第59回 「退職代行サービス」を利用する心理

 先日、仕事関係の知人とおしゃべりをしていて話題となったのが「退職代行サービス」です。当初は“退職の連絡をする”という代行メニューの1つに過ぎなかったものが、専門におこなう会社ができて、今では数多くの法律事務所がトラブル対応までを含めたサービス提供をおこなっています。それだけ利用ニーズが高いのでしょう。

 約1年前になりますが、NHKの『クローズアップ現代』でも取り上げられ、具体的な業務内容やサービス拡大の背景などが紹介されました(※1)。

 番組によれば、LINEなどのSNSで依頼できる会社もあり、誰とも会話することなく退職することが可能だそうです。アルバイトか正社員か、単なる連絡代行か手続きに伴う諸対応ありかで料金は異なり、相場は正社員の場合3~4万円ぐらい。それなりにお金がかかるサービスです。

 確かに、本人が申し出ても辞めさせてくれないなど、不当な対応をする企業もあるので、退職代行サービスの利用が最適なケースも多々あります。一方で、費用をかけてまで依頼することなのか…と違和感を抱く人もいるでしょう。私自身は、若者を中心とした利用者の増加は必然と考えています。

 学生時代のアルバイトで、辞めさせてもらえないという苦い経験をした若者も少なくありません。さらに、以前当コラムで紹介した自分の意思を主張したがらない「ノンアサーティブ」な若者が増えていると感じるからです(※2)。

(一部抜粋、編集)



 自分の感情は押し殺して相手に合わせたり、決断を委ねたりする「ノンアサーティブ(相手だけスッキリ)」。自分の考えを伝えつつ、相手の意見も尊重して、互いの最適解を模索する「アサーティブ(自分も相手もスッキリ)」。

 「自分の意見を言って、相手が不快になるぐらいなら、私はノンアサーティブのままでいい」。別の学生からは、「面倒なので、ノンアサーティブな対応をすることが多い。それで不快になることもない。むしろ楽だ。それでもアサーティブな対応を心掛けなければならないのか」と疑問を呈されました。




 最近では「アサーティブな対応は、時間も労力も必要で大変。だったらノンアサーティブで充分。多くの人がそう考えるのではないか」という学生コメントもありました。教育サービスの受益者である学生のあいだは、周囲から様々な配慮を享受できるので、自己主張しない「ノンアサーティブ」でも困ることはあまりありません。それで快適な生活が送れるのであれば、ある意味、最もコストパフォーマンスの高い態度と言えます。

 しかし、社会人になればそうはいきません。周囲の人には、それぞれに仕事があります。「困ったことがあったら声をかけて」とは言ってくれても、「どう?大丈夫?」と相手からの気遣いを期待することはできません。自らの利益を最大化するために、感情的な言葉を一方的にぶつけてくる人もいます。ノンアサーティブな態度のままでは、ひたすら我慢し続けることになるでしょう。そして我慢の限界をこえたとき、突然会社に来なくなり、退職代行サービスから電話がかかってくる……なんてことになるのかもしれません。

 理解されそうにない自分のストレスを説明するのは面倒だ。相談して一緒に考えてもらうのは気が引ける。退職の意思を伝えて相手が不快になる様子は見たくない。退職することで生じるもろもろの煩わしさを考えると気が重い。誰とも関わらずに辞めてしまいたい…。そんな気持ちが、若者を退職代行サービスへと向かわせるのでしょう。

 人は楽な方へと流されるものですし、楽をしたいという気持ちに応えることで、商品やサービスが生み出されることも多々あります。ビジネスに関わる人間として、それを否定するつもりはありません。だからこそ、楽をすることでスポイルされる能力やスキルがあるという事実を、私たちは受け入れるべきではないでしょうか。失われるものに固執しすぎず、新たに得られる能力やスキルに目を向けたいものです。

 単なる電話代行の1メニューを、新しいサービスに成長させたのは、他でもない消費者自身です。成熟した消費社会のなかで育った若者は、商品やサービスを使いこなすこと、数ある選択肢のなかから最適なものを選び出すことに長けています。対話や交渉といった直接的なコミュニケーションは苦手でも、距離感をもって対応できるプレゼンテーションなどは得意です。

 どんな社会にあっても、人間は環境に適応しながら、何かを失い何かを得ていきます。それが進化なのか、退化なのかは分かりません。しかし、変化によって得たものに着目し、生かしていく視点が育成には求められるのではないでしょうか。

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キャリアコンサルタント 平野恵子
キャリアコンサルタント 平野恵子

国立大学の教育学部卒業後、会社勤務を経て、現在キャリアコンサルタント(CCE,Inc.認定GCDF-Japan)。大学生や社会人などの若年層を中心としたキャリア支援を専門に活動している。また、人材会社の研究員として、就職活動に関する動向や意識調査をもとに、雑誌や専門誌への執筆も行う。