第67回 新卒採用の今昔~変わらないものを考える~

 新卒採用は毎年繰り返される「慣性」的な活動です。そのため、ルーティン化したオペレーションの繰り返しになりがちですが、何かをきっかけに、大きな変化を見せることがあります。例えば、インターネットの登場です。「就職情報サイト」ができたことで、採用活動のプロセスは一変しました。そして今、新型コロナをきっかけに、再び変化のタイミングに入ったように感じています。

 対面が当然だった面接に、オンラインという新しい選択肢が生まれ、定着し始めました。ジョブ型や通年採用といった新しい仕組みを検討するきっかけにもなっています。しかし、こうした変化は一様ではありません。逆に対面コミュニケーションの重要性、メンバーシップ型や一括採用の合理性など、従来の良さを実感した採用担当者も少なくないでしょう。

 日本の新卒採用は大正時代に始まり、経済の発展や社会保障制度の整備などとともに、100年近い時間をかけて私たちの社会に深く根付いてきました。思った以上に、変わらない良さがあるのかもしれません。今回は、新卒採用の“変わらないもの”について考えてみたいと思います。

 参考にするのは、昭和初期の大学生の就職活動について書かれている『学校から社会へ』(昭和5(1930)年発行、寿木孝哉著)という古書です。大正8(1919)年に施行された大学令によって私立大学が数多く創設され、大学生の大衆化が進みました。官界や研究者を目指すキャリアから、民間企業への就職が一般的になり、今に続く企業中心の新卒採用が形成された時代です。
※本書は旧漢字および旧仮名遣いが用いられているため、引用時は適宜編集してあります。


ほぼ100年続く「就活ルール論争」



 大学生が大衆化したとは言え、進学率は数パーセントです。就職先に困ることはないように感じますが、第一次世界大戦による戦時バブルが崩壊し、昭和恐慌がおきたタイミングで、就職は極めて厳しい状況だったようです。

「経済界の深刻なる不景気が反映して、年々歳々多くの学校卒業生が就職難に苦しみ喘いでいる」(p.3)


「学生は学校卒業期になると、就職運動にばかり狂奔して、遂にその学業を捨てて顧みないという風を生じ、これがために卒業年度における成績が(…)著しく悪いという傾向」(p.66)


 就職難により、学業より就職活動を優先する学生が多かったようです。そして、こうした傾向が行き過ぎると経済界から憂慮する声があがり、スケジュール規制の議論が持ち上がる…という動きは今と変わりません。

「この弊害が漸次露骨となるにつれて、各銀行会社側において、これを改善することの必要性が提唱された」(p.67)



 そして、日本初の就職協定が昭和3(1928)年に誕生しました。「採用選考は卒業後」という取り決めでしたが、水面下ではいろいろと動きがあったようです。

「選考試験期は卒業後に延ばされたが、実際問題として各学校卒業生は、その卒業前から就職運動を行っているようである」(p.70)


 ルールがないことで無秩序となり、ルールが作られ、抵触しない手法が編み出され、また新たなルールが作られる…。ほぼ100年続く「就活ルール論争」はここから始まりました。



人柄重視の採用



 当時の大卒はエリート層であり、高い学識を仕事に活かすことが求められました。それゆえ、学歴だけでなく、大学によっても初任給が違いました。例えば、帝大(工科)90圓、帝大(法科)80圓、早慶75圓、各私大65~70圓(pp.261-262)といった感じです。とはいえ、大学名だけで就職できるわけではなく、人物重視の採用姿勢を明らかにしています。

「生半可な小理屈や、やたらに知識を振り回す人よりも、当面の実務に対して真剣であり、かつ、真面目な手腕家を要求している」(p.20)


「三菱ではどういう人を採用するかと言えば、言うまでもなく人物本位である(…)もちろん才幹のあるということも必要ではあろうが、品性の下劣と認められる者は採らない」(p.77)

 新卒採用の黎明期から、学生の評価基準として、スペック(スキルや知識など)評価よりも、人物重視や品格といった感覚情報が物を言っていたようです。

「採用の根本要件は何を言っても優良な種苗を探し求めているものである」(p.21)


「当社(安田)の選考は戸を開けて室に入るときから、着座して問答を終り、室を出るまでの態度や応答ぶり、目つきなどでその人の性質を判断する(…)。学校の研究学科について、当社ではあまり考慮に入れない。寧ろそれよりも質のよい人に入ってもらって(…)」(pp.85-86)



 一定の学力を有していることを前提に、面接での感覚情報などを評価し、自社とのカルチャーフィットを大切にする選考は、今と変わらないようです。


「今の若者は…」は繰り返される



 本書を読んでいると、社会人から見た学生という存在は、いつの時代も頼りなく、未成熟な様子に映るのだと感じます。

「各銀行会社の試験委員は殆ど異口同音に諸君らの若々しい覇気を疑っている。昭和時代の学生は覇気を失っている」(p.8)


「猫も杓子も銀行員たらんことを望み、会社員たらんことを願うのである。勤め人が一番楽が出来て呑気で、そして体裁の良い生活ができると心得ている」(pp.9-10)


「就職すると、学生時代とはすべて生活様式が違うためか、健康を害する人が多い。(…)規則正しい習慣をつけておくことが大切である」(p.89)


「近頃際立って目につき且つ最も不愉快に感ずるのは、就職せんがための学問の弊として所謂(いわゆる)応試術というようなものを青年学生が心得ていることである」(p.96)



 これ以外にも、知識はあるが手紙一つ書けない、映画女優の名前は知っていても常識すらままならない等々、学生への苦言がいたるところに書かれています。中には「そこまで言わなくても…」と思うものもあり、可哀想になるほどです(苦笑)。

 明治・大正世代から見たら、昭和世代の大学生はひどく軟弱に映っていたのかもしれません。しかし、当時の大学生が戦後の復興を支え、高度成長期の礎を作ったのです。人の成長と可能性の大きさを感じます。令和世代の新入社員も、これから多くの経験を積み重ね、社会を支えていく人材となっていくのでしょう。

 時代を経ても、学生が就職時に考えることや求めることは似通っています。企業の採用担当者が評価するときの視点や憂慮することにも、大きな違いはありません。今後、新卒採用はオンラインやテクノロジーを駆使した新しい選考手法が広がっていくでしょう。評価や雇用制度も変化していきそうです。そのとき、変わりにくい人の営みや心情をふまえて、運用していくことが大切なのかもしれません。



※寿木孝哉(昭和5・1930)『学校から社会へ』先進社


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キャリアコンサルタント 平野恵子
キャリアコンサルタント 平野恵子

国立大学の教育学部卒業後、会社勤務を経て、現在キャリアコンサルタント(CCE,Inc.認定GCDF-Japan)。大学生や社会人などの若年層を中心としたキャリア支援を専門に活動している。また、人材会社の研究員として、就職活動に関する動向や意識調査をもとに、雑誌や専門誌への執筆も行う。