業時点で就職先が決まっていることを“良し”とする日本の場合、ピーク期のある採用スタイルが最も合理的なのでしょう。ある時期から企業や社会人と接触しはじめ、自身のキャリア観を上書きしながら、ピーク期に複数の選考を受ける。そうすることで、より多くの学生が、スムーズに内定企業を決めていくことができます。
一括採用が良くて、通年採用がダメと言っているわけではありません。留学生や特定分野に突出した能力を持つ学生にとって、自身のタイミングで採用選考を受けられるというのは、大きなメリットです。ただ、一般的な学生にとっては、ピーク期のある採用スタイルの方が適しているように思います。
今後の潮流で言えば、ピーク期は徐々に拡散し、自由化の傾向が強まるでしょう。ただ、その変化のスピードはゆっくりであってほしいと考えます。25年卒からのインターンシップ情報の活用(※1)、26年卒からは「専門活用型インターンシップ」の選考の早期化(※2)など、このところ毎年のように新たな動きがあり、早期化・長期化が進んでいます。これは学生の負担を大きくするだけでなく、採用現場の疲弊感も強めているのではないでしょうか。
教育の世界とビジネスの世界は、別の理(ことわり)で動いています。この2つの世界を接続させて、移行していくのが新卒採用です。お互いの違いを理解したうえで、調和のとれたトランジション(学生から社会人の移行)を目指したいものです。
来年が、より多くの学生にとって、好ましいキャリア選択ができる年になりますように……。皆さま、良いお年をお迎えください。
執筆者紹介
キャリアコンサルタント 平野 恵子
大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。国家資格 キャリアコンサルタント