学生が望むキャリア(仕事を中心とした人生そのもの)はさまざまです。求める生き方は人によって異なり、心地よいと感じる環境も違います。就職先となる業種や仕事の種類も増えました。キャリア選択の幅は広がる一方です。同時に、多くの学生に通底した志向も感じています。それは、安心して生活していけるだけの基盤を得たい、という願いです。
これを「安定志向」という言葉で、消極的姿勢に帰結してしまうのは違うでしょう。経済が長期的に低迷する時代に育ってきた世代です。身を立てるだけの自信も実績もない学生が、安心できる生活を願うのは、ごく自然なことです。新型コロナの影響で、先行き不透明感が増し、この志向はより強まっていると感じます。
学生らしい感性でいまの世の中を理解し、安心が得られそうなキャリアを探索していく。それは「〇〇志向」といった特定のトレンドに収斂することはなく、複数の価値観が組み合わさった形で表出し、個々のキャリア決定につながっていきます。ある種のとらえどころのなさが、今どきの学生っぽさなのかもしれません。彼らから感じるいくつかの価値観を、私なりにまとめてみました。
・制度で保証された“安心”への願望
職種で言えば「公務員」でしょう。公務員志望者は長らく減少傾向にありましたが、一転して、前年比2.1ポイント増の23.3%となりました(※1)。福利厚生という制度を重視する姿勢は、数年前から目立っています。学生の「ジョブ型」人気も“安心”に関係していると言えます。どこに配属されるか分からない「配属ガチャ」を避け、少しでも安心できる未来を望んでいるわけです。不確実性を可能な限り少なくしたい気持ちが強いのでしょう。
・短期間で獲得できる汎用性の高い成長
残業やストレスの少ないホワイトな労働環境の企業を「ゆるブラック」と呼び、避けるべき企業と考える学生を見かけるようになりました。仕事がハードでも、成長の実感が持てることを好み、労働市場で付加価値が高まる汎用性の高いスキルを求めます。難関大学の学生に多く、経営コンサル人気を支えている層と重なる印象があります。
・ネット余暇の親しみと将来性への評価
学生のインターネット利用時間は、普段の日だけでなく、休みの日も増加傾向が顕著です(※2)。ゲームやアニメ、マンガなどの電子書籍……。おうち時間を楽しむネット余暇は、コロナ前より身近になっています。これらを提供する企業は、「好きなこと」を仕事にしたい層から支持されていましたが、さらに裾野を広げました。また、ビジネスとしての将来性にも注目が集まっています。IP(知的財産)ビジネスの人気は、さらに高まりを見せるでしょう。
・ほどほどの仕事でほどほどの生活
ストレスが少なく、無理のない毎日を過ごしたい。生活できるだけの収入が得られれば、多くは望まない。そんな穏やかで平穏なキャリアを希望する学生は少なくありません。以前は、事務職を希望する女子学生に多いキャリア観でしたが、いまは性別に関係なく支持されているように感じます。仕事(オン)よりも、仕事以外(オフ)の時間に意味を見いだす人生。これも尊重されるべき1つの選択肢と言えます。
・思いやりとあたたかみのある職場
「働くうえで重視したい社風」を尋ねた調査で、09年卒、15年卒、22年卒と増えつづけているのが「相互の思いやりとあたたかさ」です。「オープンなコミュニケーション」も15年卒からの増加が目立ちます(※3)。競争よりも調和。争いやぶつかり合いを避け、チームで協力し合いながら仕事を進めていくスタイルが好まれています。
・他者との交流(コミュニケーション)が少ない仕事
前項目と矛盾するようですが、他者との交流が少なく、個人で完結する仕事を志望する学生も目立っています。メールやチャットで事前にアポイントをとってコミュニケーションすることが一般的になり、不特定の人から突然話しかけられ、交流することに戸惑いやストレスを感じる人が増えているのでしょう。電話対応を嫌う心理と似ているのかも知れません。デジタルテクノロジーの進化に伴い、該当する仕事は増えていきそうです。
思いつくまま学生のキャリア観を述べましたが、どれも強度のある価値観とは言えません。両親を中心とした身近な大人、ドラマで描かれるステレオタイプな仕事イメージ、メディアで報道される先進的かつ部分的な事象など、限られた情報で構築された、曖昧で未成熟な価値観です。
これから就職活動はピーク時期を迎えます。学生は多くの社会人と交流しながら、今までにない生き方や考え方を知っていくでしょう。そして、キャリア観は大きく変わっていきます。ある時期のある発言だけで学生を類型化し、評価しては、ポテンシャルを見誤るかもしれません。まずは、お互いを理解する対話からスタートし、採用選考を通して、彼らの変化を楽しんでみてください。
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- 掲載日:2022/02/17
第72回 学生が望むキャリアの多様性
バックナンバー
- 第82回 「企業の思惑」に適応した「就活生の変化」
- 第81回 学生を社会人へと育成する専門職の必要性
- 第80回 “ガクチカ”と“ブラックインターン”の関係
- 第79回 就職活動が学生を成長させる理由
- 第78回 育成プロセスの見直しが必要だと考える理由
- 第77回 学生が求める“心地よい働き方”とは
- 第76回 指示的に「主体性」を育成するジレンマ
- 第75回 就職活動の受験化について考える
- 第74回 マスクを外すタイミングを考える
- 第73回 新入社員の大切な仕事
- 第72回 学生が望むキャリアの多様性
- 第71回 今どきの就活アドバイスが学生に与える影響
- 第70回 “人それぞれ”な就職活動
- 第69回 オンライン授業の出席率が高い理由
- 第68回「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」に学業「ガクチカ」も加えませんか
- 第67回 新卒採用の今昔~変わらないものを考える~
- 第66回 「わきまえた行動」を求めてしまう私たち
- 第65回 大学生活のオンライン化について思うこと
- 第64回 就活支援サービスの功罪
- 第63回 新しいコミュニケーションに適応していく若者
- 第62回 対面で映える学生、WEBで光る学生
- 第61回 新入社員の矛盾した2つの想い
- 第60回 面接で「第1志望です」と答える理由
- 第59回 「退職代行サービス」を利用する心理
- 第58回 SNSに晒されるというコミュニケーションリスク
- 第57回 「がんばる」ことが分からない
- 第56回 レイバーでない「働く」体験をインターンシップで!
- 第55回 子どもの気遣い・大人の気遣い
- 第54回 大学入学からはじめる家庭内キャリア教育
- 第53回 「知人」という弱い紐帯の重要性
- 第52回 将来の見通しの立て方
- 第51回 主体的に「自己表現しない」という選択
- 第50回 学生から社会人への移行が難しくなった理由
- 第49回 受け身の合理性
- 第48回 売り手市場における就活生の不安や悩み
- 第47回 学業で自己PRする難しさと質問内容
- 第46回 自分らしい社会人でいるために必要なこと
- 第45回 「自己分析」が好きになれない理由
- 第44回 無反応でも話しつづけられる学生
- 第43回 “コミュ力”と“トーク力”ばかりが重視される理由
- 第42回 「承認」することの効果
- 第41回 学生と一緒に「分かる」を「できる」に
- 第40回 努力は報われると考える理由
- 第39回 まだ見せていないポテンシャル
- 第38回 彼がマスクをする理由
- 第37回 クセと個性の違い
- 第36回 「好き」というエネルギー活用
- 第35回 今どき学生の出会い事情
- 第34回 様変わりしている就職活動/1990年 vs 2015年
- 第33回 売り手市場が学生に与えるマイナスの影響
- 第32回 日本の学生、アメリカの学生
- 第31回 「ジャンケン」と「多数決」の話し合い
- 第30回 学生の誤字に関するあれこれ
- 第29回 学生の「自己責任」論にみる実社会イメージ
- 第28回 成熟した”素直さ”
- 第27回 「分かり合えない」のが普通
- 第26回 就活における負のスパイラル
- 第25回 悩めない学生
- 第24回 困難を選択する困難さ
- 第23回 単語化するコミュニケーション
- 第22回 高大接続から考える学生気質
- 第21回 歴史が繰りかえす「大学生」という若者論争
- 第20回 結果とプロセス、どちらを重視?
- 第19回 「教えすぎる」「待てなさすぎる」という弊害
- 第18回 直木賞作品『何者』に見る学生コミュニケーション
- 第17回 リクルートスーツが「黒」で統一されている理由
- 第16回 “資格”にまつわる誤解
- 第15回 若者言葉にみる共感コミュニケーション
- 第14回 「3年で3割」という離職率をどう考える
- 第13回 学生から社会人への乗り越えかた
- 第12回 エントリーシートに見る今どきの学生事情
- 第11回 コミュニケーション能力を評価する難しさ
- 第10回 内定者の期待値調整
- 第9回 「大学生」という言葉のズレ
- 第8回 新米就活生の不安
- 第7回 学生から社会人への育て方
- 第6回 今どき学生の企業選び
- 第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
- 第4回 インターンシップのひずみ
- 第3回 不確実さを避ける学生
- 第2回 面接で泣く男子学生をどう思いますか?
- 第1回 「当たり前」のギャップ~大学生の消費者意識~
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キャリアコンサルタント 平野恵子
大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を
基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。
国家資格 キャリアコンサルタント