第57回 「がんばる」ことが分からない

 「がんばろう!」「もう少しがんばって」。小学生の頃から周囲の大人や教師に何度も言われてきた言葉です。がんばることは必然、という文脈で使われることが多かったので、それ自体にあまり疑問を持たず、受け入れていました。そして、四半世紀以上社会人をやってきた今、改めて「“がんばる”ことって大切だな~」と感じています。そんな私にとって、ある学生のコメントは衝撃的でした。

 「がんばったことがないので、“がんばる”ということがよく分からない」。意味を理解するのに、少し時間がかかりました。言葉そのままの意味なのですが、「がんばったことがない」というフレーズが、すぐには飲み込めなかったのです。

 がんばる意味が見出せない、というのなら分かります。がんばってみたけど満足できるリターンが得られず、懐疑的になっている状態でしょう。高校より自由度の高い大学では、陥りがちな思考と言えます。授業内容も試験も難しい授業だって2単位、出席すればほぼOKな授業だって2単位。得られるリターンはどちらも同じ。それなら、より楽に単位をとって学位を取得した方が賢いのでは…。そんな考えが一度は頭をよぎるものです。大学生活は、がんばることの意味を自分なりに再構築する時期と言えます。

 ちょっと本題から外れますが、楽単(楽に単位を取れる授業のこと)に対する私の考えを少しだけ。学士取得が目的であれば、できるだけ楽単を履修した方が賢いでしょう。最小の労力で最大の成果を得ることは、社会人として評価されるスキルなので、その思考自体を否定はしません。しかし、要領の良さだけで、40年以上の社会人生活を乗り切れる時代ではなくなりました。社会の変化にあわせて、学び直しをするなど、自分自身が変わっていく必要があります。新しい学びを能動的に得ることが目的であれば、大学でがんばることの意義は昔よりも大きくなっているはずです。

 がんばらなくてもどうにかなる大学生活で、意義を見出すのは簡単ではありません。目に見えるリターンが保証されているわけではないし、将来役に立つ確証もないのです。そんなとき動機になり得るのが、これまで経験したがんばったことです。「なんとなく過ごしている大学生活より、部活との両立で大変だった高校の方が充実していた」「がんばろうと思えることを見つけたい」。楽だけど無為な今とくらべて、大変だったけど達成感や充足感があった過去の経験が、大学でがんばる彼らを支えています。

 経験していることを前提に意義を語っていた私にとって、冒頭の「がんばったことがない」という発言は少なからずショックでした。自覚的にがんばったことがないだけで、本人の解釈の問題なのかもしれません。しかし、10数年前にも似たような感情を抱いたことを思い出しました。ある学生の発言に、やはり同様のショックを受けたのです。

 「失敗したことがないので、質問に答えられない」。就職活動では、エントリーシートや面接で、失敗やその克服経験をよく問われます。この学生は自分の過去を振り返っても、失敗経験が見つからずに困っていました。そうは言っても何かしらあるだろうと、角度を変えて色々と話を引き出してみたのですが、ごく小さな失敗(忘れ物をした…等)しか出てこず、選考で話せるような内容は見つけられませんでした。

 この時は稀なケースかと思ったのですが、似たような相談は年々増えていき、今では珍しいとは感じません。低学年(大学1~2年生)に「今の自分の実力が100だとしたら110~120ぐらいのこと、ジャンプをすれば手が届きそうなことにチャレンジしてみて!」と伝えているのは、就職活動までに失敗経験をしてもらうためです。すでに私のなかでは定番化したアドバイスと言えます。

 数年後には「“がんばる”ことが分からない」という学生も増えていくのかもしれません。そんな予感がします。「喜んでくれる人がいるからがんばろう!」。そんな素朴な動機が効力を発揮するうちに、がんばる経験をしてくれればよいのですが、やることに理由を求める年齢になってから、リターンが不確実なことの必要性を実感してもらうのは至難の業です。がんばったという自覚がない学生に、その意義を心から理解してもらう自信が、私にはまだありません。きっと新しい支援やアプローチが必要になるのでしょう。これから生じる課題に向けて、今から少しずつ考えていきたいと思います。

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キャリアコンサルタント 平野恵子
キャリアコンサルタント 平野恵子

国立大学の教育学部卒業後、会社勤務を経て、現在キャリアコンサルタント(CCE,Inc.認定GCDF-Japan)。大学生や社会人などの若年層を中心としたキャリア支援を専門に活動している。また、人材会社の研究員として、就職活動に関する動向や意識調査をもとに、雑誌や専門誌への執筆も行う。