そろそろ大学の合格発表シーズンになってきました。推薦やAO入試などで、一足早く進学先が決まっている高校生も多いでしょう。読者の中には保護者として、入学手続きや新生活に向けた準備に忙しい方もいらっしゃるかもしれません。
大学生のキャリア支援、就職支援にかかわっていると、家庭内におけるキャリア教育の大切さを実感します。就職活動に必要な情報は、大学で提供することができます。社会人基礎力などのスキル育成も可能でしょう。しかし、自律した市民生活をおくりながら、健全な心身を維持し、日々仕事に取りくむといった日常に根ざしたトレーニングは、家庭でなければできないことが多いのです。
最近は、大学1年次から社会的課題をテーマにした「PBL型授業(課題解決型学習)」が増えています。このとき、「子ども」という立場でしか社会と接触したことがなければ、課題を課題だと認識することすらできません。少しずつ、自律した市民として必要な情報や感覚を身につける必要があります。
そんなことを、もうすぐ大学生の親となる私の同級生にペラペラとしゃべっていたら「簡単にできれば苦労はしない。具体的にどうすればいいかをアドバイスをしろ」と言われてしまいました(笑)。
以下の5つのアドバイスは、その同級生に伝えた内容です。大学入学年齢の社会的成熟度は個人差が大きいですし、各家庭における子どもへの接し方も異なります。家庭内キャリア教育の1つの事例として、参考程度にお読みください。また、低学年インターンシップが注目されつつあります。大学1年生(主に18才)という若者の日常を知る一助になれば幸いです。
1、本人名義の銀行口座とクレジットカードをつくる
大学1年生にクレジットカードの有無を尋ねると、意外なほど多くの学生が「持っていない」と答えます。カードがなければ、モノを買うにしても、申込み手続きをするにしても、親の管理下で行なうことが多くなります。自分で考え行動する自由を得るためには、本人名義の銀行口座とクレジットカードが必要でしょう。銀行手続きやカード選択も、できるだけ本人に任せることが大切です。
2、個人専用のパソコンを与える
様々なことを調べて判断するには、ネット情報が欠かせません。家族と共有ではなく、自分専用のパソコンで自由に知りたいことを調べられる環境があるとよいでしょう。スマートフォンでもネット情報のチェックは可能ですが、操作に慣れるという意味でパソコンをお勧めします。キーボード操作が苦手という新入社員は意外と多いのです。
3、スマートフォンの機能制限を外す
高校生までは、課金制限などフィルタリング機能を使っているケースが多いでしょう。機能制限を外すのは、親からすれば不安かもしれません。しかし、いつまでも子供向けスマホにしておくわけにもいきません。大学入学というタイミングは良い機会になるはずです。また、携帯料金も個別に清算するなど、経済的な自律をうながすルールづくりも必要でしょう。
4、家事を担う
性別に関係なく、1人で生活するのに必要なスキルを身につけることは重要です。下宿生なら必然的に家事をこなしますが、自宅生の場合、家庭内のルールが必要になります。些細なことに感じるかもしれませんが、快適な生活を支えるために必要な労働を担うことは、大人への自覚を促します。小さな「できる」の積み重ねは、自己効力感(※1)にもつながります。
「家事を担う」といっても、自分の手足をつかう以外の方法も認めたいものです。食事当番のとき、アルバイトで稼いだお金で家族全員分のお弁当を買うのも、1つの解決方法です。持っているリソース(資源)を活用して対処できたのなら、評価すべきでしょう。
5、相談ごとには直接関与せず、解決方法を伝える
大学入学時は分からないことが多いので、相談ごとが増えがちです。このとき、直接関与することは避けて、解決方法を伝えるとよいでしょう。授業の履修方法(必修科目や選択科目など)が複雑で、親に相談したら、ほとんどやってくれたという学生が少なからずいます。親の方が経験値が高いので、やってあげた方が早いし、最善な選択ができます。しかしそれでは、本人の経験値は低いままです。回り道になったとしても、自分で調べて解決するトレーニング機会を奪わないことが大切です。
新入社員と接していると、「やってもらって当然」レベルが高いと感じることが多々あります。それだけ恵まれた環境で生活してきたのでしょう。このままの感覚で仕事現場に入れば、本人は無自覚のまま、受け身姿勢を指摘されることになります。親の関与を最小限にとどめて、自ら意思決定するトレーニングの必要性は高まっています。
大学入学というタイミングは、親子というスタンスから卒業するよい機会です。大人同士という関わり方を少しずつ意識することで、家庭内キャリア教育の実践につながるでしょう。
- 掲載日:2019/02/15
第54回 大学入学からはじめる家庭内キャリア教育
バックナンバー
- 第82回 「企業の思惑」に適応した「就活生の変化」
- 第81回 学生を社会人へと育成する専門職の必要性
- 第80回 “ガクチカ”と“ブラックインターン”の関係
- 第79回 就職活動が学生を成長させる理由
- 第78回 育成プロセスの見直しが必要だと考える理由
- 第77回 学生が求める“心地よい働き方”とは
- 第76回 指示的に「主体性」を育成するジレンマ
- 第75回 就職活動の受験化について考える
- 第74回 マスクを外すタイミングを考える
- 第73回 新入社員の大切な仕事
- 第72回 学生が望むキャリアの多様性
- 第71回 今どきの就活アドバイスが学生に与える影響
- 第70回 “人それぞれ”な就職活動
- 第69回 オンライン授業の出席率が高い理由
- 第68回「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」に学業「ガクチカ」も加えませんか
- 第67回 新卒採用の今昔~変わらないものを考える~
- 第66回 「わきまえた行動」を求めてしまう私たち
- 第65回 大学生活のオンライン化について思うこと
- 第64回 就活支援サービスの功罪
- 第63回 新しいコミュニケーションに適応していく若者
- 第62回 対面で映える学生、WEBで光る学生
- 第61回 新入社員の矛盾した2つの想い
- 第60回 面接で「第1志望です」と答える理由
- 第59回 「退職代行サービス」を利用する心理
- 第58回 SNSに晒されるというコミュニケーションリスク
- 第57回 「がんばる」ことが分からない
- 第56回 レイバーでない「働く」体験をインターンシップで!
- 第55回 子どもの気遣い・大人の気遣い
- 第54回 大学入学からはじめる家庭内キャリア教育
- 第53回 「知人」という弱い紐帯の重要性
- 第52回 将来の見通しの立て方
- 第51回 主体的に「自己表現しない」という選択
- 第50回 学生から社会人への移行が難しくなった理由
- 第49回 受け身の合理性
- 第48回 売り手市場における就活生の不安や悩み
- 第47回 学業で自己PRする難しさと質問内容
- 第46回 自分らしい社会人でいるために必要なこと
- 第45回 「自己分析」が好きになれない理由
- 第44回 無反応でも話しつづけられる学生
- 第43回 “コミュ力”と“トーク力”ばかりが重視される理由
- 第42回 「承認」することの効果
- 第41回 学生と一緒に「分かる」を「できる」に
- 第40回 努力は報われると考える理由
- 第39回 まだ見せていないポテンシャル
- 第38回 彼がマスクをする理由
- 第37回 クセと個性の違い
- 第36回 「好き」というエネルギー活用
- 第35回 今どき学生の出会い事情
- 第34回 様変わりしている就職活動/1990年 vs 2015年
- 第33回 売り手市場が学生に与えるマイナスの影響
- 第32回 日本の学生、アメリカの学生
- 第31回 「ジャンケン」と「多数決」の話し合い
- 第30回 学生の誤字に関するあれこれ
- 第29回 学生の「自己責任」論にみる実社会イメージ
- 第28回 成熟した”素直さ”
- 第27回 「分かり合えない」のが普通
- 第26回 就活における負のスパイラル
- 第25回 悩めない学生
- 第24回 困難を選択する困難さ
- 第23回 単語化するコミュニケーション
- 第22回 高大接続から考える学生気質
- 第21回 歴史が繰りかえす「大学生」という若者論争
- 第20回 結果とプロセス、どちらを重視?
- 第19回 「教えすぎる」「待てなさすぎる」という弊害
- 第18回 直木賞作品『何者』に見る学生コミュニケーション
- 第17回 リクルートスーツが「黒」で統一されている理由
- 第16回 “資格”にまつわる誤解
- 第15回 若者言葉にみる共感コミュニケーション
- 第14回 「3年で3割」という離職率をどう考える
- 第13回 学生から社会人への乗り越えかた
- 第12回 エントリーシートに見る今どきの学生事情
- 第11回 コミュニケーション能力を評価する難しさ
- 第10回 内定者の期待値調整
- 第9回 「大学生」という言葉のズレ
- 第8回 新米就活生の不安
- 第7回 学生から社会人への育て方
- 第6回 今どき学生の企業選び
- 第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
- 第4回 インターンシップのひずみ
- 第3回 不確実さを避ける学生
- 第2回 面接で泣く男子学生をどう思いますか?
- 第1回 「当たり前」のギャップ~大学生の消費者意識~
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キャリアコンサルタント 平野恵子
大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を
基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。
国家資格 キャリアコンサルタント