第58回 SNSに晒されるというコミュニケーションリスク

 私がグループワークをおこなう授業や講座を担当するとき、必ず1つのお願い事を伝えています。「安心して失敗できる“トレーニングの場”にしたいので、ここで知り得た出来事や個人情報は、安易に口外しないでください。とくにSNSでの発言にはご注意ください」。このお願い事をつくったのは、ある学生のコメントがきっかけです。「グループワークで発言した内容を面白おかしくTwitterに書かれた。誰かは分からないけど、同じグループの誰かだと思う。とても傷ついたし、発言することが怖くなった」と書かれてありました。

 これが5年前(2014年)のことです。当時はTwitterが、LINEと並んで人気のSNSだったと記憶しています。しばらくして、Instagramも学生の間で広がっていきました。Twitterは文字(つぶやき)を基本としたメディアですが、Instagramは「インスタ映え」という言葉があるように、写真などの映像がメインです。何も書かずに写真1枚アップすれば、それで成立します。Twitterよりも手軽に楽しめるのが、魅力の1つといえるでしょう。

 学生を含めた若い世代は、とても器用にTwitterやInstagramを使いこなしているように感じます。複数アカウントで多くの人と交流したり、共通する趣味を通して海外の友人を得たりと、すごいな~と思うことが多々あります。しかし、本人たちからすれば、身近なメディアだからこそ直面するしんどさがあるようです。

 ある学生との雑談で、次のような発言を耳にしたことがあります。「今の時代、何かやらかすとネットに晒されるかもしれない」「自分に無関心でいてくれたほうが気が楽」。晒される、自分に無関心でいてほしい。これらの言葉から、彼らの人間関係に、SNSが大きな影響を与えていることを感じます。

 例えば、こんな話もありました。サークルの飲み会で“はじけている写真”を知らない間に撮られて、Instagramにアップされてしまった。アップした人に悪気はありません。サークル活動のワンシーンとして、盛り上がっているメンバーの様子をサークル内で共有したかっただけです。しかし、本人にとっては恥ずかしくてたまらない写真。それが人目に晒されてしまった…。結局、それがきっかけでサークルから足が遠のいていったそうです。

 アナログ時代であれば、恥ずかしい写真はこっそりアルバムから外し、処分してしまえば(あまり良いことではありませんが、苦笑)、大きく拡散することはありませんでした。そもそも常にカメラを持ち歩いている人など皆無です。共有される事柄が限定的だったからこそ、赤面するほど恥ずかしい出来事も、なんとか自分のなかで対処できたように思います。もし自分の黒歴史(なかったことにしたい過去の出来事)が、デジタルデータとして拡散し、残り続けるとしたら…。そう考えると、晒される不安や自分に無関心でいてほしいという気持ちが、少し理解できます。

 話しが少し横道にそれますが、デジタル時代ゆえの権利として「忘れられる権利」というものがあります。ネット上にある自分の個人情報、プライバシー侵害や誹謗中傷などを削除してもらう権利です。そこまで深刻な内容でなくても、本人が黒歴史と感じる情報も、一定の条件がそろえば削除することが可能です。「自己情報コントロール権」という考え方もあります。この情報はAさんには見せたいけど、Bさんには見せたくない。そんな風に、相手との距離感によって、個人情報を出したり、引いたりすることを認める権利です。SNSで「この情報は友達限定にしよう!」など、多くの人が自分の情報をコントロールしているはずです。

 あらゆるものがデジタルデータとなり、ネット上に残ってしまう時代だからこそ、「忘れられる権利」「自己情報コントロール権」といった概念が生じたのでしょう。新しいテクノロジーは、刺激的な楽しみを与えてくれる一方で、配慮すべきことも増やしています。

 (閑話休題)

 アナログ時代だろうと、デジタル時代だろうと、まだ未成熟な学生が、広い世界のリアルな人間関係を学ぶには、自分の想いをぶつけすぎたり、意地を張り合ったり、感情的になりすぎたり…など、他者とのコンフリクトを経験することが必要です。そこから自分の行動や感情をコントロールして、多様な他者との距離感を自分なりにつかんでいきます。

 ネット社会ゆえのリスクがあるのなら、データに残らない安全な場、安心して恥をかける場を、どこかで提供する必要があるでしょう。そこでなら、正面から他者と向き合い、意見を伝え合い、互いの感情を理解し合うトレーニングができます。コミュニティーのなかで、何をすれば拒絶され、逆に受け入れられるのか。そうした「人間関係のトレーニング」という概念も、今の時代を表しているのかもしれません。

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キャリアコンサルタント 平野恵子
キャリアコンサルタント 平野恵子

国立大学の教育学部卒業後、会社勤務を経て、現在キャリアコンサルタント(CCE,Inc.認定GCDF-Japan)。大学生や社会人などの若年層を中心としたキャリア支援を専門に活動している。また、人材会社の研究員として、就職活動に関する動向や意識調査をもとに、雑誌や専門誌への執筆も行う。