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第76回 指示的に「主体性」を育成するジレンマ

掲載日:2022/10/18

学生から社会人に移行する難しさは、年々強まっているように感じます。それを再認識する調査データが、先日発表されました。ベネッセ教育総合研究所が2008年から4~5年おきに実施している『第4回大学生の学習・生活実態調査』というデータです。13年間という長期にわたって、大学生の学習や生活における変化を見ることができます。数多くの興味深い項目があるのですが、そのなかから特に気になった2つをご紹介します。

<あなたは次にあげるA、Bのどちらの考え方に近いですか>
■学習方法
A:大学での学習の方法は、大学の授業で指導をうけるのがよい
B:大学での学習の方法は、学生が自分で工夫するのがよい

A B
2008年 39.3% 60.7%
2012年 43.9% 56.1%
2016年 50.7% 49.3%
2021年 57.1% 42.9%

■大学生活
A:学生生活については、大学の教員が指導・支援するほうがよい
B:学生生活については、学生の自主性に任せるほうがよい

A B
2008年 15.3% 84.7%
2012年 30.0% 70.0%
2016年 38.2% 61.8%
2021年 42.0% 58.0%

大学の学習は、高校と比べて格段に自由度が高くなります。教科書があり、指定された範囲の「テスト」で評価されることは少なくなり、自分で文献を調べてレポートを書いたり、実験したり、チームでディスカッションや発表をしたり…。学習スタイルは多様化します。こうした大学の学びを前提に考えれば、「B:大学での学習の方法は、学生が自分で工夫するのがよい」が望ましい姿と言えるでしょう。実際、2008年時点ではBが約6割と多数派でした。しかし、2021年には約4割まで減少し、少数派になってしまいました。

大学生活でも、自由より指示的なアプローチを求める傾向は同様です。2008年時点で「B:学生生活については、学生の自主性に任せるほうがよい」を選択した学生は、84.7%と大多数を占めていました。受験のプレッシャーから解放され、「自由な大学生活を満喫したい」と考える学生が多いというのは納得できます。しかし、2021年には「A:学生生活については、大学の教員が指導・支援するほうがよい」と考える学生が42.0%と26.7ポイントも増加しています。

自分の知的好奇心や興味関心をふくらませ、学業や大学生活を充実させるのではなく、単位が確実に取れる学習方法、就職活動で困らない大学生活を指導してほしい。そんな学生が年々増えているようです。さらに付け加えれば、「A:困ったことがあると保護者が助けてくれる」は、2008年で41.8%、2021年が61.4%と19.6ポイント増加。「B:困ったことがあると、自分で解決する」は38.6%まで低下しています。身近に助けてくれる人がいる安心感のなかで、指示的なアプローチを望み、それを従順に受け入れる学生像が浮かび上がってきます。

企業が学生に求める能力として「主体性」は常に上位に挙がります。文化放送キャリアパートナーズ就職情報研究所『新卒採用戦線総括2023』調査では、87.8%の企業が求める力に「主体性」を選択しています(複数選択)。この言葉を辞書で引くと「自分の意志・判断によって、みずから責任をもって行動する態度や性質(大辞林より)」とあります。学生の変化の方向とは、真逆と言えるでしょう。学生が社会人に移行するハードルは高くなる一方です。

学生(もしくは新入社員)に主体性を獲得してもらうには、どんな育成支援が効果的なのでしょう。いま私が意識的に実践しているのは、「主体的に動くことを指示的にトレーニングする」方法です。キャリア講座や新入社員研修では、先にワークを実施して、できないことを実感してもらい、「どう行動すればよいのか」を考えてもらうスタイルが一般的でした。
しかし、無難な範囲でしか行動しない人が増え、成長につながる失敗事例が得にくく、学びが深まりません。アクティブな行動を鼓舞すれば、「教えずに失敗させて、恥をかかせた」と反感を持たれることもあります。気持ちが離れてしまえば、アドバイスは受け入れてもらえません。

今までより、一段ギアを下げたところから育成支援することが多くなりました。「主体的に動くことを指示的にトレーニングする」ことに矛盾は感じますが、あえてこのアプローチを心掛けています。行動の仕方が分からない人に「自分で考えて行動して」と概念的なアドバイスを伝えても、主体的な動きを引き出すことは困難です。行動してほしい内容とタイミングを明確に指示して、それによって上手く行くことを実感してもらってから、一連のプロセスを本人に言語化させて、頭と身体に落とし込んでいく。ジレンマを感じないわけではありませんが、それでも指示的に主体性をトレーニングする必要性は高まっていると感じます。

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執筆者紹介

キャリアコンサルタント 平野 恵子

キャリアコンサルタント 平野恵子

大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。国家資格 キャリアコンサルタント

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