“ガクチカ”(就職活動における定番質問「学生時代に力を入れたこと」の略)という言葉を、大学1~2年生の口から聞くことが増えました。入学早々のタイミングで「ガクチカを作るには、どんなことをすればよいのか」といった相談を受けたこともあります。この数年、コロナ禍の大学生活で、ガクチカが書けずに困っている……といった話題が、メディアで幾度となく取り上げられました。就活用語だった“ガクチカ”という言葉の認知が広がり、不安に感じる学生が増えたのでしょう。
同じタイミングで“インターンシップ”という言葉を、目にする機会が増えています。昨年6月に文部科学省と厚生労働省、経済産業省の三省が合意して「インターンシップの推進に当たっての基本的考え方」(以下、三省合意)(※1)が改正されました。今年度から該当プログラムがスタートしているので、注目度が高まっているのでしょう。それに合わせて、インターンシップ募集のための専門サイトの新設が目立っています。
少し横道にそれますが、三省合意に関する補足説明をさせてください。インターンシップで得た情報を、採用選考に活用できるようになりましたが、それは「3月広報開始、6月選考開始」という政府主導の採用スケジュールを順守したうえでの話です。また、実施は長期休暇に5日間以上(専門活用型は2週間以上)で、半分以上を就業体験に当てる必要があります。つまり、今年の夏休みに手間のかかるインターンシップを実施しても、内定を出せるのは来年の6月以降になります。こうした運用上のルールを知らずに、インターンシップという名のプログラムを実施すれば、採用に活用して良いといった誤解が一部にあるようです。ご留意ください(※2 リーフレット参照)。
(閑話休題)
インターンシップ専門サイトを見ると、就活生ばかりでなく、低学年を対象にしたものが数多く掲載されていることが分かります。「大学1年生・2年生歓迎」と謳っているサイトも少なくありません。ガクチカに不安を抱える学生の増加。インターンシップへの注目度の高まり。この2つが影響し合い、低学年インターンシップが盛り上がりそうな気配を感じています。
低学年インターンシップの場合、長期で実務を担う有給タイプのものが多く存在します。給与はアルバイトと同程度か少し低いケースが多いのですが、ガクチカ経験ができる分、アルバイトよりタイパ(タイムパフォーマンス)が良い!と考える学生が少なくないようです。職場で実際の業務に触れる。仕事をする社会人と交流する。こうした経験は、学生に多くの気付きを与えることができるので、有意義な活動と言えます。
しかし、問題がないわけではありません。インターン生を労働力として期待する企業のなかには、ワークルールを軽視した動きが見られます。ある長期インターン専門サイトには「長期インターンでの給料は、あなたが“戦力かどうか”によって決まります。(…)あなたの成長に合わせて無給から有給へ進化していくものと考えましょう。(…)成長して実力が伴ってきたタイミングで有給インターンへと変化します」と書かれてあり、最初は無給が当然のような伝え方をしています。
使用者から業務に関わる指揮命令を受けて、利益につながる仕事をしていれば、インターンシップであっても労働者に該当します。当然、労働基準法をはじめ、最低賃金法が適用されるわけです。しかし、あるインターン求人では、電話やオンラインを使った営業活動をおこないながら、給与は成果報酬制でした。時給が最低賃金に満たないものもあります。ブラックインターンと言われても仕方がないでしょう。
「インターンシップだから無給でも仕方がない」「未経験でも実務スキルを磨けるならやってみたい」と考える学生が多いのも確かです。ガクチカにもなるし、上手くすれば内定につながる可能性だってある。そんな話を聞けば、学生が興味を抱くのは当然でしょう。仕事にやりがいを感じて、自分の労働条件に疑問を感じていないケースもありました。本人が納得している以上、問題が表に出ることはありません。グレーゾーンが広い労働形態と言えそうです。
学生が納得しているからと言って、ワークルールを軽視してよい理由にはなりません。似たようなブラックインターンは以前からありましたが、盛り上がりを見せている今だからこそ、学生向け・企業向けのガイドラインが必要だと感じています。三省合意への正確な理解とともに、インターンシップという名の下で行われている労働についても、ワークルールに則った正しい認識が求められます。
- 掲載日:2023/06/16
第80回 “ガクチカ”と“ブラックインターン”の関係
バックナンバー
- 第82回 「企業の思惑」に適応した「就活生の変化」
- 第81回 学生を社会人へと育成する専門職の必要性
- 第80回 “ガクチカ”と“ブラックインターン”の関係
- 第79回 就職活動が学生を成長させる理由
- 第78回 育成プロセスの見直しが必要だと考える理由
- 第77回 学生が求める“心地よい働き方”とは
- 第76回 指示的に「主体性」を育成するジレンマ
- 第75回 就職活動の受験化について考える
- 第74回 マスクを外すタイミングを考える
- 第73回 新入社員の大切な仕事
- 第72回 学生が望むキャリアの多様性
- 第71回 今どきの就活アドバイスが学生に与える影響
- 第70回 “人それぞれ”な就職活動
- 第69回 オンライン授業の出席率が高い理由
- 第68回「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」に学業「ガクチカ」も加えませんか
- 第67回 新卒採用の今昔~変わらないものを考える~
- 第66回 「わきまえた行動」を求めてしまう私たち
- 第65回 大学生活のオンライン化について思うこと
- 第64回 就活支援サービスの功罪
- 第63回 新しいコミュニケーションに適応していく若者
- 第62回 対面で映える学生、WEBで光る学生
- 第61回 新入社員の矛盾した2つの想い
- 第60回 面接で「第1志望です」と答える理由
- 第59回 「退職代行サービス」を利用する心理
- 第58回 SNSに晒されるというコミュニケーションリスク
- 第57回 「がんばる」ことが分からない
- 第56回 レイバーでない「働く」体験をインターンシップで!
- 第55回 子どもの気遣い・大人の気遣い
- 第54回 大学入学からはじめる家庭内キャリア教育
- 第53回 「知人」という弱い紐帯の重要性
- 第52回 将来の見通しの立て方
- 第51回 主体的に「自己表現しない」という選択
- 第50回 学生から社会人への移行が難しくなった理由
- 第49回 受け身の合理性
- 第48回 売り手市場における就活生の不安や悩み
- 第47回 学業で自己PRする難しさと質問内容
- 第46回 自分らしい社会人でいるために必要なこと
- 第45回 「自己分析」が好きになれない理由
- 第44回 無反応でも話しつづけられる学生
- 第43回 “コミュ力”と“トーク力”ばかりが重視される理由
- 第42回 「承認」することの効果
- 第41回 学生と一緒に「分かる」を「できる」に
- 第40回 努力は報われると考える理由
- 第39回 まだ見せていないポテンシャル
- 第38回 彼がマスクをする理由
- 第37回 クセと個性の違い
- 第36回 「好き」というエネルギー活用
- 第35回 今どき学生の出会い事情
- 第34回 様変わりしている就職活動/1990年 vs 2015年
- 第33回 売り手市場が学生に与えるマイナスの影響
- 第32回 日本の学生、アメリカの学生
- 第31回 「ジャンケン」と「多数決」の話し合い
- 第30回 学生の誤字に関するあれこれ
- 第29回 学生の「自己責任」論にみる実社会イメージ
- 第28回 成熟した”素直さ”
- 第27回 「分かり合えない」のが普通
- 第26回 就活における負のスパイラル
- 第25回 悩めない学生
- 第24回 困難を選択する困難さ
- 第23回 単語化するコミュニケーション
- 第22回 高大接続から考える学生気質
- 第21回 歴史が繰りかえす「大学生」という若者論争
- 第20回 結果とプロセス、どちらを重視?
- 第19回 「教えすぎる」「待てなさすぎる」という弊害
- 第18回 直木賞作品『何者』に見る学生コミュニケーション
- 第17回 リクルートスーツが「黒」で統一されている理由
- 第16回 “資格”にまつわる誤解
- 第15回 若者言葉にみる共感コミュニケーション
- 第14回 「3年で3割」という離職率をどう考える
- 第13回 学生から社会人への乗り越えかた
- 第12回 エントリーシートに見る今どきの学生事情
- 第11回 コミュニケーション能力を評価する難しさ
- 第10回 内定者の期待値調整
- 第9回 「大学生」という言葉のズレ
- 第8回 新米就活生の不安
- 第7回 学生から社会人への育て方
- 第6回 今どき学生の企業選び
- 第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
- 第4回 インターンシップのひずみ
- 第3回 不確実さを避ける学生
- 第2回 面接で泣く男子学生をどう思いますか?
- 第1回 「当たり前」のギャップ~大学生の消費者意識~
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キャリアコンサルタント 平野恵子
大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を
基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。
国家資格 キャリアコンサルタント