第2回 モチベーションの内容モデル 

モチベーションの内容モデル

モチベーションを生み出すものは何か。私たちの中にある何が、私たちに働きかけて行動を生み出すのだろうか。私たちの中の何が、私たちの行動を方向づけるのだろうか。このように、モチベーションが何から生まれるのか、その源泉を探ろうとする研究アプローチは、モチベーションの内容モデル(content model)と総称される。内容モデルでは、欲求(need)に基づいて私たちの行動を説明しようとする。欲求とは、生理的なものも含めた願望や期待など、行動を生み出す内的な欠乏状態であり、行動へのモチベーションの引き金になるものである。

マズローの欲求階層説

マズローの欲求階層説

欲求に関してわが国でもよく知られている理論に、マズロー(A. Maslow)の欲求階層説がある。欲求階層説では、私たちの欲求を5つの階層構造の中で説明する。すなわち、最も低次の生理的欲求から、安全欲求、愛情・所属欲求、自尊欲求、そして最も高次の自己実現欲求と、順次階層的に並んでいると考える。上位の欲求が意識されるためにはそれよりも下位の欲求が充足されている必要がある。
 
欲求階層説の背景には、人は本来的に成長を求める存在であり、最終的には自己の内部から湧き出てくる欲求によって動機づけられる存在とみる人間観がある。この欲求の最も高次のものが自己実現欲求である。他の欲求がその欠乏時には動機づけの力をもち、充足時には動機づけの力を失ってしまうのに対して、自己実現欲求は欠乏をいやすにとどまらず、自分がかくありたいという、さらなる可能性の実現(=成長)に向かおうとする欲求を生み出す。
 
ちなみに、故事成語にある「衣食足りて礼節を知る」は、衣・食という基本的な欲求が充足された後に、礼や節という社会的な交わりに必要な高次の欲求が芽生えると解釈できる。洋の東西を問わず欲求階層の符合するところが面白い。

マズロー理論における欲求充足のプロセス

マズロー理論における欲求充足のプロセス

各欲求階層における欲求の不充足(欠乏状態)は、心理的な緊張をもたらす。緊張が長く続くことは人にとって快適な状態とはいえず、緊張を解消するための行動(欲求充足行動)を引きおこす。適切な行動が選択された結果、欲求が充足され緊張が解消すると、その欲求の重要度は減少し、もはや人を行動に駆り立てる力を失う。このようにして、欲求はより上位のものへと段階的に顕在化していく。ただし、自己実現欲求は、それが充足された後でもその重要度は減少せず、さらなる高みを求めて自己の可能性を広げようとする。前者の諸欲求が欠乏欲求とよばれるのに対して、自己実現欲求が成長欲求とよばれる所以である。

アルダファーのERG理論

ERG理論

アルダファー(C.P.Alderfer)は、マズローの説を修整し、3段階の欲求階層からなるERG理論を提唱した。マズローの欲求階層説では、ある階層の欲求が充足されるとその欲求はもはや人を動機づける力を失い、それよりも上位の欲求が顕在化すると考える。一方、アルダファーの理論では、下位レベルの欲求充足が上位の欲求を顕在化するという点ではマズローと共通しているが、3つの層の欲求は同時に活性化しうること、そして、上位の欲求が充足されない場合には下位の欲求の重要度が再び強まることが仮定されている。

すなわち、欲求が活性化するプロセスを、マズロー理論では常に上位の階層に向かう一方向の段階的な流れととらえるのに対して、ERG理論では、複数階層の同時活性化を含む双方向の流れととらえる。アルダファー流のとらえ方の方が、現実的な感覚に近いようにも思われる。

組織理論への展開

人が最終的には自己実現に向かう存在であるならば、組織においては、仕事は従業員の自己実現に寄与するものでなければならない。すなわち、マズローの理論を組織に適用すれば、やりがいのある仕事、成長を実感できるような仕事を通じて、社員一人一人のより高次な欲求の充足をはかることが必要となる。

マズロー理論に基づく組織行動の理論としては、マグレガー(D. McGregor)のX理論-Y理論(理論とあるが、管理に対する一つのとらえ方、思想を意味する)、アージリス(C. Argyris)の未成熟-成熟理論などがある。

マズロー理論への関心再び

ワーク・モチベーション研究の世界をリードする代表的な研究者の一人であるレイサム(G. Latham)によれば、近年モチベーションの源泉として欲求への関心が高まり、特にマズローの欲求階層説が再び研究者の関心を惹いている。欲求階層説ではその階層性を実証することが現実には困難であり「検証不能理論(non-testable theory)」などともよばれているが、マズローの示した分類を支持する研究も近年あらわれている。また、生理的欲求や安全欲求など低次の欲求が満たされて後に高次の欲求が生まれることを示した実証的研究も発表されている。欲求概念に対する見直しとモチベーション研究への新しい取り込みが進んでいく可能性も大である。

東京未来大学学長 角山 剛
東京未来大学学長 角山 剛

1951年生まれ。立教大学大学院修了。東京国際大学教授を経て2011年9月より現職。専門は産業・組織心理学。モチベーションの理論的研究をはじめとして、女性のキャリア形成、職場のセクハラ、ビジネス倫理意識などモチベーション・マネジメントの視点から研究に取り組んでいる。産業・組織心理学会前会長、日本社会心理学会理事、日本グループ・ダイナミックス学会理事、人材育成学会理事。近著に「産業・組織心理学」(共著 朝倉書店)、「産業・組織心理学ハンドブック」(編集委員長 丸善)など。