第79回 就職活動が学生を成長させる理由

 学生のキャリア・就職支援に関わっていると、「就職活動を経験したことで大人になったな~」と感じることが少なくありません。少し不安げで、幼さを残していた立ち振る舞いは影を潜め、落ち着いた大人の対応をするようになった学生を見ると、しみじみした気持ちになります。

 就職活動によって学生が成長する要因の1つに、社会人との交流や対話といった経験の積み重ねがあります。立ち振る舞いのようなノンバーバル(非言語)は、場数をこなすことで洗練させることができます。また、経験したことを振り返り、次に生かしていくことができれば、「経験→省察→概念化→実践(経験学習サイクル)」という経験学習理論を実践していることにほかなりません。

<経験学習サイクル>
・経験
 現場で自らが経験(成功体験、失敗体験)を積む
・省察
 自分にとって意味ある経験が何かを振り返りながら、エピソードを抽出する
・概念化
 抽出したエピソードに意味付けをして、自分に役立つセオリーやノウハウを構築する
・実践
 構築したセオリーやノウハウを試す機会を得て、施行や検証をしていく

 経験による成長だけではありません。青年期に該当する学生ならではの成長要因もあります。青年期の代表的な発達課題である「自我同一性(アイデンティティ)」の確立です。学生時代の就職活動は、それ自体がアイデンティティを問うものであり、確立をうながしていると考えます。


自我同一性(アイデンティティ)の確立
自我同一性(アイデンティティ)の確立とは、色々な経験を通して「自分は何者なのか」という問いに対する答えを見つけることです。

自我同一性の構成要素
自我同一性(アイデンティティ)は、以下の四つの概念から構成されています。
自己斉一性・連続性
 自分に対して一貫性を持っており、時間的連続性を持っている概念
対自的同一性
 自分が目指すべきことなどが明確に意識していることを表している概念
対他的同一性
 他者から見られている二人称の自分が、本当の自分と一致している概念
心理社会的同一性
 自分と社会が結びついていることを表す概念



出典:「Psycho Psycho」サイトより原文のまま引用(※)


 具体的な就職活動に当てはめながら、各構成要素における影響を考えてみましょう。

自己斉一性(じこせいいっせい)・連続性
 過去から現在までの自分を振り返り、これからの自分の展望を考える。これは、自己PRやガクチカ(学生時代に力を入れたこと)を考え、社会人となった自分を思い描くことで確立されていきそうです。

対自的同一性(たいじてきどういつせい)
 目指す社会人イメージを持つことや、自身のキャリア観を意識することが該当するでしょう。志望業界・企業を考えたり、志望動機を伝えたりすることで、強化されていく概念のようにも感じます。

対他的同一性(たいたてきどういつせい)
 就活準備の1つである「他己分析(他者から見た自分の印象や評価を知ること)」をすることで、“二人称の自分”を知ることができます。それを受け入れていくことで、対他的同一性は発達していくでしょう。

心理社会的同一性(しんりしゃかいてきどういつせい)
 社会人から認められたり、内定を得られたりすることで、社会の一員として受け入れられたという感覚を持つことができるはずです。ただし、就職活動で損ないやすい概念でもあります。学生にフィードバックや選考結果を伝える際は、社会的な疎外感を抱かないような配慮が求められます。

 就職活動が自己と向き合い、社会とのつながりを問うものである以上、学生のアイデンティティに強い影響を与えることは確かでしょう。成長を促す良い効果が期待できる一方で、さまざまな問題が生じる可能性もあります。実際、就職活動を機に、心が不安定になったり、うつ症状が表れたりすることは珍しくありません。

 24年卒生の採用活動がピーク期に入っています。採用選考で学生と関わる方々も多くいらっしゃるでしょう。皆さんが接する学生は、大人になる一歩手前の発達段階にあり、自らのアイデンティティを確立している真っただ中であることに配慮いただけると幸いです。私自身は、彼らが経験するさまざまな出来事を成長につなげていけるよう、支援をしていきたいと思います。

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キャリアコンサルタント 平野恵子
キャリアコンサルタント 平野恵子

大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を
基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。
国家資格 キャリアコンサルタント