採用・昇格・人材・組織開発の日本経営協会総合研究所

Vol.32 社員の定着と経営資源としての「ヒト」

掲載日:2019/01/09

厚生労働省が毎年発表している「雇用動向調査」(※1)によると、平成29年の1年間の離職率は14.9%となり、前年の15.0%から僅かに改善しているものの、ほぼ同水準の結果となった。過去10年の平均値も15.07%となっており、毎年15%前後の者が「何らかの理由」で会社を去っていることになる。もちろん業種による離職率の違いはあるが、社員が定着しないことに頭を抱える人事担当者は多く、弊社主催のセミナーでもよく質問を受ける。その一方で、辞める理由を把握していない人事担当者が思っている以上に多いことに驚かされる。すべての退職希望者と個別に面談することは現実的ではないが、どのような理由で辞めていく者が多いかやその決断に至った背景などを知らなければ、効果的な対策を打つことは難しい。定着率をどう高めていくか、各社が直面する課題について考えてみたい。

処遇面の改善の限界

代表的な転職理由の一つとして、処遇に対する不満が挙げられる。給与や賞与、昇進・昇格などは仕事とその成果に対する会社からの評価であり、それが自己評価を下回った際、そこに不満や不公平感が生まれる。自身を過小評価している者はともかく、一度はこれらの感情を抱いたことがある者がほとんどだと思うが、ここで注意しなければならないのは、処遇への不満は転職理由の一つではあるが、それが改善されたからと言って、必ずしも離職者が減るわけではないという点だ。もちろん、例えば同業他社と比べて明らかに給与水準が低い場合は一定の効果があるだろうし、そうでない場合においても一時的に社員の満足度を高めることにはなると思う。けれども、給与水準の高い会社は自社以外にも数多くあり、効果の継続性については疑問が残る。評価制度についても、それ自体を見直す前に、目標設定の方法や考課面談など制度の運用面に課題がないかをまずは確認する必要がある。これまで携わったどの会社の調査結果を見ても、処遇に対する不満は一定程度見られるのが普通であり、その状態を踏まえた上で、+α何ができるかを考えていかなければならない。

やりたい仕事をするための助走期間

20代以下の若手層はその他年代と比べても離職率が高い傾向にあり、採用担当者が苦労して集めた優秀な人材の一定数は定着することなく入社後数年程度で辞めていることになる。(株)マイナビが実施した「2019年卒マイナビ大学生就職意識調査」(※2)によると、「企業を選択する際のポイント」として「自分のやりたい仕事(職種)ができる会社」がトップに挙げられ、当該項目は掲載されている2001年以降、毎年1位となっている。やりたい仕事をどの程度具体的にイメージできているかはともかく、ある程度こういった業務に携わりたいという希望をもって入社している者が多いことが窺える。以前当社で調査を行ったある小売業の会社(※以下A社)では、「現在の仕事が自分に向いていないから」が転職理由の一つになっているとの結果が示された。社員の平均年齢も30代前半と若いA社においても、入社前に抱いていたイメージと入社後のギャップが転職の引き金になった可能性は否定できない。けれども、入社数年で与えられる業務には限りもあり、その内容は思い描いたようなものばかりではないはずだ。そんな彼らを「現在の仕事が自分に向いていないから」という理由で辞めさせないためには、自分がやっている業務が「何を期待されて行っていること」で「そこから何を学ばなければならないのか」を認識させる必要がある。その経験の積み重ねの延長線上に、自身がやりたい仕事があるということが理解できれば、日々の辛さも違った捉え方になるのではないだろうか。

人材の重要性については改めて触れるまでもないが、経営資源としての「ヒト・モノ・カネ・情報」という言葉において、「ヒト」が最初にくるのには理由があると思う。すなわち、ヒトがいるからモノやサービスを創り出すことができ、そこにカネや情報も生まれる。個の集合体が組織であることを踏まえるなら、自社で働くことにやりがいや成長を感じられるかどうかは、単に定着率の向上だけでなく、組織の生産性に関わる問題でもある。昨年は経団連が採用面接の解禁日などを定めた指針を2021年春入社の学生から廃止することを決定し、横並びの新卒採用活動の見直しが進むことが今後予想される。人材の獲得が一層難しくなる中、個にとって魅力ある組織であるためには、経営資源としての「ヒト」の位置づけを再度明確にした上で、社員の採用・育成・登用を計画していくことが求められそうだ。

  1. 厚生労働省「平成29年雇用動向調査の概要」1.入職と離職の推移
  2. (株)マイナビ「2019年卒マイナビ大学生就職意識調査」企業選択のポイント

執筆者紹介

(株)日本経営協会総合研究所 研究員 吉川 和宏

大学卒業後、金融機関勤務を経て、(株)日本経営協会総合研究所入社。現在は、主に従業員意識調査およびコンプライアンス意識調査を担当。調査から得られる数値情報を基に、各企業の組織改善のための指導・支援を行っている。
産業カウンセラー。

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