職場、さまざまな集団、チーム、勉学の場等々、およそモチベーションが関わらない状況や事象はない。自分自身のやる気や意欲をいかに維持促進し、また周囲の仲間や同僚をいかに元気づけるかは、リーダーの追求すべき重要な課題でもある。
リーダー行動の指針としてよく知られている考え方に、GE元会長ジャック・ウェルチの提唱した4つのE(“4E’s”)がある。
- 掲載日:2011/07/25
第8回 明日に向かうモチベーション
“4E’s”とモチベーション

Energyは、リーダー自身が元気であること。リーダーが元気でエネルギーに満ちあふれていないようでは、メンバーはついてこない。Energizeは、そのエネルギーで周囲も元気にできること。チームの活力を高めるには不可欠のものである。Edgeは、勝ち抜くための鋭い決断を下すことができること。崖っぷちに立ったときでも、さすがリーダーと思わせる決断ができるかどうかである。4つめのExecutionは、結果に向かって行動を方向づけ、最後までやり抜くこと。決断したことを実行できる力である。
これらの“E”は、モチベーションの促進とも深い関わりをもっている。自分が元気であること、周囲を元気にできることは、まさに私たちが通常イメージするモチベーションであり、決断し実行することもモチベーションを高めるための大切な要因である。リーダーシップとモチベーションは分かちがたく結びついているが、この4つの“E”も、そのままモチベーション促進に向けての指針としても役立つものである。
もっとも、中には、元気は人一倍あるがその元気が空回りしていて、周囲にはやたらハイでうっとうしいだけに映ってしまうリーダーもいる。Edge、Executionにもいかに力を注げるか、まさに “4E’s”をもつことが必要である。これらがトータルに実践されることで、成員の中に「よし!やろう」という明日に向かっての意欲が生まれてくるのである。
ポジティブ心理学の広まり
明日に向かう意欲、明日に向かうモチベーションを促進するには、起こりうる未来を肯定的に受けとめることのできる意識を持つことが大切である。失敗や自分の弱みばかりを気にして人生を悲観し、未来に背を向けてしまうのでは、前に踏み出すモチベーションは生まれてこない。心理学の世界でも近年、人間の持つ長所や強みに着目し、ポジティブな機能を促進していこうという「ポジティブ心理学(positive psychology)」の考え方が広まってきている。
すなわち、従来の心理学では、心や行動の弱みやマイナス面を修復することに関心が向けられてきていたが、ポジティブ心理学では、人が持つ徳や良い面も積極的に研究し、人生を健康に良く生きること(well-being)の助けとしようとする。モチベーションも、目的に向かう未来志向性を有している点では、ポジティブ心理学の考え方は大いに参考になる。
ポジティブ心理学はアメリカ心理学会の会長も務めたマーチン・セリグマンが提唱した、心理学の新しい方向性である。セリグマン自身はポジティブ心理学の考え方に沿って多くの研究や著作を著している。筆者らもセリグマンの研究を参考にいくつかの研究を行っているが、本稿ではセリグマンが提唱した「3つの良いこと(three good things)」プログラムに沿った研究を紹介しよう。
3つの良い出来事を毎日書く
このプログラムは、非常にシンプルなものである。すなわち、毎日の出来事の中で、うれしかったことや楽しかったこと、良かったことを、どんな小さな事でもよいので3つ書き留める。溜めておいてまとめて書くのはだめで、必ずその日の就寝前に書く。セリグマンらの研究では、このプログラムを1週間続けただけでウツ緩和効果が見られ、さらにその効果は半年後も持続した※1。

松井賚夫立教大学名誉教授、都築幸恵成城大学教授、筆者の3人は、生命保険会社に勤務する女性保険営業員を対象に、ある大規模な調査を実施したが、その中で、入社3年未満の女性保険営業員49名を対象に、セリグマンと同様の手続きでこのプログラムを実施し、保険セールスという仕事への意欲および愛着の度合い(職務コミットメント)に及ぼす効果を探った。
実験では、その日一日の仕事の中で出会った、うれしかったこと、良い気分になれたことなど、よかったと思えることを、どんな小さなことでもよいので3つ思いだしてもらい、予め渡しておいた用紙に簡単に書き込んでもらうことを1週間続けた。
結果は、49人中30人でコミットメントが高まり、また実施したコミットメント尺度の得点も、プログラム実施前より実施後で有意な高まりを示した※2。すなわち、一日たった5分程度、その日の良い出来事を思い出して簡単に書き出すことが、仕事への意欲にプラスの効果をもたらしたのである。
なぜこのような簡単な手続きがウツを緩和したり、仕事へのコミットメントを高める効果を持つのだろうか。過去の研究やわれわれの研究からは、良いことを思いだし確認するという手続きが、これから先に向けての楽観的思考を促進するとともに、悲観的思考を抑制する働きを持つことが考えられる。仕事を通じての良い出来事を思い出すことが、仕事に対する認知に好影響を及ぼし、そのことがさらにポジティブな感情を生み出すのである。
「あしたはあしたの風が吹く」というと一見無責任に聞こえるが、気持ちの切りかえという点では大切なことでもある。失敗を反省することは必要ではあるが、過ぎた失敗にいつまでもとらわれるのではなく、また新たな気持ちで明日に向かう元気を持つことが、モチベーションのマネジメントにとっては不可欠なことといえる。
※1 Seligman, et al. (2005). Progress of positive psychology: Empirical validation of interventions. American Psychologist,60,410-421.
※2 松井・都築・角山 (2010). “Three Good Things”が生保営業員の職務コミットメントに与える影響 ─異常に多い早期離職者対策?─. 産業・組織心理学会第26回大会発表論集, 49-52.

東京未来大学学長 角山 剛
1951年生まれ。立教大学大学院修了。東京国際大学教授を経て2011年9月より現職。専門は産業・組織心理学。モチベーションの理論的研究をはじめとして、女性のキャリア形成、職場のセクハラ、ビジネス倫理意識などモチベーション・マネジメントの視点から研究に取り組んでいる。産業・組織心理学会前会長、日本社会心理学会理事、日本グループ・ダイナミックス学会理事、人材育成学会理事。近著に「産業・組織心理学」(共著 朝倉書店)、「産業・組織心理学ハンドブック」(編集委員長 丸善)など。