私がグループワークをおこなう授業や講座を担当するとき、必ず1つのお願い事を伝えています。「安心して失敗できる“トレーニングの場”にしたいので、ここで知り得た出来事や個人情報は、安易に口外しないでください。とくにSNSでの発言にはご注意ください」。このお願い事をつくったのは、ある学生のコメントがきっかけです。「グループワークで発言した内容を面白おかしくTwitterに書かれた。誰かは分からないけど、同じグループの誰かだと思う。とても傷ついたし、発言することが怖くなった」と書かれてありました。
これが5年前(2014年)のことです。当時はTwitterが、LINEと並んで人気のSNSだったと記憶しています。しばらくして、Instagramも学生の間で広がっていきました。Twitterは文字(つぶやき)を基本としたメディアですが、Instagramは「インスタ映え」という言葉があるように、写真などの映像がメインです。何も書かずに写真1枚アップすれば、それで成立します。Twitterよりも手軽に楽しめるのが、魅力の1つといえるでしょう。
学生を含めた若い世代は、とても器用にTwitterやInstagramを使いこなしているように感じます。複数アカウントで多くの人と交流したり、共通する趣味を通して海外の友人を得たりと、すごいな~と思うことが多々あります。しかし、本人たちからすれば、身近なメディアだからこそ直面するしんどさがあるようです。
ある学生との雑談で、次のような発言を耳にしたことがあります。「今の時代、何かやらかすとネットに晒されるかもしれない」「自分に無関心でいてくれたほうが気が楽」。晒される、自分に無関心でいてほしい。これらの言葉から、彼らの人間関係に、SNSが大きな影響を与えていることを感じます。
例えば、こんな話もありました。サークルの飲み会で“はじけている写真”を知らない間に撮られて、Instagramにアップされてしまった。アップした人に悪気はありません。サークル活動のワンシーンとして、盛り上がっているメンバーの様子をサークル内で共有したかっただけです。しかし、本人にとっては恥ずかしくてたまらない写真。それが人目に晒されてしまった…。結局、それがきっかけでサークルから足が遠のいていったそうです。
アナログ時代であれば、恥ずかしい写真はこっそりアルバムから外し、処分してしまえば(あまり良いことではありませんが、苦笑)、大きく拡散することはありませんでした。そもそも常にカメラを持ち歩いている人など皆無です。共有される事柄が限定的だったからこそ、赤面するほど恥ずかしい出来事も、なんとか自分のなかで対処できたように思います。もし自分の黒歴史(なかったことにしたい過去の出来事)が、デジタルデータとして拡散し、残り続けるとしたら…。そう考えると、晒される不安や自分に無関心でいてほしいという気持ちが、少し理解できます。
話しが少し横道にそれますが、デジタル時代ゆえの権利として「忘れられる権利」というものがあります。ネット上にある自分の個人情報、プライバシー侵害や誹謗中傷などを削除してもらう権利です。そこまで深刻な内容でなくても、本人が黒歴史と感じる情報も、一定の条件がそろえば削除することが可能です。「自己情報コントロール権」という考え方もあります。この情報はAさんには見せたいけど、Bさんには見せたくない。そんな風に、相手との距離感によって、個人情報を出したり、引いたりすることを認める権利です。SNSで「この情報は友達限定にしよう!」など、多くの人が自分の情報をコントロールしているはずです。
あらゆるものがデジタルデータとなり、ネット上に残ってしまう時代だからこそ、「忘れられる権利」「自己情報コントロール権」といった概念が生じたのでしょう。新しいテクノロジーは、刺激的な楽しみを与えてくれる一方で、配慮すべきことも増やしています。
(閑話休題)
アナログ時代だろうと、デジタル時代だろうと、まだ未成熟な学生が、広い世界のリアルな人間関係を学ぶには、自分の想いをぶつけすぎたり、意地を張り合ったり、感情的になりすぎたり…など、他者とのコンフリクトを経験することが必要です。そこから自分の行動や感情をコントロールして、多様な他者との距離感を自分なりにつかんでいきます。
ネット社会ゆえのリスクがあるのなら、データに残らない安全な場、安心して恥をかける場を、どこかで提供する必要があるでしょう。そこでなら、正面から他者と向き合い、意見を伝え合い、互いの感情を理解し合うトレーニングができます。コミュニティーのなかで、何をすれば拒絶され、逆に受け入れられるのか。そうした「人間関係のトレーニング」という概念も、今の時代を表しているのかもしれません。
- 掲載日:2019/10/17
第58回 SNSに晒されるというコミュニケーションリスク
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- 第24回 困難を選択する困難さ
- 第23回 単語化するコミュニケーション
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- 第20回 結果とプロセス、どちらを重視?
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- 第6回 今どき学生の企業選び
- 第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
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- 第1回 「当たり前」のギャップ~大学生の消費者意識~
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キャリアコンサルタント 平野恵子
大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を
基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。
国家資格 キャリアコンサルタント