採用・昇格・人材・組織開発の日本経営協会総合研究所

第3回 不確実さを避ける学生

掲載日:2010/08/09

「理不尽さに対する耐性が低い。」そんな嘆きを人事担当者から聞くことがあります。
クライアントが無理を言うのは当たり前。理不尽な要求に対応できてこそ、一人前として評価される。それなのに、できない言い訳ばかりを並び立てる新人が多い…。プレッシャーを抱えつつ、日々の仕事に忙殺されている皆さんからすれば、「甘い!」と一喝したくなるのもムリはないでしょう。

確かに、甘い考えを持った大学生は多いと感じます。困ったことがあれば、何かしら助けてくれるサービスや商品は無尽蔵にある世の中です。消費社会と一線を画すべき教育現場にも、モンスターペアレンツが乗り込み、自らの要求を押し通してしまう現実もあります。甘える気がなくとも、不快な現実を可能な限り避けるクセが身についてしまっているのも、仕方がないのかもしれません。そんな彼らです。一方的に不快さを押し付けられる理不尽さに弱いのは当然。私自身もそう思っていました。しかし、最近ちょっと違うのではないかと感じています。彼らの本当のウィークポイントは、「理不尽さ」ではなく、実は「不確実さ」なのではないでしょうか。

「この世の中で一番大事だと思うものは?」10代の男性に聞いたところ、「お金」(28.7%)と答えた人が最も多かったそうです(※)。大学生との日常会話でも、「お金」に対する強い固執を感じることがあります。いわく「お金が無ければ何もできない」「とりあえずお金でしょ」「お金は生活の必要条件!」。確かに、全てを否定することはできません。しかし、この固執に何か違和感を感じてしまうのです。

違和感の要因は、彼らがお金に感じている魅力です。経済的自立ができるから、お金に魅力を感じているのではなく、納得できる確実な対価を得られる便利なアイテムとして、お金に魅力を感じている、と私の目には映るのです。お金に不確実さは、あまり存在しません(少なくても今のところは)。1,000円ならば、1,000円として納得できるサービスや商品を手にすればいいわけです。利用してみて納得できなければ、クレームや返品も可能です。つまり、お金には満足度に対する保障が、ほぼ約束されています。だから、彼らは「お金」に普遍的な安心を感じているのだと思うのです。

同様に、彼らは「不確実な努力」を嫌います。「これを学ぶと何の役に立つのですか?」「就職に有利な資格を教えて下さい」。対価がハッキリしない努力は全てムダだと言わんばかりの質問に、私自身、辟易とすることが少なくありません。こうした合理的思考を、全面的に否定するつもりはありません。ですが、強すぎると危険だと感じています。

最小限の労力で効率よくゴールにたどり着けたものが、成功した人間であり、少しでも回り道をしたものは損をした人間である。こうした価値観が強固な場合、未知の世界へ行くことの動機付けを弱めてしまいます。ゴールまでの最短距離が分かっている既知の世界。そこに踏みとどまる方が利口ですし、確実な対価を期待できます。今の若者が挑戦を避け、失敗を恐れるのは、それが「ムダな努力」になってしまうリスクがあると考えているからでしょう。大学生や新人時代の努力に、ムダなんて存在しないのにも関わらず…。

逆に考えれば、AをすればBが得られるという保障があれば、彼らは張り切るのでしょう。この仕事を指示通りにしっかりやれば、○○というスキルが確実に身に付く。このプロジェクトに参加すれば、確実に評価される。こうした言葉に彼らは反応します。理不尽なことに対しても、今よりは高い耐性が期待できるでしょう。ある大学生は「アルバイト先の店長が無茶ばかり言う。でも言われた仕事さえすればお金がもらえる。だから我慢できるし、続けられる」と言って、忍耐力を自己PRとして主張していました。しかし、これからのビジネスで、Aをやりさえすれば確実にBが得られるという類の仕事は少なくなると言わざるを得ません。

厳しいビジネス環境では、常に新しい付加価値を生み出していくことが求められます。特に、コア人材として採用される新卒では、そうした期待が強いでしょう。そのためには、不確実さのなかで、試行錯誤する必要があります。回り道とも思えるプロセスから、自己成長し、失敗を成果に転化できる思考・行動特性が必要です。それは、不確実さへの対応能力と言っても良いかもしれません。

大学生や新人に、いきなり「不確実さに慣れろ!」と言ってもムリでしょう。まずは、ご自身の回り道経験を語ることから始めてみてはいかがでしょう。その回り道が、今の自分にとって有益な糧となっていることが伝われば、仕事に向き合う姿勢が変化するきっかけになるかもしれません。どんな経験も無駄にはならない。一見ムダに見える回り道でも、その経験にどう向き合い、どう活かすかを考えること。それこそが、実は最も合理的な対価(成長)を得られるアプローチなのだと考えます。

  • 株式会社ニワンゴが運営する「ニコニコ動画」の利用者17,783人によるアンケートより(調査日:2010年7月24日)

執筆者紹介

キャリアコンサルタント 平野 恵子

キャリアコンサルタント 平野恵子

大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。国家資格 キャリアコンサルタント

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