この半年ほどで、少し奇異にも感じる生活スタイルが、私たちの当たり前となりました。不要不急な外出は避け、外出時はマスクをして、できるだけ人との距離を保ち、最小限の会話を心掛ける。対面コミュニケーションが著しく制限されてしまったため、自分には縁遠いと思っていたオンライン活用(オンライン講座など)が、否応なく身近なモノになりました。
多くの採用担当者も同様でしょう。新型コロナの拡大時期が、ちょうど採用活動のピーク時と重なったため、「オンライン採用」はニューノーマルの象徴のように、多くのメディアで取り上げられました。WEB面接が急激に広まり、今夏のインターンシップもオンラインで実施予定の企業が目立っています。今後は、初期選考までのオンライン化がより強化され、人数を絞った段階から対面選考を実施するスタイルが広がりそうです。新型コロナをきっかけに、採用の効率化が進み、新しいスタイルが定着しつつあります。
採用のオンライン化と比べると、職場のオンライン化、リモートワーク(在宅勤務)の定着は未知数と言えそうです。5月上旬に実施したリモートワーク実態調査の結果(※)を見ると、何らかの形でリモートワークを実施していた人は首都圏でも5割強、近畿が35%程度、中部が25%程度、他エリアでは約2割にとどまっています。外出自粛要請がなされていた緊急事態宣言下でも、約6割の人が毎日出勤していたという結果をふまえると、リモートワークの定着は大都市圏を中心に、限定的な範囲にとどまるように思います。
職場という空間を共有しつつ、対面コミュニケーションを前提に築き上げてきた長年の仕事の仕組みは、そう簡単には変えられないし、変えたくないという心理が働いているのでしょう。コロナ禍をきっかけに、リモートワークという働き方が多くの人に認知され、一時的に変化のスピードを加速させましたが、今後はより穏やかに導入が進むと考えます。
一方で、大学のオンライン化は高止まりしています。大都市圏に限らず、ほぼ全国的にリモート授業がおこなわれ、緊急事態宣言の解除後も、対面授業は実習や実験など一部に限られています。教室内で90~120分間という時間を共有し、授業毎に不特定多数の異なる学生と接触する、対話を伴うゼミやアクティブラーニングも多い、障がいのある学生や留学生への学びの保証も必要…など、高校までの教育機関とは異なる状況にあるので、対面授業には慎重にならざるを得ません。
今後、オンライン授業がどの程度定着するかは、もう少し様子を見なければ分かりませんが、学生と一緒にこの環境を走り続けた一人として感想を述べれば、若者の方が変化への適応スピードが早い!ということです。また、オンラインコミュニケーションの場数は、一般的な社会人よりも学生の方がよっぽど上回っていると言えます。この経験値の差によって、オンライン採用で誤解が生じるケースが一部で見られます。
あるビジネス雑誌の記事だったのですが、WEB面接をおこなった人事の意見として以下のような内容が紹介されていました。
・多人数がアクセスするオンライン説明会でカメラをオフにしたり、音声をミュートにしたりする学生には否定的な印象を受ける。
・チャットよりも発声して質問する学生にやる気や意欲を感じる。
Zoomなどを利用したリアルタイム授業では、学生の通信環境に配慮して、カメラOFFを標準としているケースが少なくありません。大人数の授業では、ランダムに発言されても対応できないため、チャットで質問することをルール化しているケースは多く、私自身も同様の対応をとっていました。オンラインなのに、対面マナーと同じ感覚でやる気や意欲を評価するのは、いささか可哀想…という気がします。また、パソコン画面に話す内容を表示する行為を、カンペ(カンニングペーパー)と批判的にとらえるコメントも紹介されていましたが、オンライン環境を活かした事前準備や工夫をポジティブに受けとめる視点があっても良いのではないでしょうか。
オンライン上のマナーは、まだ固まっていません。リアルな対面マナーの感覚をオンラインでも当てはめ、一方的に判断していては評価を見誤る可能性があります。学生のオンライン対応に違和感を覚えたときは、その意図を確認すれば誤解が生じないでしょう。オンラインと対面では、異なるコミュニケーションマナーがあることを前提に、丁寧な相互理解が必要と言えます。
- 掲載日:2020/08/18
第63回 新しいコミュニケーションに適応していく若者
バックナンバー
- 第82回 「企業の思惑」に適応した「就活生の変化」
- 第81回 学生を社会人へと育成する専門職の必要性
- 第80回 “ガクチカ”と“ブラックインターン”の関係
- 第79回 就職活動が学生を成長させる理由
- 第78回 育成プロセスの見直しが必要だと考える理由
- 第77回 学生が求める“心地よい働き方”とは
- 第76回 指示的に「主体性」を育成するジレンマ
- 第75回 就職活動の受験化について考える
- 第74回 マスクを外すタイミングを考える
- 第73回 新入社員の大切な仕事
- 第72回 学生が望むキャリアの多様性
- 第71回 今どきの就活アドバイスが学生に与える影響
- 第70回 “人それぞれ”な就職活動
- 第69回 オンライン授業の出席率が高い理由
- 第68回「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」に学業「ガクチカ」も加えませんか
- 第67回 新卒採用の今昔~変わらないものを考える~
- 第66回 「わきまえた行動」を求めてしまう私たち
- 第65回 大学生活のオンライン化について思うこと
- 第64回 就活支援サービスの功罪
- 第63回 新しいコミュニケーションに適応していく若者
- 第62回 対面で映える学生、WEBで光る学生
- 第61回 新入社員の矛盾した2つの想い
- 第60回 面接で「第1志望です」と答える理由
- 第59回 「退職代行サービス」を利用する心理
- 第58回 SNSに晒されるというコミュニケーションリスク
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- 第56回 レイバーでない「働く」体験をインターンシップで!
- 第55回 子どもの気遣い・大人の気遣い
- 第54回 大学入学からはじめる家庭内キャリア教育
- 第53回 「知人」という弱い紐帯の重要性
- 第52回 将来の見通しの立て方
- 第51回 主体的に「自己表現しない」という選択
- 第50回 学生から社会人への移行が難しくなった理由
- 第49回 受け身の合理性
- 第48回 売り手市場における就活生の不安や悩み
- 第47回 学業で自己PRする難しさと質問内容
- 第46回 自分らしい社会人でいるために必要なこと
- 第45回 「自己分析」が好きになれない理由
- 第44回 無反応でも話しつづけられる学生
- 第43回 “コミュ力”と“トーク力”ばかりが重視される理由
- 第42回 「承認」することの効果
- 第41回 学生と一緒に「分かる」を「できる」に
- 第40回 努力は報われると考える理由
- 第39回 まだ見せていないポテンシャル
- 第38回 彼がマスクをする理由
- 第37回 クセと個性の違い
- 第36回 「好き」というエネルギー活用
- 第35回 今どき学生の出会い事情
- 第34回 様変わりしている就職活動/1990年 vs 2015年
- 第33回 売り手市場が学生に与えるマイナスの影響
- 第32回 日本の学生、アメリカの学生
- 第31回 「ジャンケン」と「多数決」の話し合い
- 第30回 学生の誤字に関するあれこれ
- 第29回 学生の「自己責任」論にみる実社会イメージ
- 第28回 成熟した”素直さ”
- 第27回 「分かり合えない」のが普通
- 第26回 就活における負のスパイラル
- 第25回 悩めない学生
- 第24回 困難を選択する困難さ
- 第23回 単語化するコミュニケーション
- 第22回 高大接続から考える学生気質
- 第21回 歴史が繰りかえす「大学生」という若者論争
- 第20回 結果とプロセス、どちらを重視?
- 第19回 「教えすぎる」「待てなさすぎる」という弊害
- 第18回 直木賞作品『何者』に見る学生コミュニケーション
- 第17回 リクルートスーツが「黒」で統一されている理由
- 第16回 “資格”にまつわる誤解
- 第15回 若者言葉にみる共感コミュニケーション
- 第14回 「3年で3割」という離職率をどう考える
- 第13回 学生から社会人への乗り越えかた
- 第12回 エントリーシートに見る今どきの学生事情
- 第11回 コミュニケーション能力を評価する難しさ
- 第10回 内定者の期待値調整
- 第9回 「大学生」という言葉のズレ
- 第8回 新米就活生の不安
- 第7回 学生から社会人への育て方
- 第6回 今どき学生の企業選び
- 第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
- 第4回 インターンシップのひずみ
- 第3回 不確実さを避ける学生
- 第2回 面接で泣く男子学生をどう思いますか?
- 第1回 「当たり前」のギャップ~大学生の消費者意識~
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キャリアコンサルタント 平野恵子
大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を
基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。
国家資格 キャリアコンサルタント