採用・昇格・人材・組織開発の日本経営協会総合研究所

第10回 内定者の期待値調整

掲載日:2011/10/06

空が高くなり、秋から一気に初冬を感じるようになってきました。10月初旬のこの時期、多くの企業では、入社予定の学生をあつめ、内定式が行われたことでしょう。とはいえ、2012年卒の採用は、東日本大震災の影響で、選考時期が大きく分散しました。そのため、まだ最終決着をみていない企業も多いかと思います。それでも、昨秋から1年近くにもおよぶ採用活動が、1つの節目をむかえたと言えるでしょう。

採用に一区切りつくと、次の課題は育成です。内定式を境に、学生の立場は変わります。「内定式まではお客さま、内定式後は見習い社員」。ある企業の採用担当者は、立場の変化を、そう表現していました。当然、学事日程や個々の学業状況に配慮する必要はあります。その上で、半年後の入社や配属を視野に入れ、育成というステップに入っていく企業は多いかと思います。

採用と育成のつなぎ目は非常に重要です。採用と育成のつなぎ目を、学生視点に置きかえれば、期待と現実のつなぎ目となります。就職活動を通じて、次第に高まっていった期待と、これからスタートする愚直なまでの現実。このつなぎ目には、少なからず凸凹が存在します。この凹凸をスムーズに移行できないと、最悪、超早期退職ということになりかねません。

「説明会では、あんなこともできる、こんなこともできると、夢のあることを言っていた。それが、選考段階では、自分の努力しだいだと言われ、じゃーがんばろう!と思った。でも、内定式の懇親会で先輩社員から、原則3年間は全員営業だと言われてショックを受けた」。ある開発希望の学生は、そう言って肩を落としていました。まだ配属が決まったわけでもありませんし、そもそも営業にネガティブであること自体、どうかと思います。しかし、今まで見えていなかった現実が、この時期から、徐々に見えはじめます。そして、期待と現実のギャップに、不安が生じはじめるのです。

「リアリティショック」という言葉があります。理想と現実のギャップにショックを受け、モチベーションを下げてしまう現象です。採用と育成のつなぎ目は、このリアリティショックの入り口と言えるでしょう。就業経験のない学生は、どうしても自分に都合のよいイメージを持ちがちです。「~できるかもしれない」「たぶん~だろう」が、いつのまにか「きっと~だ」にすり替わっていきます。そうして、期待と現実のギャップは拡大し、ちょっとした出来事にも、気持ちが大きく揺れ動いてしまうのです。それでも、たいていの学生は、すでに築かれた同期や先輩社員の人間関係に支えられ、現実を受け入れていきます。

しかし、期待と現実のつなぎ目でつまづき、前にすすめない学生もでてくるのです。それは特に、選考で優秀と評価された学生に多いと感じます。学生は、就職活動を通じ、繰り返し「学生時代に力を入れたこと」「志望動機」を問われます。そして、自らの経験や価値観をベースに、少しずつキャリアビジョンを明確にしていきます。5年後、10年後の私という、自分ストーリーが完成されていくのです。優秀な学生ほど、キャリアビジョンは強固なものになりがちです。自分への高い評価は、自分ストーリーが企業に受け入れられたからだと感じるためです。「きっと、自分ストーリーが叶う(叶いやすい)配属や処遇になるだろう」と、期待は高まります。周囲の高評価によって、期待は肥大化し、自分ストーリーは強固なものになっていくのです。それは、他の選択肢を排除し、狭量なキャリアビジョンにもつながります。そして、リアリティショックは深刻化していくのです。

リアリティショックを0(ゼロ)にするのは難しいでしょう。しかし、できるだけ和らげることはできます。狭く高くなりがちな期待イメージを、横に広げ、多くの選択肢と可能性を提示するのです。それは、当初イメージしていた期待値を分散化し、低くおさえる役目も果たします。

就業経験のない学生が、思い込みのようなキャリアビジョンにしばられるのは、弊害のほうが多いでしょう。多くの選択肢と可能性の提示は、これまでの自分ストーリーを、発展的に壊し、再構築する作業でもあります。狭くて高いキャリアビジョンから、低いけれど裾野の広いキャリアビジョンへ。それができれば、シビアなギャップに直面しても、自力でソフトランディングすることが可能ではないでしょうか。

執筆者紹介

キャリアコンサルタント 平野 恵子

キャリアコンサルタント 平野恵子

大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。国家資格 キャリアコンサルタント

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