6月中旬に入り、20年卒採用はそろそろ終盤戦に入ってきました。同時に、21年卒向けの夏インターンシップが動きはじめています。一括採用が主流の今ですら、担当者にとっては、ほぼ通年採用状態といえそうです。学生(21年卒生)の動きも活発になってきました。先輩情報を参考に、インターンシップの背後にある意図を探りつつ(苦笑)、参加する学生が多くなりそうです。
学生が望むのは、費やした労力に対してリターンが大きいお得なインターンシップです。求めるリターンは、成長実感であったり、社風確認であったり、採用への優遇措置だったりと個々により異なるので、一概にコレ!とはいえません。ただ、できるだけ効率のよい就活をしたい、という気持ちは共通しています。
実利あるインターンシップを希望する気持ちはよく分かるのですが、多くの学生にとって実社会とのファーストコンタクトになる夏インターンシップでは、レイバーではない「働く」体験をしてほしい。欲をいえば、仕事の“楽しさ”を味わってほしいと切に願っています。
「働く」という言葉には「レイバー(Labor)」「ワーク(Work)」「プレイ(Play)」の3種類があるという考え方があります(※)。レイバーは、自分の意思や自由が認められずに、命令された労働を強いられる働き方です。ワークは、自身の役割の範囲で裁量をもって、組織の目的達成を目指す働き方といえます。最後のプレイは、自らの興味関心を追求しつつ、個人の名前で仕事ができるフリーランスのような働き方…といったイメージでしょうか。
よく学生に「企業で『働く』ってどんなイメージ?」と聞くのですが、「過酷な労働を強いられそう」「生きるためにはしかたがない」「メンタルが持つか不安…」といった意見が少なくありません。彼らにとっては、労働≒苦役というわけです。3つの分類でいえば、間違いなくレイバーでしょう。この就労観の背景には、彼らのアルバイト経験が暗い影を落としていると感じています。
最近は、大学でワークルールを教える講座が増えています。学生アルバイトにも適用される労働法について教えると、いつもとは比較にならないほど多くのコメントが寄せられます。曰く、8時間勤務のときも休憩がない。店長に言ったら「ウチはそういうルールだから」といって取り合ってくれなかった。大学生は暇なんだから深夜シフトが基本!と言われ、ほぼ強制的に深夜のシフトに入れられてしまう…等々。
一番多いのは、辞めたいのに辞めさせてもらえないというケースです。ある学生は店長に「辞めたい」と申し出たところ逆ギレされ、「コッチのことも考えろよ!」「そんな無責任なこと認められるはずないだろ!」と怒鳴られたそうです。「もう怖くて言い出せない…。辞めるにはどうすればいいか」と相談に来ました。
ちなみに、この学生は「明日辞めます」と言ったわけではありません。1ヶ月近くも前に伝えているので、労働基準法で定められている2週間前はクリアしています。にもかかわらず、店長はハラスメントともとれる言動で学生アルバイトを引き留めたのです。それだけ店長も切迫した状況だったのかも…とは思いますが、他の解決方法を模索すべきでした。
こんな経験をすれば、「働く」ことにポジティブなイメージを持てるわけがありません。しかも、ブラックバイト経験はSNSで拡散されがちです。アルバイト経験の有無にかかわらず、労働に対するマイナスの印象は拡散するばかりです。
上司(店長)に言いたいことがあっても、目をつけられるのはイヤだから黙っていよう。指示されたことだけを、言われたとおりにやるのが一番安全。余分なことはやらない方が無難。結果的に、レイバーとしての処世術ばかり身につけることになります。
さらに、最近の暗いニュースが追い打ちをかけます。OBOG訪問した女子学生へのセクハラ行為、育休明けの転勤命令をきっかけとした退職におけるトラブル、セクハラ調査をした女性法務責任者の解雇…。気が滅入るようなニュースばかりです。#Metoo問題をみても、立場の強い者が弱い者に何かを強いるという構図は、あらゆるコミュニティーに存在します。その事実を目の当たりにすれば、弱者である学生が「働く」ことへの不安を感じるのは当然といえます。
インターンシップでレイバーではない「働く」経験ができれば、少しは彼らの就労観を変えられるのではないでしょうか。いきなり学生がプレイヤーとして仕事をするのはムリなので、まずはワーク体験です。与えられた課題をクリアするために、裁量の範囲で組織内を自由に動き回り、役職が上の人とも忌憚のない対話をする。そんなワーク体験ができれば、楽しさを実感してもらえるように思います。
学生が初めて経験する「働く」という行為が、レイバーであることの損失は計り知れないと考えています。せめてインターンシップでは、達成感や充足感を味わって欲しいものです。そして、先輩社会人の方々には、彼らの良きメンターになってもらえれば、これほど嬉しいことはありません。
- 掲載日:2019/06/18
第56回 レイバーでない「働く」体験をインターンシップで!
バックナンバー
- 第82回 「企業の思惑」に適応した「就活生の変化」
- 第81回 学生を社会人へと育成する専門職の必要性
- 第80回 “ガクチカ”と“ブラックインターン”の関係
- 第79回 就職活動が学生を成長させる理由
- 第78回 育成プロセスの見直しが必要だと考える理由
- 第77回 学生が求める“心地よい働き方”とは
- 第76回 指示的に「主体性」を育成するジレンマ
- 第75回 就職活動の受験化について考える
- 第74回 マスクを外すタイミングを考える
- 第73回 新入社員の大切な仕事
- 第72回 学生が望むキャリアの多様性
- 第71回 今どきの就活アドバイスが学生に与える影響
- 第70回 “人それぞれ”な就職活動
- 第69回 オンライン授業の出席率が高い理由
- 第68回「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」に学業「ガクチカ」も加えませんか
- 第67回 新卒採用の今昔~変わらないものを考える~
- 第66回 「わきまえた行動」を求めてしまう私たち
- 第65回 大学生活のオンライン化について思うこと
- 第64回 就活支援サービスの功罪
- 第63回 新しいコミュニケーションに適応していく若者
- 第62回 対面で映える学生、WEBで光る学生
- 第61回 新入社員の矛盾した2つの想い
- 第60回 面接で「第1志望です」と答える理由
- 第59回 「退職代行サービス」を利用する心理
- 第58回 SNSに晒されるというコミュニケーションリスク
- 第57回 「がんばる」ことが分からない
- 第56回 レイバーでない「働く」体験をインターンシップで!
- 第55回 子どもの気遣い・大人の気遣い
- 第54回 大学入学からはじめる家庭内キャリア教育
- 第53回 「知人」という弱い紐帯の重要性
- 第52回 将来の見通しの立て方
- 第51回 主体的に「自己表現しない」という選択
- 第50回 学生から社会人への移行が難しくなった理由
- 第49回 受け身の合理性
- 第48回 売り手市場における就活生の不安や悩み
- 第47回 学業で自己PRする難しさと質問内容
- 第46回 自分らしい社会人でいるために必要なこと
- 第45回 「自己分析」が好きになれない理由
- 第44回 無反応でも話しつづけられる学生
- 第43回 “コミュ力”と“トーク力”ばかりが重視される理由
- 第42回 「承認」することの効果
- 第41回 学生と一緒に「分かる」を「できる」に
- 第40回 努力は報われると考える理由
- 第39回 まだ見せていないポテンシャル
- 第38回 彼がマスクをする理由
- 第37回 クセと個性の違い
- 第36回 「好き」というエネルギー活用
- 第35回 今どき学生の出会い事情
- 第34回 様変わりしている就職活動/1990年 vs 2015年
- 第33回 売り手市場が学生に与えるマイナスの影響
- 第32回 日本の学生、アメリカの学生
- 第31回 「ジャンケン」と「多数決」の話し合い
- 第30回 学生の誤字に関するあれこれ
- 第29回 学生の「自己責任」論にみる実社会イメージ
- 第28回 成熟した”素直さ”
- 第27回 「分かり合えない」のが普通
- 第26回 就活における負のスパイラル
- 第25回 悩めない学生
- 第24回 困難を選択する困難さ
- 第23回 単語化するコミュニケーション
- 第22回 高大接続から考える学生気質
- 第21回 歴史が繰りかえす「大学生」という若者論争
- 第20回 結果とプロセス、どちらを重視?
- 第19回 「教えすぎる」「待てなさすぎる」という弊害
- 第18回 直木賞作品『何者』に見る学生コミュニケーション
- 第17回 リクルートスーツが「黒」で統一されている理由
- 第16回 “資格”にまつわる誤解
- 第15回 若者言葉にみる共感コミュニケーション
- 第14回 「3年で3割」という離職率をどう考える
- 第13回 学生から社会人への乗り越えかた
- 第12回 エントリーシートに見る今どきの学生事情
- 第11回 コミュニケーション能力を評価する難しさ
- 第10回 内定者の期待値調整
- 第9回 「大学生」という言葉のズレ
- 第8回 新米就活生の不安
- 第7回 学生から社会人への育て方
- 第6回 今どき学生の企業選び
- 第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
- 第4回 インターンシップのひずみ
- 第3回 不確実さを避ける学生
- 第2回 面接で泣く男子学生をどう思いますか?
- 第1回 「当たり前」のギャップ~大学生の消費者意識~
バックナンバーを全て表示

キャリアコンサルタント 平野恵子
大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を
基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。
国家資格 キャリアコンサルタント