第6回 目標とモチベーション(2)

モチベーションは目標に向かうところに生じる。目標は、行動への方向を定め達成に向けての力を引き出す。であるがゆえに、どのような目標をどのように立て、どのように向かっていくかを考えることが大切になる。

フィードバックの大切さ

フィードバックとは、結果についての情報をもつこと、あるいは情報を与えることをいう。目標はフィードバックがあってさらに身近なものとなる。また、フィードバックは目標があってこそ意味をもつ。
 目標設定理論の提唱者であるロックとレイサムの二人の心理学者は、フィードバックを「手がかりのフィードバック」と「まとめのフィードバック」の2つに分けている。前者は、活動中に自分のやり方がどうなっているのかについての情報であり、後者は活動の総量がどのような水準に達しているかについての情報である。どちらのフィードバックも、現在の活動が成果につながっている場合には自信をもって先に進むことを可能にし、期待した水準に達していない場合には、目標達成のための計画や手段の変更を考える具体的なきっかけを与えてくれる。
 どの時点でフィードバックを得るのが効果的か、あるいはフィードバックは多い方がよいのか少ない方がよいのかといった、タイミングや回数の問題も、フィードバックの効果を論じる上では重要である。筆者らは、作業時間内にどのようなタイミングと頻度でフィードバックを与えるとその後の成績向上に効果があるかを、実験的に探ったことがある。 結果は、早い時期に途中成績をフィードバックした方が、最終的な成績は向上した。

フィードバックは早めに

図1 2つのグループの作業成績

上記のことを模式的に説明してみよう。
 たとえば10分間で100題の問題を解くという目標が与えられたとしよう。仮にあなたの分あたりの作業ペースが8題で、開始2分でフィードバックを受けたとする。ここまでのあなたの作業量は8題×2分で16題となり、目標達成には残り8分間で84題解くことが必要である。すなわち後半の分あたりペースは84題÷8分で10.5題となる。したがって11題のペースで解いていけば十分に目標はクリアできる。これは前半に比べて3割ほどのペースアップであるが、3割程度であれば、より高い目標として受け入れることは可能であろう(前回コラム参照)。
 これに対して、同じペースで作業を進め8分でフィードバックを受けたとしよう。ここまでの作業量は8題×8分で64題。したがって残り2分で36題解くことが必要になるが、これは36題÷2分で分あたり18題、前半の2.3倍というペースになる。(図1)あなたにとって果たして受け入れることができるだろうか。「これはとても無理」とあきらめてしまえば、その時点で作業の手は止まってしまうかもしれない。
 すなわち、目標が具体的に与えられているときには、フィードバックのタイミングが遅れると、残りの時間でやらねばならない作業量が増えてしまう。そこで本人が受け入れることのできる範囲を超えてしまうと、目標達成をあきらめたり達成への関心が薄れてしまうのである。
 さらに筆者らの実験では、早めにフィードバックが与えられた場合にのみ、フィードバックの回数を増やすことが成績向上につながることも確かめられている。

フィードバック時の評価も大切

たとえば、特定の成果をあげないと報酬がもらえない(クルマを10台売ればボーナスが出るが、9台売っても報酬はゼロ)という場合、フィードバックを受けた時点で目標達成が無理だとなってしまうと、その後のモチベーションは急速に低下する。一方、段階的な成果の積み上げが評価される(クルマを1台売るごとに一定の報奨金が出る)場合には、たとえ最終目標に到達できなくともモチベーションは持続する。  前者のように、最終的な目標に達しないと評価されない場合には、本来の能力を下回る易しい目標を立てたり、フィードバック情報で目標達成が無理とわかるとその時点で投げ出してしまうことも生じる。一般には段階的な成功を評価することがモチベーションの維持向上には効果的である。

目標のもつマイナス面にも注意が必要

繰り返すが、目標のないところにモチベーションは生まれない。仕事においても人生においても、目標をもつことは大切なことであり、目標があるからこそ私たちはそれに向かって努力を傾注していくことができる。心理学の研究においても、目標設定が職務態度や業績、仕事満足感にプラスの効果をもたらすことを見いだした研究は多い。
 しかし、ここまで見てきたように、目標をどう設定するかによっては、目標がモチベーションにとってマイナスの影響をもたらすことがあることにも注意しなければならない。たとえば、上司の都合によって、あるいは目先の利益だけを追求するあまりに、むやみに高い目標や理不尽と思えるような目標が平然と設定されているようなことはないだろうか。
 成果主義の浸透に伴い目標管理制度も広く導入されるようになってきているが、かたちだけの目標面談や、目標のもつ心理的な特性を無視した目標設定が日常化していることはないか、もう一度ふり返ってみてほしいものである。

東京未来大学学長 角山 剛
東京未来大学学長 角山 剛

1951年生まれ。立教大学大学院修了。東京国際大学教授を経て2011年9月より現職。専門は産業・組織心理学。モチベーションの理論的研究をはじめとして、女性のキャリア形成、職場のセクハラ、ビジネス倫理意識などモチベーション・マネジメントの視点から研究に取り組んでいる。産業・組織心理学会前会長、日本社会心理学会理事、日本グループ・ダイナミックス学会理事、人材育成学会理事。近著に「産業・組織心理学」(共著 朝倉書店)、「産業・組織心理学ハンドブック」(編集委員長 丸善)など。