第5回 目標とモチベーション(1)

モチベーションは目標に向かうところに生じる。目標は、行動への方向を定め達成に向けての力を引き出す。であるがゆえに、どのような目標をどのように立て、どのように向かっていくかを考えることが大切になる。

明確な目標

仕事がいろいろたまっている。なんとかしないと。できれば今月中を一つの目安に、このあたりまでは片付けておこう・・・。

よくあるパターンである。これも一つの目標ではあるが、さてこの目標、実際にどのくらい実効性があるだろう。「できれば今月中を一つの目安に」ということは、できなければまた先延ばしもありということ。「このあたりまでは」というのもちょっと怪しい。できるかもしれないが、できないかもしれない。まあとりあえずはできるところまで─。ということで、結局いまの状態がまたそのまま来月に持ち越されてしまう可能性大である。

つまり、目標の具体性が乏しいために、どうしてもやり遂げようという強いモチベーションにつながりにくいのである。強いモチベーションにつなげるためには、「企画Aについては来週10日までに企画書を書き上げ提出する。Bについては今月31日までに成約にこぎ着ける」というように、具体的な目標にしていく必要がある。

高い目標

図1 2つのグループの作業成績

筆者らは、能力に差のない2つのグループをつくり、制限時間内で簡単な計算問題を解かせるという実験を行ったことがある。その際、一方のグループには具体的な目標を与え、もう一方にはできるだけ多くの問題を解くようにという教示を与えた。結果は、具体的目標グループの作業量がベストを尽くせグループを1割近く回っていた(図1)。

さらに、両グループの中で能力の低い者の作業量を比べてみると、具体的目標グループの方がベストを尽くせグループを14%上回っていた。能力の低い者は相対的に難しい目標に取り組んでいたことになり、高い目標が高い成績につながったことがわかる。

上司から「ベストを尽くせ」と叱咤激励されることもある。ところが、ベストを尽くしたつもりなのに上司は結果を評価してくれないということも出てくる。こうした場合、ベストの基準に二人の間でそもそもの食い違い(期待の違い)のあった可能性がある。結局、人はベストを尽くす対象が具体的でなければベストの尽くしようがない。強いモチベーションを引き出すには、明確・具体的でチャレンジングな目標をもつことが大切になる。

受け入れられてこその目標である

図2 目標は納得し受け入れられることが必要

では、具体的でチャレンジングな目標が設定できたとして、これで強いモチベーションが湧いてくるだろうか。そのためにはもう一つ大切なことがある。それは、その目標が受け入れられていることである。目標は当人が納得し受け入れてこそ、その力を発揮する。その目標が受け入れられている限り、能力の限界に挑むような目標であっても人は達成に向かって努力を惜しまない。しかし、目標に納得がいかず受け入れていない場合や、途中で諦めてしまった場合には、目標が難しくなるほどやる気は急速に低下してしまう。

受け入れられた目標は、それが自分で設定したものであっても、外部から与えられたものであっても、モチベーションを喚起する効果には違いはない(図2)。ただ、目標に納得し受け入れるプロセスとしては、外部から与えられるよりも自分が積極的に関与し設定したものの方が、結果的には受け入れやすくなる場合が多い。

失敗にくよくよしないこと

とはいえ、難しい仕事、すなわち高い目標へのチャレンジにはストレスがともなう。複雑度の高い仕事に取り組んでいる場合、ストレスは目標へのチャレンジから生まれるものと肯定的に捉えるか、それともできる限り回避すべき脅威と否定的に捉えるかによって、仕事成績が異なるという研究がある。心理学者のドラクらによれば、高い目標レベルが続く状況下では、それを自分にとってのチャレンジと感じていた従業員の方が、自分にとっての脅威と感じていた従業員よりも、高い仕事成績を残すことができた。ストレスフルな状況下であっても、それを受けとめ楽観的に構えることができれば、高い目標に向かって進んでいくことができるということである。

高い目標を追い求めることは、当然失敗のリスクも背負っていることになり、それがまたストレスを高める基にもなる。しかし、当たり前のことであるが、失敗をしないパーフェクトな人間などこの世にはいない。むしろ、失敗する機会が何度も与えられ、その失敗から学ぶように励まされると、業績が向上するという研究もある。

失敗にめげているあなた、失敗から学びとれることは多い。失敗を怖がるのでなく、失敗を肯定的にとらえてみよう。「失敗は成長するための糧」であり、モチベーションの栄養素なのだ。

東京未来大学学長 角山 剛
東京未来大学学長 角山 剛

1951年生まれ。立教大学大学院修了。東京国際大学教授を経て2011年9月より現職。専門は産業・組織心理学。モチベーションの理論的研究をはじめとして、女性のキャリア形成、職場のセクハラ、ビジネス倫理意識などモチベーション・マネジメントの視点から研究に取り組んでいる。産業・組織心理学会前会長、日本社会心理学会理事、日本グループ・ダイナミックス学会理事、人材育成学会理事。近著に「産業・組織心理学」(共著 朝倉書店)、「産業・組織心理学ハンドブック」(編集委員長 丸善)など。