気遣いには、子どもの気遣いと大人の気遣いがあるように思います。そして、この2つの違いが、配属されたばかりの新入社員と先輩社員(もしくは上司)のあいだに軋轢や誤解を生じさせがちです。
一般的には、大人は面倒を見る側で、子どもが面倒を見てもらう側という関係になります。面倒を見てもらわなければならない立場だからこそ、子どもは「できるだけ迷惑をかけないように…」という気持ちになりがちです。相手の都合が良くなるタイミングまで(相手から声をかけてもらえるまで)我慢してじっと待ち、可能な限り相手の負担を軽減しようとします。これが子どもの気遣いです。また、自分から「見える相手」だけを対象とするのも特徴です。その場をコントロールしている人を見定め、様子や発言を観察して、できるだけ機嫌を損ねない言動を心掛けようとします。庇護がなければ、生きていくことが困難な“弱きもの”だからこその戦略と言えるでしょう。
この子どもの気遣いを職場に持ち込まれると、様々なコンフリクト(衝突)が生じます。職場のコミュニケーションは、お互いが大人同士であることが基本です。与えられた仕事を完遂するために、自分から相手にアプローチすることは当たり前で、手が空くのをずっと待っていたら、仕事になりません。職場のコミュニケーションは、自分からアプローチすることを前提に、その時の負担を少なくすることや配慮を示すことを重視します。それが大人の気遣いです。
例えば、結論から先に伝える、事実と意見は分けて報告する、いきなり話しかけずにクッション言葉(忙しいところスミマセン、など)を挟むなどは、大人の気遣いの一例でしょう。新入社員研修でよく教える内容ですが、彼ら自身が子どもの気遣いから抜け出していないと、せっかく得たスキルもなかなか活かすことができません。
子どもは自分の居心地の良さを重視するので、気遣いの対象が「見える相手」、なかでも自分と直接関係を持つ相手に限定されがちです。上司や仕事を教えてくれる先輩など、半径3メートル以内にいる人間というイメージでしょうか。社内のエレベーターであっても、気遣いの対象がいなければ、あまり配慮を示すことはありません。新入社員が開閉ボタンの操作をする素振りも見せずに、スマートフォンをいじりながら、エレベーターの一番奥に悠然と乗り込む様子を見て、苦笑したことが何度かあります。
一方、大人の気遣いは「見える相手」ばかりではありません。コミュニティー全体の居心地の良さを考える余裕があるので、自然と対象が広くなります。直接面識がなくても、仕事の前工程や後工程にかかわる人たち、施設を共有する他社の方々、ビルメンテナンス関係の方にも、自然な立ち振る舞いで配慮を示します。大人の気遣いができる人の周りには、おのずと人や情報が集まるでしょう。
子どもと大人という表現は比喩にすぎません。年齢を重ねた人でも、子どもの気遣いしかできない人はいますし、若くても大人の気遣いができる人はいます。一概に年齢で判断できるものではないでしょう。とはいえ、職場に配属されたばかりの新入社員は、周囲の助けをより一層必要とする立場のため、子どもの気遣いを優先しがちです。
仕事を依頼して、相談に来ることもないため、順調なんだろうと思っていたら、全く仕事が進んでいなかった。こんな場面に出くわしたら、「なぜ相談に来なかったのか」と詰問する前に、理由を聞いてみてください。気遣いの方向が間違っていたとしても、あなたへの配慮があったのであれば、それ自体は認めてあげてください。その上で、大人の気遣いを説明し、職場で求められる行動を示せば、次からは安心して相談に来るはずです。
新入社員は、思いもよらない言動をとることがあります。彼らなりの理屈や理由はありますが、子どもっぽいものが大半です。とはいえ、頭ごなしに否定するのではなく、意図を聞き、その上で好ましくない理由を説明していく必要があるでしょう。この時期、電話対応や商品知識を覚えることも大切ですが、まずは社会人としての有り様を伝え、スタートラインに立たせることが必要ではないでしょうか。
- 掲載日:2019/04/16
第55回 子どもの気遣い・大人の気遣い
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- 第82回 「企業の思惑」に適応した「就活生の変化」
- 第81回 学生を社会人へと育成する専門職の必要性
- 第80回 “ガクチカ”と“ブラックインターン”の関係
- 第79回 就職活動が学生を成長させる理由
- 第78回 育成プロセスの見直しが必要だと考える理由
- 第77回 学生が求める“心地よい働き方”とは
- 第76回 指示的に「主体性」を育成するジレンマ
- 第75回 就職活動の受験化について考える
- 第74回 マスクを外すタイミングを考える
- 第73回 新入社員の大切な仕事
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- 第71回 今どきの就活アドバイスが学生に与える影響
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- 第62回 対面で映える学生、WEBで光る学生
- 第61回 新入社員の矛盾した2つの想い
- 第60回 面接で「第1志望です」と答える理由
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- 第43回 “コミュ力”と“トーク力”ばかりが重視される理由
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- 第29回 学生の「自己責任」論にみる実社会イメージ
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- 第18回 直木賞作品『何者』に見る学生コミュニケーション
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- 第16回 “資格”にまつわる誤解
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- 第13回 学生から社会人への乗り越えかた
- 第12回 エントリーシートに見る今どきの学生事情
- 第11回 コミュニケーション能力を評価する難しさ
- 第10回 内定者の期待値調整
- 第9回 「大学生」という言葉のズレ
- 第8回 新米就活生の不安
- 第7回 学生から社会人への育て方
- 第6回 今どき学生の企業選び
- 第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
- 第4回 インターンシップのひずみ
- 第3回 不確実さを避ける学生
- 第2回 面接で泣く男子学生をどう思いますか?
- 第1回 「当たり前」のギャップ~大学生の消費者意識~
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キャリアコンサルタント 平野恵子
大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を
基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。
国家資格 キャリアコンサルタント