先日、若手社員の育成をテーマにしたセミナーに参加して、担当者の意見を聞く機会がありました。「新入社員の考えていることが分からない」「驚くほどあっさりと辞めてしまう」など、戸惑いや困惑を感じていることが伝わる意見が多く、新卒採用だけでなく、新人育成にも苦慮する現状を理解することができました。
大学でキャリア教育に関わり、人を育てることに従事している立場で思うのですが、人を育てることは本当に難しいものです。それぞれに個性があり、望むキャリアは異なります。それを尊重したうえで、社会人として、組織の一員として成果を出すために必要なことは覚えてもらわなければなりません。現場で新人育成に関わる方のご苦労が、痛いほどに理解できます。
学生から社会人へと移行していく過渡期を近くで見ていて思うのですが、従来のOJT(On- the-Job Training )による育成が、時代に合わなくなっているのではないでしょうか。学生と社会人の思考・行動パターンやコミュニケーションスタイルは、年々乖離が大きくなっています。育てる側(上司・先輩社員)と育てられる側(新入社員)の距離が遠すぎて、現場主導のOJTが上手く機能しなくなっていると感じます。
例えば、新入社員は「言われたことを言われた通りに、間違いなく行うことが大切(やり方を変えたり、指示以外のことを行ったりするのはよくない)」「分からないことがあっても、先輩の仕事の邪魔をしないように、声をかけてくれるまで待つ(自分から声をかけたら迷惑になる)」といった感覚を持ちがちです。一方、上司や先輩社員は「気が付いたら、指示されたこと以外でも取り組んでほしい」「分からないことがあれば、自分から声をかけてほしい」と思うでしょう。
また、面接のときに育成アドバイスのつもりで伝えた「今のままではダメだ、殻を破れ」といった言葉が人格否定に聞こえた、と話す学生もいました。こう言われてしまっては、踏み込んだアドバイスをすることが怖くなってしまいます。社会人である私たちには当たり前の価値観や許容範囲のアプローチが、新入社員には理解できず、誤解や軋轢が生じてしまう。そんなすれ違いが増えているようです。
理解しにくい相手の行動にも、何かしらの理由があります。それに耳を傾け、まずはじっくりと話を聞く必要があるでしょう。それを受けとめたうえで、社会人として適切な行動を教えることが求められるわけですが、言うは易く行うは難しです。時間と手間をかけ、言葉を尽くした育成を、数字に責任を持たなければならないプレイングマネジャーや先輩社員に求めるのは酷な話でしょう。そんなことを考えていたタイミングで、興味深いコラムを見つけました。
『若手との関係から考える、成功する育成』
(リクルートワークス研究所 古屋 星斗氏)
https://www.works-i.com/project/youth/manager/detail004.html(参考 2023-08-18)
注目した箇所を要約すると……
育成成功の実感をもたらすフィードバック要素を検証したところ、「フィードバックの目的を明確にして行う」「肯定的・ポジティブな表現を用いて行う」は高い効果が期待でき、「ハラスメントにならないように行う」ことも求められる要素であることが分かったそうです。
一方で、「多くの人の目に触れない場で、個別に行う」「フィードバック用の資料をつくるなど、整理して行う」といった手法に関する項目は、育成成功への影響が見られませんでした。つまり、重要なのは“やり方”ではなく、個々の価値観を尊重しながら、適切な言葉を選び、必要なことを伝えていくスキルです。一朝一夕でできることではありません。
古屋氏の言葉を一部引用すれば、『若手を育成するというタスクは、上司や先輩が片手間にできるものではなくなりつつあるのかもしれない。「育成専門職」「フィードバック専門職」のような職務の必要性すら感じさせる結果が示唆されているのだ』とあります。
新入社員は、現場の上司や先輩社員から手ほどきを受けて成長していく。こうした私たちの当たり前を見直す時期なのかもしれません。若年層人口はこれから減少の一途です。「辞めずに残る人材だけを育てれば良い」では、組織そのものが成立しなくなる可能性もあります。学生を社会人へと育てていく専門職の存在は、すでに現実味を帯びていると言えそうです。
- 掲載日:2023/08/25
第81回 学生を社会人へと育成する専門職の必要性
バックナンバー
- 第82回 「企業の思惑」に適応した「就活生の変化」
- 第81回 学生を社会人へと育成する専門職の必要性
- 第80回 “ガクチカ”と“ブラックインターン”の関係
- 第79回 就職活動が学生を成長させる理由
- 第78回 育成プロセスの見直しが必要だと考える理由
- 第77回 学生が求める“心地よい働き方”とは
- 第76回 指示的に「主体性」を育成するジレンマ
- 第75回 就職活動の受験化について考える
- 第74回 マスクを外すタイミングを考える
- 第73回 新入社員の大切な仕事
- 第72回 学生が望むキャリアの多様性
- 第71回 今どきの就活アドバイスが学生に与える影響
- 第70回 “人それぞれ”な就職活動
- 第69回 オンライン授業の出席率が高い理由
- 第68回「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」に学業「ガクチカ」も加えませんか
- 第67回 新卒採用の今昔~変わらないものを考える~
- 第66回 「わきまえた行動」を求めてしまう私たち
- 第65回 大学生活のオンライン化について思うこと
- 第64回 就活支援サービスの功罪
- 第63回 新しいコミュニケーションに適応していく若者
- 第62回 対面で映える学生、WEBで光る学生
- 第61回 新入社員の矛盾した2つの想い
- 第60回 面接で「第1志望です」と答える理由
- 第59回 「退職代行サービス」を利用する心理
- 第58回 SNSに晒されるというコミュニケーションリスク
- 第57回 「がんばる」ことが分からない
- 第56回 レイバーでない「働く」体験をインターンシップで!
- 第55回 子どもの気遣い・大人の気遣い
- 第54回 大学入学からはじめる家庭内キャリア教育
- 第53回 「知人」という弱い紐帯の重要性
- 第52回 将来の見通しの立て方
- 第51回 主体的に「自己表現しない」という選択
- 第50回 学生から社会人への移行が難しくなった理由
- 第49回 受け身の合理性
- 第48回 売り手市場における就活生の不安や悩み
- 第47回 学業で自己PRする難しさと質問内容
- 第46回 自分らしい社会人でいるために必要なこと
- 第45回 「自己分析」が好きになれない理由
- 第44回 無反応でも話しつづけられる学生
- 第43回 “コミュ力”と“トーク力”ばかりが重視される理由
- 第42回 「承認」することの効果
- 第41回 学生と一緒に「分かる」を「できる」に
- 第40回 努力は報われると考える理由
- 第39回 まだ見せていないポテンシャル
- 第38回 彼がマスクをする理由
- 第37回 クセと個性の違い
- 第36回 「好き」というエネルギー活用
- 第35回 今どき学生の出会い事情
- 第34回 様変わりしている就職活動/1990年 vs 2015年
- 第33回 売り手市場が学生に与えるマイナスの影響
- 第32回 日本の学生、アメリカの学生
- 第31回 「ジャンケン」と「多数決」の話し合い
- 第30回 学生の誤字に関するあれこれ
- 第29回 学生の「自己責任」論にみる実社会イメージ
- 第28回 成熟した”素直さ”
- 第27回 「分かり合えない」のが普通
- 第26回 就活における負のスパイラル
- 第25回 悩めない学生
- 第24回 困難を選択する困難さ
- 第23回 単語化するコミュニケーション
- 第22回 高大接続から考える学生気質
- 第21回 歴史が繰りかえす「大学生」という若者論争
- 第20回 結果とプロセス、どちらを重視?
- 第19回 「教えすぎる」「待てなさすぎる」という弊害
- 第18回 直木賞作品『何者』に見る学生コミュニケーション
- 第17回 リクルートスーツが「黒」で統一されている理由
- 第16回 “資格”にまつわる誤解
- 第15回 若者言葉にみる共感コミュニケーション
- 第14回 「3年で3割」という離職率をどう考える
- 第13回 学生から社会人への乗り越えかた
- 第12回 エントリーシートに見る今どきの学生事情
- 第11回 コミュニケーション能力を評価する難しさ
- 第10回 内定者の期待値調整
- 第9回 「大学生」という言葉のズレ
- 第8回 新米就活生の不安
- 第7回 学生から社会人への育て方
- 第6回 今どき学生の企業選び
- 第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
- 第4回 インターンシップのひずみ
- 第3回 不確実さを避ける学生
- 第2回 面接で泣く男子学生をどう思いますか?
- 第1回 「当たり前」のギャップ~大学生の消費者意識~
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キャリアコンサルタント 平野恵子
大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を
基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。
国家資格 キャリアコンサルタント