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Vol.28 コンプライアンスの取り組みに足りない「何か」

掲載日:2018/09/05

企業の不正や不祥事が後を絶たない。「これまでの社内の取り組みは一体何だったのか」と嘆く声が聞こえてきそうだが、勿論これら違反が起こった会社においても、コンプライアンスについて何もしてこなかったわけではない。管轄部門やコンプライアンス委員会などを中心に、行動指針や規程・マニュアルの策定、コンプライアンス研修の実施など、多くの会社同様の取り組みが行われてきた。近年はコンプライアンスをCSR(企業の社会的責任)の一環と捉え、コンプライアンス経営を掲げるところも少なくない。それにも関わらず、会社にとって致命傷ともなりかねない違反が起こってしまったことは、従来の取り組みだけでは足りない「何か」があることを示唆しており、その「何か」を検討していくタイミングに来ているのではないか。

「何か」その①:属人思考体質の見直し

NEOS通信No.23『上場企業における「不祥事予防のプリンシプル」』でも触れたが、規程やマニュアルなどの整備は、着服や情報漏洩などの「個人的不正」の防止には一定の効果がある一方、隠ぺいや品質偽装などの「組織的不正」を防ぐことには繋がりにくい。ニュースでよく聞かれる「組織的不正」を防ぐためには、社内の属人思考体質を見直すことが重要であり、そのためには人ではなく事柄の良し悪しで判断・行動できる組織づくりに取り組まなければならない。上位者ほど属人思考に陥りやすいとの先行研究もあることから、経営陣や管理職自身がそのような傾向がないか自問してみることをお勧めしたい。「○○さんが言っていることだから」や「○○さんに任せておけば大丈夫」などの発言があるようなら、まずはこのような思考回路と発言を改めることから始めてみてはどうか。

「何か」その②:職業的自尊心の醸成

例えば、製造現場で働く技能員は異動もなく、長年同じ環境で働き続けるという方も少なくない。業務内容や構成するメンバーが変わらないということは、職場において変化が少ないことを意味しており、課員のモチベーションも高まりにくい状況が推定される。実際、コンプライアンス意識調査の所属別結果を見ても、工場のスコアが他の所属と比べ相対的に低くなるケースはよくある。担当する業務や役割にやりがい・誇りなどの「職業的自尊心」をもっているかどうかは、法令や企業倫理を遵守するコンプライアンス行動に影響を及ぼすだけでなく、葛藤場面に遭遇した際、違反行動を踏みとどめさせるストッパーとしての効果も期待できる。「何のために遵守しなければならないか」を説くことも重要だが、それと併せて課員の職業的自尊心をどう高めていくかについても考える必要がある。

「何か」その③:上司の役割認識と率先垂範

組織における風土の醸成と上司の果たす役割の重要性については、これまでも何度か取り上げてきた。勿論、コンプライアンス風土も例外ではなく、その醸成のためには上司の関与が不可欠となる。普段のマネジメントにおいて意識すべき点を以下にまとめたので、一つずつ確認したい。

<部下の模範としての認識とそれに基づいた日々の上司の言動>

上司の日々の言動は、部下の行動基準であり、葛藤場面に遭遇した際の判断基準となるものだ。いくら会社がコンプライアンス遵守を掲げていたとしても、納期や成果を優先させるような発言を普段上司がしていれば、部下もそれに従う行動をとるのは自然な反応と言える。重要なことは、上司自身が部下の模範としての認識をもった上で、日々言葉としてそれを発するということではないか。何がOKで何がダメなのかをきちんと言葉にすることで、課員の認識も統一され、部下が勝手に忖度し、判断・行動することを防ぐことにも繋がる。

<上司の問題意識の高さと行動力>

上司として、普段より問題意識を高くもって部下と接することで、職場の変化や彼らのサインに気づくことができ、そこにコミュニケーションも生まれる。また、部下から報告や相談があった際、一度その対応を怠れば、以後同様の情報が上がってくることは期待しにくい。問題の解決に向け、他部門やより上位者への働きかけなど、上司自身が主体的に取り組む姿勢を示すことと、併せて上司が積極的にその問題を職場内で共有することで、課員のコンプライアンス意識も高まると考える。

<上司⇔部下間の信頼関係の構築とそれに基づいた日々のコミュニケーション>

そもそも上司と部下との間に信頼関係がなければ、部下が安心して上司に報告や相談をすることはできない。もし、好き嫌いで評価される傾向があると思えば、自らの評価を下げかねない発言は控えられ、結果として上司に上ってくる情報も限定されることとなる。信頼関係がなければ、コミュニケーションの中身も表面的な内容にとどまってしまい、そこから問題の芽を見つけ出すのは難しい。問題の早期発見において重要となるボトムアップのコミュニケーションを機能させるためには、報告や相談をしようと部下が思える関係をいかに上司が築けるかがポイントとなる。

今回は従来の取り組みに足りない「何か」について考えてきたが、勿論ここに挙げたものがすべてではない。コンプライアンスの取り組みにゴールはなく、意識や風土を醸成していくためには当然長い時間を要する。「どのような言動が違反を引き起こすのか」を一人一人が認識していなければ、コンプライアンス行動を継続して取り組むことはできない。長期戦だからこそ、取り組みがマンネリ化しないよう、定期的に振り返り、足りない「何か」を考えていくことが必要ではないだろうか。

執筆者紹介

(株)日本経営協会総合研究所 研究員 吉川 和宏

大学卒業後、金融機関勤務を経て、(株)日本経営協会総合研究所入社。現在は、主に従業員意識調査およびコンプライアンス意識調査を担当。調査から得られる数値情報を基に、各企業の組織改善のための指導・支援を行っている。
産業カウンセラー。

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