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第51回 主体的に「自己表現しない」という選択

掲載日:2018/08/03

「アサーション(assertion)」という言葉をご存じですか。日本ではあまり定着していない概念なので、適切な訳が難しいのですが、代表的な書籍『アサーション・トレーニング』(平木典子著)の表現をかりれば、“さわやかな自己表現”もしくは“自他尊重の自己表現”となります。この書籍では、人間関係のスタイルを3つのタイプに分けています。①相手を自分の思い通りに動かそうとする「アグレッシブ(自分だけスッキリ)」。②自分の感情は押し殺して相手に合わせたり、決断を相手に委ねたりする「ノンアサーティブ(相手だけスッキリ)」。そして、③自分の考えを伝えつつ、相手の意見も尊重して、互いの最適解を模索する「アサーティブ(自分も相手もスッキリ)」です。

学生同士のグループワークを見ていると、ノンアサーティブ寄りの学生が6~7割で、残りの3~4割がアグレッシブ寄りといった感じです。最初からアサーティブな対応ができる学生はほとんど見かけません。多くのグループワークは、アグレッシブとノンアサーティブのみで成立しているといえるでしょう。

コミュニケーション・トレーニングの1つとして、3タイプ別の対応例や発言例を考え、それぞれのタイプを体験するというワークがあります。「アサーション」という概念がおぼろげながら理解できると、多くの学生が「アサーティブな対応ができるようになりたい」と考えるようになります。

ところが最近、気になる学生コメントを見かけるようになりました。「自分の意見を言って、相手が不快になるぐらいなら、私はノンアサーティブのままでいい」。別の学生からは、「面倒なので、ノンアサーティブな対応をすることが多い。それで不快になることもない。むしろ楽だ。それでもアサーティブな対応を心掛けなければならないのか」と疑問を呈されました。他者との対立が怖くて、気持ちを押し殺して他者の意見に従うというノンアサーティブは、以前から見られる“学生あるある”です。私が気になっているのは、自分で意思決定しないスタイルを、積極的に選択する学生の存在です。「主体的にノンアサーティブを選択する」という表現は矛盾を感じるのですが、そういうことです。

アサーティブなコミュニケーションは、自分も相手も大切にする自己表現なので、時間も配慮も要します。自らの考えを明確にして、言語で伝えた上で、相手の意見も理解する必要があります。ハッキリ言えば、面倒で手間のかかるスタイルです。もっと楽で、快適なコミュニケーションがあるのなら、わざわざ実践しようとは思わないでしょう。また、本人が本気で「イヤだ!」と感じることを強いられれば、ノンアサーティブではいられないはずです。対立のリスクがあっても、「No」と声をあげるでしょう。つまり、主体的にノンアサーティブでいられるということは、自分に意見する他者は、ある程度自分への配慮があり、本気で嫌がることを強いたりしない…ということです。それなら、面倒くさいアサーションは避けて、他者の意見にのっかる方が楽です。

問題は、実社会に出てからです。関わりをもつ他者は圧倒的に増え、自分と利害の相反する人も少なからず存在するようになります。自分に配慮された意見ばかりではなくなり、本気のアグレッシブを経験することもあるはずです。そのとき、主体的ノンアサーティブな若者は、適切な自己表現をすることができるのでしょうか。とてもそうは思えません。我慢するだけ我慢して、閾値を超えたある日、突然「辞めます」なんて言い出しそうです。

学生と接していて感じるのですが、自分の“意思”というものに自覚的でない学生は、意外なほど多くいます。「どうしたいの?」と問うて、「どうすればいいですか?」と問い返された経験は、数多あります。ノンアサーティブでも快適に過ごせるのなら、自分の“意思”を明確にする必要性すら感じにくいのでしょう。自分はどうしたいのか。そのために、何をすればよいのか。それを1から考え、相手に伝え、最適解を模索しながら意思決定を行う。アサーティブな対応は、学生にとって高いハードルといえます。とはいえ、長期的に信頼関係を築くときには、必要となるコミュニケーションです。

ここまで書いて、ふと思ったのですが、私たち大人は、どれだけアサーションを実践できているのでしょうか。このところ世間を騒がせている様々な出来事を見るにつけ、懐疑的な気持ちになります(笑)。自戒の念を込めて言えば、自分の意思と向き合うことを避け、なんとなくやり過ごしていることが多いように思います。若者の特性は、時代を映す鏡なのかもしれません。

執筆者紹介

キャリアコンサルタント 平野 恵子

キャリアコンサルタント 平野恵子

大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。国家資格 キャリアコンサルタント

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