新卒採用の動向を定点観測していると、就職活動の変化の背景に「企業の思惑」を感じることが多々あります。「企業の思惑」に上手く適応していくことで、「就活生の変化」が助長されていく、と言った方が的確かもしれません。
ここ数年の「就活生の変化」で言えば、エントリーを中心に活動量の減少が目立ちます。採用選考に関する情報を得るために、学生は企業にエントリーするわけですが、このエントリー社数が減っているのです。過去データと関連する情報をまとめてみました。
- 掲載日:2023/10/19
第82回 「企業の思惑」に適応した「就活生の変化」

全体の動きを見ると、エントリー平均社数は求人倍率の影響を強く受けていることが分かります。求人倍率が高いと、企業の採用アプローチが増え、少ないエントリー社数で内定を得ることができる。求人倍率が低いと、企業の採用アプローチが減り、学生はエントリー社数を増やす必要が生じる。学生は市場環境に応じて、活動量を変化させているわけです。
しかし、求人倍率の変化だけでは、90社近くもあったエントリー平均社数が、30社を下回るほどに減少したことの説明はつきません。実際、求人倍率が2.14倍だった2009卒でも、平均エントリー社数は68.0社もあったのです。エントリーが激減した背景には、就活ルールの変更に端を発した「企業の思惑」があると言えるでしょう。
時期を分けて、解説していきます。まず、2009~2012年卒のエントリー社数の増加は、リーマンショックによる求人倍率の低下が要因と言えます。2013~2015年卒は回復期に入った時期で、エントリー社数は80~85社の間で、ゆっくりと減少。ターニングポイントになるのが2016年卒です。エントリー社数は54.4社と大幅に数を減らしています。
2016年卒は広報開始が12月から3月まで、選考開始が4月から8月まで、後ろ倒しになったタイミングです。採用環境はすでに売り手(学生優位)市場と呼べる状況になっていたので、(従来と比べて)3月という遅いスタートに企業の焦りは高まります。8月を待たずに選考を開始する企業が多発し、7月下旬の内定率が6~7割という事態を招きました。
2017年卒からは現行の3月広報開始・6月選考開始となりましたが、6月を待たずに面接を進める動きは拡大・定着していきます。さらにプレ期の活動も活発化し、3月広報開始を待たずにエントリー受付をはじめる企業が目立つようになりました。就活ルールの後ろ倒しに加え、売り手(学生優位)市場が強まったことで、就活ルールを軽視する企業が一気に増えたのです。
この傾向は年々強まっています。いまではプレ期にインターンシップや支援イベントに参加すると、採用選考のエントリー案内が来て、学生は随時エントリーをおこないます。企業はエントリー学生を対象に早期選考をおこなうなど、プレ期から採用選考を進めるようになりました。本来、プレ期は視野を広げて幅広く企業を見ながら、キャリア選択を考えていく時間です。しかし、早々に企業から採用アプローチがかかるため、エントリー企業を増やす間もなく、選考ステップへと押し出される状況が年々顕著になっています。結果として、エントリー社数は伸び悩み、平均30社を下回るようになりました。
以前は、興味を持った企業には「とりあえずエントリー」という感覚で、数多くの企業とつながりを持つことが一般的でした。しかし、今の学生にそれはありません。プレ期の接触と採用選考のつながりが強化されたため、「とりあえずエントリー」では、対応しきれなくなってしまいます。結果として、「応募したいと思える企業にだけエントリー」というスタイルに変化したわけです。同じエントリーでも、10年前とは意味が全く異なるものになっています。
多くの採用担当者が、新卒採用の課題として「母集団形成(エントリー学生を集めること)」を挙げていますが、エントリー人数の減少は企業自身が招いたものです。より早く学生にアプローチしたいという気持ちが早期化を推し進め、学生の選択肢を狭めています。就活生の変化は、企業の採用動向を映し出す鏡のようなものです。このことを踏まえて、私たちはより良い新卒採用について考えていく必要があるでしょう。
バックナンバー
- 第82回 「企業の思惑」に適応した「就活生の変化」
- 第81回 学生を社会人へと育成する専門職の必要性
- 第80回 “ガクチカ”と“ブラックインターン”の関係
- 第79回 就職活動が学生を成長させる理由
- 第78回 育成プロセスの見直しが必要だと考える理由
- 第77回 学生が求める“心地よい働き方”とは
- 第76回 指示的に「主体性」を育成するジレンマ
- 第75回 就職活動の受験化について考える
- 第74回 マスクを外すタイミングを考える
- 第73回 新入社員の大切な仕事
- 第72回 学生が望むキャリアの多様性
- 第71回 今どきの就活アドバイスが学生に与える影響
- 第70回 “人それぞれ”な就職活動
- 第69回 オンライン授業の出席率が高い理由
- 第68回「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」に学業「ガクチカ」も加えませんか
- 第67回 新卒採用の今昔~変わらないものを考える~
- 第66回 「わきまえた行動」を求めてしまう私たち
- 第65回 大学生活のオンライン化について思うこと
- 第64回 就活支援サービスの功罪
- 第63回 新しいコミュニケーションに適応していく若者
- 第62回 対面で映える学生、WEBで光る学生
- 第61回 新入社員の矛盾した2つの想い
- 第60回 面接で「第1志望です」と答える理由
- 第59回 「退職代行サービス」を利用する心理
- 第58回 SNSに晒されるというコミュニケーションリスク
- 第57回 「がんばる」ことが分からない
- 第56回 レイバーでない「働く」体験をインターンシップで!
- 第55回 子どもの気遣い・大人の気遣い
- 第54回 大学入学からはじめる家庭内キャリア教育
- 第53回 「知人」という弱い紐帯の重要性
- 第52回 将来の見通しの立て方
- 第51回 主体的に「自己表現しない」という選択
- 第50回 学生から社会人への移行が難しくなった理由
- 第49回 受け身の合理性
- 第48回 売り手市場における就活生の不安や悩み
- 第47回 学業で自己PRする難しさと質問内容
- 第46回 自分らしい社会人でいるために必要なこと
- 第45回 「自己分析」が好きになれない理由
- 第44回 無反応でも話しつづけられる学生
- 第43回 “コミュ力”と“トーク力”ばかりが重視される理由
- 第42回 「承認」することの効果
- 第41回 学生と一緒に「分かる」を「できる」に
- 第40回 努力は報われると考える理由
- 第39回 まだ見せていないポテンシャル
- 第38回 彼がマスクをする理由
- 第37回 クセと個性の違い
- 第36回 「好き」というエネルギー活用
- 第35回 今どき学生の出会い事情
- 第34回 様変わりしている就職活動/1990年 vs 2015年
- 第33回 売り手市場が学生に与えるマイナスの影響
- 第32回 日本の学生、アメリカの学生
- 第31回 「ジャンケン」と「多数決」の話し合い
- 第30回 学生の誤字に関するあれこれ
- 第29回 学生の「自己責任」論にみる実社会イメージ
- 第28回 成熟した”素直さ”
- 第27回 「分かり合えない」のが普通
- 第26回 就活における負のスパイラル
- 第25回 悩めない学生
- 第24回 困難を選択する困難さ
- 第23回 単語化するコミュニケーション
- 第22回 高大接続から考える学生気質
- 第21回 歴史が繰りかえす「大学生」という若者論争
- 第20回 結果とプロセス、どちらを重視?
- 第19回 「教えすぎる」「待てなさすぎる」という弊害
- 第18回 直木賞作品『何者』に見る学生コミュニケーション
- 第17回 リクルートスーツが「黒」で統一されている理由
- 第16回 “資格”にまつわる誤解
- 第15回 若者言葉にみる共感コミュニケーション
- 第14回 「3年で3割」という離職率をどう考える
- 第13回 学生から社会人への乗り越えかた
- 第12回 エントリーシートに見る今どきの学生事情
- 第11回 コミュニケーション能力を評価する難しさ
- 第10回 内定者の期待値調整
- 第9回 「大学生」という言葉のズレ
- 第8回 新米就活生の不安
- 第7回 学生から社会人への育て方
- 第6回 今どき学生の企業選び
- 第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
- 第4回 インターンシップのひずみ
- 第3回 不確実さを避ける学生
- 第2回 面接で泣く男子学生をどう思いますか?
- 第1回 「当たり前」のギャップ~大学生の消費者意識~
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キャリアコンサルタント 平野恵子
大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を
基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。
国家資格 キャリアコンサルタント