■コロナウイルス問題が拡大する中で開催された留学生向けの就職セミナーをいくつか取材した。会場は、都内の大学や貸しホールで、時期も2月下旬ということだったので、どの会場も企業の採用担当者や留学生たちのほぼ全員がマスク着用という異様な光景だった。参加学生の出身国は、4割が中国、2割がベトナム、ほかに韓国、台湾、ネパールなどだった。この比率は、我が国に留学している国別学生数とほぼ同じだ。セミナーは、参加企業の事業内容や留学生への期待、留学生採用計画、留学生の受け入れ態勢などをテーマにしたパネルディスカッション形式が多かった。そのパネルのなかでいつも最も盛り上がるのは、学生と企業との質疑応答だ。その質問は、どれも日本企業に応募する留学生にとっては深刻な悩みであり、企業にとっては留学生採用の課題でもある。
代表的な質問を5つ紹介しよう。
1.企業は、留学生に何を期待しているのか。
2.留学生の採用基準は日本人学生と同じか。
3.エントリーシートや能力・適性検査の重視度はどの程度か。
4.インターンシップの実態がわからない。
5.ジョブローテーションはあるのか。
▼こうした質問に企業はどう答えたか。まず、留学生への期待だが、最も多かったのが「国籍に関係なく世界で闘える優秀な人材」(総合商社、航空会社、証券会社)という回答。留学生だからといって特別の期待はしない、優秀かどうかにこだわるだけだ、という。これに次ぐのが「多様な価値観を持って海外で仕事に取り組む国際人材」(専門商社)とか「母国と日本の双方の価値観や文化に精通して国際的に活躍する人材」(精密機器メーカー)などグローバル人材を求める声だった。これに対して「事業の拡大に伴って日本と海外拠点とのブリッジの役割をしてくれる人材」(自動車部品メーカー)という声もあった。「外国人としての発想や感性で企業を活性化、組織を多様化するための人材」(大手流通業)というダイバーシティが目的で採用するという企業もあった。
▼では、企業は、留学生にどのような資質を求めているのか、就職情報大手のディスコの調査〈※1〉では、日本語力・コミュニケーション能力・協調性・基礎学力・異文化対応力・熱意などが多い順。留学生だからといってとくに異文化対応力や母国の語学力を評価するのではない。企業の多くは、優秀人材というだけで、「日本人学生と違う資質を求めることはない」と口をそろえる。最重視される日本語力とは、企業の説明によれば、日本人と日本語でディスカッションできる能力レベルという。つまり、ここで要求しているのは、高い日本語力ということだ。これこそ日本企業に応募する留学生にとって最大の課題だろう。たしかに日本人と同じ採用基準というのは偏見や差別のない採用ということで結構だが、日本語で企業の採用担当者や日本人学生と渡り合えるのはよほど優秀な留学生だろう。それだけに留学生に求める日本語レベルがどれくらいか、例えば、日本語能力検定N1級〈※2〉程度などと具体的に留学生に明示してほしかった。なぜか、そこまで明示した企業がなかったのは残念だった。
▼日本人と同じ採用基準だから選考試験結果の評価も同じとなると、留学生にとっては、最も苦手といわれる能力・適性検査の重視度が気になる。これに対する企業の回答は、「重視していない」ということで共通していたが、どの企業も廃止するとは言わなかった。こうした留学生の不安に対しては、能力・適性検査のねらいを丁寧に説明したり、能力検査の配点を日本人学生とは変えたり、平易な日本語で質問する能力・適性検査に切り替えたという回答がいくつかの企業(流通業、IT)からあった。留学生に配慮した選考に取り組んでいる企業があったことが印象に残った。
インターンシップについての質問では、その募集情報が入手できないとの留学生の声もあったが、どの企業も留学生向けのインターンシップや説明会は企画していないとの回答だった。むしろ質問の多くは採用とインターンシップの関係についてだった。まさに建前と本音のことだけに、どの企業もインターンシップが採用と密接な関係にあるというにとどまっていた。これは、仕方ないだろう。
意外なのは、入社後のキャリア形成やジョブローテーションについての質問が多いことだった。これは留学生セミナーの特徴かもしれない。日本人学生は、入社すれば本人の意思に関係なく数年ごとのジョブローテーションに従って他部門への移動や転勤を受け入れるが、留学生にとってキャリアパスが不透明であることは、容認しにくいようだ。セミナーでは、その目的について「社員に企業のさまざまな仕事を経験してもらい、ゼネラリストになってほしい」(精密機器メーカー)とか「能力や適性に合った本当のキャリアを見つけてもらうため」(流通業)と回答していたが、日本企業の特徴ともいえる数年ごとのジョブローテーションの目的は、留学生にはなかなか納得してもらえないようだ。留学生に長く勤務してもらうために、企業は入社後の仕事内容の明確化と明確なキャリアパスを設計することが求められているようだ。
▼こうした留学生を対象とした就職情報サイトやセミナー・イベント・インターンシップは、年々増えてきている。しかし、留学生からすればまだ少ないという。企業も優秀な人材だけを採用するとかダイバーシティを目指して若干名を採用するという中途半端なスタンスを見直し、本気で継続的に多くの留学生を採用することに踏み切ってはどうだろうか。現在、政府は、「日本再興戦略」〈※3〉に取り組んでいる。ここでは、外国人留学生(高度人材)の日本国内での就職率を3割から5割まで引き上げる目標を掲げている。そのためにも企業は、留学生採用という人材戦略を根底から見直し、留学生の負担になるような高度な日本語力を要求するエントリーシート・グループディスカッションなどの選考は廃止して、コミュニケーション力を評価する面接重視、人物本位の採用に踏み切ってはどうだろうか。
- 掲載日:2020/03/17
2020年3月 留学生の採用を見直す

キャリアコンサルタント 夏目孝吉
早稲田大学法学部卒業、会社勤務を経て現在キャリアコンサルタント。東京経営短期大学講師、日本経営協会総合研究所講師。著書に「採用実務」(日本実業出版)、「日本のFP」(TAC出版)、「キャリアマネジメント」(DFP)ほか。