採用・昇格・人材・組織開発の日本経営協会総合研究所

第39回 まだ見せていないポテンシャル

掲載日:2016/08/10

「最近の学生は従順で小粒揃い。若手人材としたらちょっと物足りない」。そんな言葉を、採用担当者から聞くことがあります。でも、本当にそうなのでしょうか。そう見えるように振る舞っているだけ…という学生も、実は多いのではないでしょうか。
そんなことを考えたのは、ある2人の就職活動について話を聞いたのがきっかけです。

その学生は、海外ボランティアに何度も参加していて、メンバーからの信頼も厚く、リーダーシップを発揮していた学生です。クリティカルな思考力があり、自分の主張もしっかり持った、目立つタイプの学生と言えます。彼から見れば、多くの学生が一様なスタイルで進めていく今の就職活動には、少なからず違和感があったはずです。それでも彼は、ごく一般的なルート(情報サイトにエントリーして、エントリーシート提出やWebテストを経て、リクルートスーツで面接を受ける)にのって、そこから外れないように、望まれる受け答えを意識しつつ、粛々と就職活動を進めていったそうです。

「疑問を感じながらも、レールから外れることが怖くて、レールに乗り続けていた」と、彼は自身の就職活動を表現していました。新卒でのキャリア選択という初めての体験では、決められたレールに乗る窮屈さよりも、そこから得られる安心感がまさったのでしょう。それは、レール外の選択をする生きにくさや、社会的不寛容さを、強く感じているとも言えます。実際以上に、マジョリティーから外れる不安と恐怖が、彼の言葉の端々から滲み出ていました。

もうひとりは、自ら企画したアクセサリーを販売したり、Webクリエーターとして活動している学生です。商品撮影やホームページ制作など、すべて自分で手がけていますが、デザインやプログラミングに関連した学科に在籍しているわけではありません。独学で必要な知識を身につけながら、周囲の人のアドバイスに耳を傾けつつ、できることを1つずつ増やしていったのです。

そんな彼は、Web系ベンチャー企業を中心に、自分なりのやり方で就職活動を進めていきました。途中まではとても順調でしたが、ある時期、スランプにおちいりました。最終面接でNGが連続したのです。このときのことを振り返った彼の言葉が印象的でした。「最終面接官が誰かで、結果はたいてい想像がついた。社長ならOK!その場で内定が出ることもあった。でも、部長クラスだと『起業した方がいいんじゃない』と言われて、NGばっかり続いた!」。きっと、自分のやりたいことを好奇心のおもむくままに熱く語る彼を見て、社員としては使いにくいかも…と、警戒されてしまったのでしょう。彼は苦い経験を生かして、相手の役職や立場を考えつつ、発言をコントロールするテクニックを身につけていきました。

今の就職活動や選考プロセスを否定しているわけではありません。それぞれの状況下で、彼らはちゃんと「リスクを想定した意思決定」や「相手ニーズをふまえた発言」を学んでいます。これはこれで、実社会で仕事をするときに大切なスキルです。ただ、若手人材が「従順で小粒」だと感じ、それに問題意識を持っているのであれば、「従順で小粒」ではない学生が興味を持ち、内定を得られるような新卒採用にする必要があるでしょう。

学生、特に就活生は“社会を映した鏡”だと思っています。彼らは、就職活動を通じて、自分たちに求められているものを敏感に嗅ぎとり、行動パターンを適応させようとします。内定学生は、自社の採用プロセスに最後まで適応することができた人材と言えるでしょう。別の視点から見れば、いま内定している学生も、「従順で小粒」な人材ばかりとは限りません。リスクを回避していた学生や、相手ニーズに合わせてきた学生がいるはずです。これまでの選考や懇親会で見せていた姿は、彼らのごく一部にすぎません。まだまだ見せていないポテンシャルが、きっとあるはずです。

カタツムリは安全なところに身を置いてから、ゆっくりと姿を見せはじめます。そして、何かあればすぐに殻に隠れてしまいます。この時期の内定者は、まだカタツムリ並みに慎重です。共に時間を過ごし、信頼を得ることで、初めて見せはじめるポテンシャルがあるでしょう。それを入社までに引き出すのも、育成担当者の醍醐味かもしれません。

執筆者紹介

キャリアコンサルタント 平野 恵子

キャリアコンサルタント 平野恵子

大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。国家資格 キャリアコンサルタント

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