令和最初の新入社員は新型コロナウイルスの影響によって、昨年までとは全く異なる環境下で、キャリアをスタートさせることになりました。規模の縮小や中止となった入社式。期間短縮やオンラインによる新入社員研修。入社直後から、数週間の自宅待機を指示した会社もあります。
人は身を置く環境によって、思考や行動が左右されます。人と距離をとり、マスクをして、会話が制限されたなかで研修を受けるにしても、自宅でひとりオンライン研修を受けるにしても、他者から受ける刺激は圧倒的に少なくなります。得られる学びや気付き、社会人へのマインドセットが難しくなることは否めないでしょう。歓迎会などによるインフォーマルコミュニケーション(非公式かつ偶発的なコミュニケーション)も少なくなるので、先輩社員との人間関係も希薄になりがちです。
東京などの大都市圏では、在宅勤務をする人が増えるため、新人の組織社会化(メンバーの一員として組織に適応していくこと)は、かなり遅れそうです。せめて知識習得だけでも・・・と、eーラーニングを課しても、業務で使えるレベルを期待するのは難しいでしょう。実際の業務が理解できていないので、どの場面でどんな知識を用い、何をするのかが分かりません。何が分からないかが分からないので、単なる情報のインプットにとどまってしまいます。今年の新人育成は時間がかかるものと割り切り、焦らずに取り組むことが求められそうです。
また「相反した2つの想い」が育成のやりにくさを強めるようにも感じています。
■相反した2つの想い①
<組織に依存せず、専門スキルを獲得して自立できる自分になりたい>
「『終身雇用を前提とした人生設計』にまでつながってしまったとするならば、見直さないといけない(※1)」。経団連会長である中西氏の言葉です。今年の新人が就職活動をはじめた2018年秋以降、日本型雇用慣行を変える動きが強まっています。当然、彼らのキャリア観、就労観にも大きな影響を与えているはずです。
組織が保証してくれる安心が少なくなっているのだから、企業へのロイヤリティー(忠誠心)より、目に見える自分自身の成長や短期スパンの損得を重視したい、仕事よりプライベートを優先させたい。そう考えるのは、彼らにとって自然なことでしょう。組織とは適度な距離を保ち、必要以上に自身の価値観を変えられたくない、といった想いを感じます。
■相反した2つの想い②
<所属コミュニティーに受け入れられ、ちゃんと自分を育ててほしい>
組織に依存したくないと言っても、最初は誰かに仕事を教えてもらわなければなりません。彼らは売り手市場(学生優位)のなかで就職活動していたので、手厚い研修システムを競うようにアピールする企業説明を幾度となく受けています。「仕事ができるようになるまで教えてもらえる」という感覚の新人は多いでしょう。
どんな企業に魅力を感じるかを尋ねたアンケート(※2)では、「社内の雰囲気が良い」(75.6%、複数回答)がトップでした。理由としては「困ったことがあれば相談しやすいから」「相談や質問がしやすく働きやすいから」などが目立ちます。周囲が自分を受け入れ、見守り、育ててくれるといった環境を理想としているようです。
組織とは一定の距離感を持ちつつ、メンバーからは面倒見のよい温かな関係を求める。言い換えれば「メンバーシップ型の安心を得つつ、ジョブ型の自由もほしい」と表現できます。ある意味、矛盾した望みと言えますが、実際の職場で先輩社員と過ごすうちに、自分なりのバランスを見いだしていくものでしょう。この点でも、今年の新人育成に「焦りは禁物」と言えそうです。
この状況は今年に限った話で、事態が収束すれば、これまでと同じ環境に戻る。そう考える人もいるかと思いますが、私は懐疑的です。今回の出来事をきっかけに仕事の進め方は変化し、職場の様子も変わるでしょう。新入社員に限らず、組織で働く人間のキャリア観は、より一層多様化が進むはずです。多様性に対応するには、労力も気力も必要なので、できれば避けたい・・・というのが本音です。それでも、これからはじまる新しい環境に適した育成やマネジメントを模索していく必要がある。今はそう感じています。
- 掲載日:2020/04/08
第61回 新入社員の矛盾した2つの想い
バックナンバー
- 第82回 「企業の思惑」に適応した「就活生の変化」
- 第81回 学生を社会人へと育成する専門職の必要性
- 第80回 “ガクチカ”と“ブラックインターン”の関係
- 第79回 就職活動が学生を成長させる理由
- 第78回 育成プロセスの見直しが必要だと考える理由
- 第77回 学生が求める“心地よい働き方”とは
- 第76回 指示的に「主体性」を育成するジレンマ
- 第75回 就職活動の受験化について考える
- 第74回 マスクを外すタイミングを考える
- 第73回 新入社員の大切な仕事
- 第72回 学生が望むキャリアの多様性
- 第71回 今どきの就活アドバイスが学生に与える影響
- 第70回 “人それぞれ”な就職活動
- 第69回 オンライン授業の出席率が高い理由
- 第68回「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」に学業「ガクチカ」も加えませんか
- 第67回 新卒採用の今昔~変わらないものを考える~
- 第66回 「わきまえた行動」を求めてしまう私たち
- 第65回 大学生活のオンライン化について思うこと
- 第64回 就活支援サービスの功罪
- 第63回 新しいコミュニケーションに適応していく若者
- 第62回 対面で映える学生、WEBで光る学生
- 第61回 新入社員の矛盾した2つの想い
- 第60回 面接で「第1志望です」と答える理由
- 第59回 「退職代行サービス」を利用する心理
- 第58回 SNSに晒されるというコミュニケーションリスク
- 第57回 「がんばる」ことが分からない
- 第56回 レイバーでない「働く」体験をインターンシップで!
- 第55回 子どもの気遣い・大人の気遣い
- 第54回 大学入学からはじめる家庭内キャリア教育
- 第53回 「知人」という弱い紐帯の重要性
- 第52回 将来の見通しの立て方
- 第51回 主体的に「自己表現しない」という選択
- 第50回 学生から社会人への移行が難しくなった理由
- 第49回 受け身の合理性
- 第48回 売り手市場における就活生の不安や悩み
- 第47回 学業で自己PRする難しさと質問内容
- 第46回 自分らしい社会人でいるために必要なこと
- 第45回 「自己分析」が好きになれない理由
- 第44回 無反応でも話しつづけられる学生
- 第43回 “コミュ力”と“トーク力”ばかりが重視される理由
- 第42回 「承認」することの効果
- 第41回 学生と一緒に「分かる」を「できる」に
- 第40回 努力は報われると考える理由
- 第39回 まだ見せていないポテンシャル
- 第38回 彼がマスクをする理由
- 第37回 クセと個性の違い
- 第36回 「好き」というエネルギー活用
- 第35回 今どき学生の出会い事情
- 第34回 様変わりしている就職活動/1990年 vs 2015年
- 第33回 売り手市場が学生に与えるマイナスの影響
- 第32回 日本の学生、アメリカの学生
- 第31回 「ジャンケン」と「多数決」の話し合い
- 第30回 学生の誤字に関するあれこれ
- 第29回 学生の「自己責任」論にみる実社会イメージ
- 第28回 成熟した”素直さ”
- 第27回 「分かり合えない」のが普通
- 第26回 就活における負のスパイラル
- 第25回 悩めない学生
- 第24回 困難を選択する困難さ
- 第23回 単語化するコミュニケーション
- 第22回 高大接続から考える学生気質
- 第21回 歴史が繰りかえす「大学生」という若者論争
- 第20回 結果とプロセス、どちらを重視?
- 第19回 「教えすぎる」「待てなさすぎる」という弊害
- 第18回 直木賞作品『何者』に見る学生コミュニケーション
- 第17回 リクルートスーツが「黒」で統一されている理由
- 第16回 “資格”にまつわる誤解
- 第15回 若者言葉にみる共感コミュニケーション
- 第14回 「3年で3割」という離職率をどう考える
- 第13回 学生から社会人への乗り越えかた
- 第12回 エントリーシートに見る今どきの学生事情
- 第11回 コミュニケーション能力を評価する難しさ
- 第10回 内定者の期待値調整
- 第9回 「大学生」という言葉のズレ
- 第8回 新米就活生の不安
- 第7回 学生から社会人への育て方
- 第6回 今どき学生の企業選び
- 第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
- 第4回 インターンシップのひずみ
- 第3回 不確実さを避ける学生
- 第2回 面接で泣く男子学生をどう思いますか?
- 第1回 「当たり前」のギャップ~大学生の消費者意識~
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キャリアコンサルタント 平野恵子
大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を
基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。
国家資格 キャリアコンサルタント