新型コロナによる非日常的な生活も、これだけ長期化してくると、日常になりつつあります。人と会うとき、リアルかオンラインかを確認することにも慣れました。マスクをした顔しか知らない人も増えてきました(笑)。私たちのコミュニケーションスタイルは、確実に変化しています。それは、多少なりとも、ものの考え方・捉え方に影響を与えているでしょう。心身とも大きく成長する大学生であれば、なおさらです。
今回は、大学生活のオンライン化について、思うことをあれこれと書いてみたいと思います。
大学のオンライン授業については、このところ風当たりが強くなっています。しかし、物事にはメリットとデメリットの両面あります。オンライン授業によって教育を止めずにすんだこと。オンライン留学など、新しい教育の可能性に気付けたこと。リピート可能な教材によって、より良い教育効果が得られたことなど、メリットにも着目すべきでしょう。
個人的には、授業そのものよりも、大学生活がオンライン化したことへの影響を憂慮しています。青年後期という発達段階にある若者にとって、より広い世界で異質な人や気の合う人と出会い、新しい経験をしていくことには、大きな意味があります。新たに育まれた価値観によって、従来のものの見方は再構築され、アイデンティティが確立されていきます。異性との交流などによる心身の変化、それをコントロールする経験も、大切な成長プロセスです。オンライン化によって、身体性をともなった心と身体の成長が得にくくなるように感じています。
キャンパスという場を共有し、不特定多数の若者が一緒に過ごすことで、意図しなくても、人間関係の多様性は担保されていました。教室から教室へ、教室から図書館へ、図書館から食堂へと移動することで、点と点はつながり線になります。その線上には行き交う人々がいます。ときに偶然に出会う友人がいて、一緒にいる別の友人とも知り合いになったりします。線は面となり、コミュニティーの面積はさらに広がっていきます。
それと比べると、オンライン上のコミュニティーは、それぞれに孤立した点のようなものです。互いに影響を与えあうことは稀で、コミュニケーションの拡張が困難と言えます。たまたま目にしたサークルメンバーの募集ポスター、グランド脇を通り抜けるときに見かけて興味を持った運動部の練習、先輩から依頼されて強制的に参加することになったボランティア…。新しい経験や出会いにつながる些細なきっかけは、点と点をむすぶ線上に意図せず存在することが多いように思います。孤立したオンライン上の点だけでは、本人が知り得ない世界に足を踏み入れる機会が、少なくなってしまうでしょう。
また、オンラインでは人とのコミュニケーションをブロックする、コミュニティーから離脱する、といったことが容易であることも特徴です。例えば、授業でグループワークをおこなうとき、教室でメンバー同士が顔を合わせていれば、その場を離れることへの心理的ハードルはかなり高いでしょう。人見知りを自認する学生にとって、初対面同士のワークは試練と言えますが、逃げにくい状況によって、苦手なりに経験値を高め、対処方法を身につけていきます。
しかし、オンラインコミュニケーションでは、カメラもマイクもOFFにできます。呼びかけに答えなくても、「通信状況が悪いので…」とチャットに一文書き込めばスルー可能です。「退出」ボタンを押せば、一瞬で離脱することもできます。教室内のグループワークでフリーライダー(ワークなどに参加せず、利益だけを得る人)をするのは、相応の覚悟が必要です。しかし、オンラインなら1クリックで相手をブロックしたり、アッという間に自室に戻れたりします。互いの気配も感じにくいので、心苦しさを感じることも少ないでしょう。
オンライン化によって、学生の偶発的な出会いは少なくなり、交流する相手も自分で選択しやすくなります。ストレスの少ない既知のコミュニティーにとどまり、社会性が未熟なまま、実社会に出ていく学生が増えるかもしれません。その一方で、全く未知な場所や人とつながることが容易なのもオンラインです。自分のコミュニケーション領域をどんどん広げて、より成熟していく学生も出てくるでしょう。
自らの領域が広がる層と広がらない層。“格差”と言うより“分断”といった言葉が相応しいような状況になることを危惧しています。両者は交わることなく、互いの存在を認識することなく、大学生活を過ごしていく。これは現在進行形の話なので、データをともなう事象ではありません。「~かもしれない」程度の話です。ですが、分断を生じない工夫の必要性を感じています。
- 掲載日:2020/12/18
第65回 大学生活のオンライン化について思うこと
バックナンバー
- 第82回 「企業の思惑」に適応した「就活生の変化」
- 第81回 学生を社会人へと育成する専門職の必要性
- 第80回 “ガクチカ”と“ブラックインターン”の関係
- 第79回 就職活動が学生を成長させる理由
- 第78回 育成プロセスの見直しが必要だと考える理由
- 第77回 学生が求める“心地よい働き方”とは
- 第76回 指示的に「主体性」を育成するジレンマ
- 第75回 就職活動の受験化について考える
- 第74回 マスクを外すタイミングを考える
- 第73回 新入社員の大切な仕事
- 第72回 学生が望むキャリアの多様性
- 第71回 今どきの就活アドバイスが学生に与える影響
- 第70回 “人それぞれ”な就職活動
- 第69回 オンライン授業の出席率が高い理由
- 第68回「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」に学業「ガクチカ」も加えませんか
- 第67回 新卒採用の今昔~変わらないものを考える~
- 第66回 「わきまえた行動」を求めてしまう私たち
- 第65回 大学生活のオンライン化について思うこと
- 第64回 就活支援サービスの功罪
- 第63回 新しいコミュニケーションに適応していく若者
- 第62回 対面で映える学生、WEBで光る学生
- 第61回 新入社員の矛盾した2つの想い
- 第60回 面接で「第1志望です」と答える理由
- 第59回 「退職代行サービス」を利用する心理
- 第58回 SNSに晒されるというコミュニケーションリスク
- 第57回 「がんばる」ことが分からない
- 第56回 レイバーでない「働く」体験をインターンシップで!
- 第55回 子どもの気遣い・大人の気遣い
- 第54回 大学入学からはじめる家庭内キャリア教育
- 第53回 「知人」という弱い紐帯の重要性
- 第52回 将来の見通しの立て方
- 第51回 主体的に「自己表現しない」という選択
- 第50回 学生から社会人への移行が難しくなった理由
- 第49回 受け身の合理性
- 第48回 売り手市場における就活生の不安や悩み
- 第47回 学業で自己PRする難しさと質問内容
- 第46回 自分らしい社会人でいるために必要なこと
- 第45回 「自己分析」が好きになれない理由
- 第44回 無反応でも話しつづけられる学生
- 第43回 “コミュ力”と“トーク力”ばかりが重視される理由
- 第42回 「承認」することの効果
- 第41回 学生と一緒に「分かる」を「できる」に
- 第40回 努力は報われると考える理由
- 第39回 まだ見せていないポテンシャル
- 第38回 彼がマスクをする理由
- 第37回 クセと個性の違い
- 第36回 「好き」というエネルギー活用
- 第35回 今どき学生の出会い事情
- 第34回 様変わりしている就職活動/1990年 vs 2015年
- 第33回 売り手市場が学生に与えるマイナスの影響
- 第32回 日本の学生、アメリカの学生
- 第31回 「ジャンケン」と「多数決」の話し合い
- 第30回 学生の誤字に関するあれこれ
- 第29回 学生の「自己責任」論にみる実社会イメージ
- 第28回 成熟した”素直さ”
- 第27回 「分かり合えない」のが普通
- 第26回 就活における負のスパイラル
- 第25回 悩めない学生
- 第24回 困難を選択する困難さ
- 第23回 単語化するコミュニケーション
- 第22回 高大接続から考える学生気質
- 第21回 歴史が繰りかえす「大学生」という若者論争
- 第20回 結果とプロセス、どちらを重視?
- 第19回 「教えすぎる」「待てなさすぎる」という弊害
- 第18回 直木賞作品『何者』に見る学生コミュニケーション
- 第17回 リクルートスーツが「黒」で統一されている理由
- 第16回 “資格”にまつわる誤解
- 第15回 若者言葉にみる共感コミュニケーション
- 第14回 「3年で3割」という離職率をどう考える
- 第13回 学生から社会人への乗り越えかた
- 第12回 エントリーシートに見る今どきの学生事情
- 第11回 コミュニケーション能力を評価する難しさ
- 第10回 内定者の期待値調整
- 第9回 「大学生」という言葉のズレ
- 第8回 新米就活生の不安
- 第7回 学生から社会人への育て方
- 第6回 今どき学生の企業選び
- 第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
- 第4回 インターンシップのひずみ
- 第3回 不確実さを避ける学生
- 第2回 面接で泣く男子学生をどう思いますか?
- 第1回 「当たり前」のギャップ~大学生の消費者意識~
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キャリアコンサルタント 平野恵子
大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を
基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。
国家資格 キャリアコンサルタント