1年ほど前に就職相談を受けた学生と、先日再会しました。継続的に支援していたわけではなく、就活支援企画で1度対応しただけの学生です。その学生をなぜ覚えていたのか。こちらが驚くほど数多くの質問を受けたからです。「インターンシップは何社ぐらい参加した方が良いですか」「志望分野の幅を広げる方法は」「インターン参加企業から早期選考の案内が来たら受けなきゃダメですか」「面接で答えられない質問をされたときの対応は」「服装は…、髪型は…」「内定辞退の方法は…」などなど。
まだ本格的に就職活動がスタートする前から、これだけ多くの質問を先回りして考えられることに感心してしまいました。同時に、未知のこと、不確実なことへの強い反応に、不安を抱いたことを覚えています。質問する様子からは就職活動への興味関心は感じられず、分からないことはすべて無くしたい、無くしてからでないと動けない、といったニュアンスが滲み出ていたのです。
「就職活動では苦労するかも…」。正直そう思っていました。なので、意外にも本人から「3年の12月には内定をいただき、入社を決めました」と明るい声で返事がかえってきたときは驚きました。相談を受けたのが3年の10月中旬だったので、その2ヶ月後には就活を終えたことになります。思わず「どうやって?」と尋ねてしまいました。
その学生の就職活動は“就活エージェント”メインで進んでいったようです。個別面談で相談に乗ってもらえ、エントリーシートも添削してくれる。紹介された企業のインターンシップには優先的に参加でき、フィードバックもある。そうしたサービスを利用しつつ、結局、エージェントから紹介された早期選考を受けて、内定を決めたそうです。「なぜ就活を継続しなかったの?」と質問したら、「早く決めて安心したかった」と返事が返ってきました。
「企業情報も詳しく教えてくれたし、事前に面接練習もできました。不安なことがあれば相談に乗ってくれたし、安心感が強かったです」。そう話す様子からは、満足度の高さが感じられます。選考を受けたのが1社で、内定が1社。それで就活終了ですから、効率的でムダのない活動と言えます。学生からすれば、羨ましいと感じるでしょう。でも、私には違和感が残りました。1度の選考落ちもない、スムーズで失敗のない就活が、この学生にとってベターだったのか…。ずっとモヤモヤが続いています。
ルーティン業務だけを担う正社員は、すでにほとんど存在しません。自分が果たすべきタスクに必要なスキルや知識、充分な経験といったリソースがすべて整っていることも稀です。仕事では未知なことへのリスクを引き受け、自分で考え行動することが求められます。その意味で、就職活動はプレ社会人としてのトレーニング機会でもあります。折角の機会をショートカットしてしまうのは、勿体ないと言えるでしょう。
就活エージェント以外にも、いまや多種多様な就活支援サービスが存在します。エントリーしておけば企業からアプローチしてくれるスカウト型求人サイト。自己分析や企業研究の方法を教え、面接指導する就活塾、有名企業を通過したエントリーシートを提供するサービス…。それぞれにビジネスとしての意義はあると思いますが、一歩間違えば学生の成長機会をスポイルする可能性もあります。
「苦労せずに就職活動を終えたい」。多くの学生の本音でしょう。少しでも楽ができるサービスがあれば、利用したくなるのは当然です。需要と供給があれば、ビジネスとして成立するのも納得できます。ただ、それにより経験値が低く、未成熟な若者を増やしてしまうのであれば、何か工夫が必要でしょう。
これは支援なのか、成長機会の損失だろうか。学生のキャリア支援にかかわりながら、新卒採用ビジネスの一端を担う人間として、常に直面し、悩み続けている問題です。新卒の就職活動時だけではありません。『第59回「退職代行サービス」を利用する心理』でも書いたように、世の中にはさまざまなサービスが溢れています。就活支援サービスを駆使して内定を得て、退職代行サービスを使って退社し、転職エージェントで再就職する。これはすでに現実的なキャリア形成と言えます。
「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」。確かにそのとおりなのですが、どこまでが就活生にとっての“良し”なのか。どこまでが社会的に“良し”といえるのか。絶対解がある問いではないので、自戒しつつ、考え続けながら、自分なりの支援をしていきたいと思います。
- 掲載日:2020/10/20
第64回 就活支援サービスの功罪
バックナンバー
- 第82回 「企業の思惑」に適応した「就活生の変化」
- 第81回 学生を社会人へと育成する専門職の必要性
- 第80回 “ガクチカ”と“ブラックインターン”の関係
- 第79回 就職活動が学生を成長させる理由
- 第78回 育成プロセスの見直しが必要だと考える理由
- 第77回 学生が求める“心地よい働き方”とは
- 第76回 指示的に「主体性」を育成するジレンマ
- 第75回 就職活動の受験化について考える
- 第74回 マスクを外すタイミングを考える
- 第73回 新入社員の大切な仕事
- 第72回 学生が望むキャリアの多様性
- 第71回 今どきの就活アドバイスが学生に与える影響
- 第70回 “人それぞれ”な就職活動
- 第69回 オンライン授業の出席率が高い理由
- 第68回「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」に学業「ガクチカ」も加えませんか
- 第67回 新卒採用の今昔~変わらないものを考える~
- 第66回 「わきまえた行動」を求めてしまう私たち
- 第65回 大学生活のオンライン化について思うこと
- 第64回 就活支援サービスの功罪
- 第63回 新しいコミュニケーションに適応していく若者
- 第62回 対面で映える学生、WEBで光る学生
- 第61回 新入社員の矛盾した2つの想い
- 第60回 面接で「第1志望です」と答える理由
- 第59回 「退職代行サービス」を利用する心理
- 第58回 SNSに晒されるというコミュニケーションリスク
- 第57回 「がんばる」ことが分からない
- 第56回 レイバーでない「働く」体験をインターンシップで!
- 第55回 子どもの気遣い・大人の気遣い
- 第54回 大学入学からはじめる家庭内キャリア教育
- 第53回 「知人」という弱い紐帯の重要性
- 第52回 将来の見通しの立て方
- 第51回 主体的に「自己表現しない」という選択
- 第50回 学生から社会人への移行が難しくなった理由
- 第49回 受け身の合理性
- 第48回 売り手市場における就活生の不安や悩み
- 第47回 学業で自己PRする難しさと質問内容
- 第46回 自分らしい社会人でいるために必要なこと
- 第45回 「自己分析」が好きになれない理由
- 第44回 無反応でも話しつづけられる学生
- 第43回 “コミュ力”と“トーク力”ばかりが重視される理由
- 第42回 「承認」することの効果
- 第41回 学生と一緒に「分かる」を「できる」に
- 第40回 努力は報われると考える理由
- 第39回 まだ見せていないポテンシャル
- 第38回 彼がマスクをする理由
- 第37回 クセと個性の違い
- 第36回 「好き」というエネルギー活用
- 第35回 今どき学生の出会い事情
- 第34回 様変わりしている就職活動/1990年 vs 2015年
- 第33回 売り手市場が学生に与えるマイナスの影響
- 第32回 日本の学生、アメリカの学生
- 第31回 「ジャンケン」と「多数決」の話し合い
- 第30回 学生の誤字に関するあれこれ
- 第29回 学生の「自己責任」論にみる実社会イメージ
- 第28回 成熟した”素直さ”
- 第27回 「分かり合えない」のが普通
- 第26回 就活における負のスパイラル
- 第25回 悩めない学生
- 第24回 困難を選択する困難さ
- 第23回 単語化するコミュニケーション
- 第22回 高大接続から考える学生気質
- 第21回 歴史が繰りかえす「大学生」という若者論争
- 第20回 結果とプロセス、どちらを重視?
- 第19回 「教えすぎる」「待てなさすぎる」という弊害
- 第18回 直木賞作品『何者』に見る学生コミュニケーション
- 第17回 リクルートスーツが「黒」で統一されている理由
- 第16回 “資格”にまつわる誤解
- 第15回 若者言葉にみる共感コミュニケーション
- 第14回 「3年で3割」という離職率をどう考える
- 第13回 学生から社会人への乗り越えかた
- 第12回 エントリーシートに見る今どきの学生事情
- 第11回 コミュニケーション能力を評価する難しさ
- 第10回 内定者の期待値調整
- 第9回 「大学生」という言葉のズレ
- 第8回 新米就活生の不安
- 第7回 学生から社会人への育て方
- 第6回 今どき学生の企業選び
- 第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
- 第4回 インターンシップのひずみ
- 第3回 不確実さを避ける学生
- 第2回 面接で泣く男子学生をどう思いますか?
- 第1回 「当たり前」のギャップ~大学生の消費者意識~
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キャリアコンサルタント 平野恵子
大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を
基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。
国家資格 キャリアコンサルタント