学生と雑談したり、コメントを読んだりすると、彼らのリアルな感覚が透けて見え、ちょっと驚くことがあります。先日もこんなコメントがありました。
「今まで自分は、助ける義務のある人(学校なら教師、アルバイト先なら上司など)にしか頼ったことがなかった。助ける義務のない周囲の人に頼る必要性を感じた。」初対面の4~5人でチームとなり、レポート制作するワーク時に、ある学生が書いたコメントです。
レポート制作中は、講師の私が「チームに介入することはない」と予め伝えてありました。何かあれば、自分たちで対処するしかない。そんな状況のなか、メンバーに頼らなければならない事柄が生じたのでしょう。その学生はこの経験から、いつも自分の周りには、自分を助ける役割の大人がいてくれた事実に気づき、同時に、メンバーに協力依頼することができなかった自分にも自覚的になれたのです。
彼らの人間関係は大きく2つに分かれていて、「友人」と「他人」で構成されています。レポート制作で初めて顔を合わせたメンバーは、まだ「友人」ではありません。かといって、チームを組んでいる以上「他人」でもありません。いわば「知人」同士の集まりです。慣れない「知人」という距離感に戸惑い、どんな風に声をかけたらよいか分からず、逡巡したあげくに、結局沈黙してしまったのでしょう。
一緒のチームになったメンバーと、廊下ですれ違うときに、どんな風に声がけすればよいのか…という相談を受けたこともあります。それほど「知人」という距離感は、学生にとってハードルの高い人間関係なのです。
「弱い紐帯の強み」という言葉があります。米国の社会学者マーク・グラノヴェッター氏による社会的ネットワークに関する仮説です。価値の高い新しい情報は、自分の家族や親友といった社会的つながりが強い人々(強い紐帯)よりも、ちょっとした知り合いなど社会的つながりが弱い人々(弱い紐帯)からもたらされる可能性が高いことを表しています。
「知人」という関係は弱い紐帯でしょう。「知人」コミュニケーションスキルは、価値ある情報を得るのに有効です。そして、仕事で成果を出すためにも必要です。仕事は自分1人では完結しません。職場という「知人」同士の集まりの中で、円滑な人間関係を築くことが求められます。
先日、経団連から「今後の採用と大学教育に関する提案」(※1)が発表されました。Society 5.0という新しい時代にふさわしい人材育成を目指して、大学教育への提案をまとめたものです。そこには、「専門知識の修得」「ジョブ型雇用」「ミスマッチを減らす」といった言葉が書かれてあります。
「専門知識を得ただけでは、上手く機能しないかも…」私自身はそう感じています。高い専門性を持つ新人が入ってきても、周囲の人たちと協働できなければ、仕事で成果は出せません。自分の専門性を活かすには、まず「知人」コミュニケーションスキルが必要です。しかし、冒頭のコメントにあるように、大学生活でこのスキルを獲得するのは、意外と難しいのです。
学生は、自分の能力が発揮できる環境を整えるのは、会社(上司)の役目だと考えがちです。支援者が近くにいて、自分の知識・スキルを高め、発揮することに協力的な環境が、これまでの彼らの当たり前です。でも、職場では違います。自分を生かす関係づくりは、自分のアプローチからスタートします。
専門的な知識やスキルの獲得は、これからの社会に必要なのかもしれませんが、同時に、それらを発揮するために必要な人間関係の重要性を認識する必要があります。便利で楽ができてしまう社会で生活していると「知人」の大切さに気づきにくいものです。それは学生だけでなく、私たちも同じでしょう。
以前と比べて、職場での会話が少なくなっています。内線で必要事項を伝え、メールで報連相することに、知らぬ間に慣れてしまいました。新人が周囲と良い関係を築きやすくなるような、職場の温かみのようなものが少なくなっているように感じます。背景には様々な要因があると思いますが、私たち自身の「知人」コミニュケーションスキルの低下も影響しているのではないでしょうか。
スペックの高い新人ほど、早期退職が目立つといった話も耳にします。専門性に自信がある人間ほど、自分を活かしきれない組織にストレスを溜めがちです。多様な能力を発揮するには、円滑な「知人」関係が必要です。その必要性を認識してもらい、育みやすい職場環境を整える。そんな対応も大切なのではないでしょうか。
- 掲載日:2018/12/12
第53回 「知人」という弱い紐帯の重要性
バックナンバー
- 第82回 「企業の思惑」に適応した「就活生の変化」
- 第81回 学生を社会人へと育成する専門職の必要性
- 第80回 “ガクチカ”と“ブラックインターン”の関係
- 第79回 就職活動が学生を成長させる理由
- 第78回 育成プロセスの見直しが必要だと考える理由
- 第77回 学生が求める“心地よい働き方”とは
- 第76回 指示的に「主体性」を育成するジレンマ
- 第75回 就職活動の受験化について考える
- 第74回 マスクを外すタイミングを考える
- 第73回 新入社員の大切な仕事
- 第72回 学生が望むキャリアの多様性
- 第71回 今どきの就活アドバイスが学生に与える影響
- 第70回 “人それぞれ”な就職活動
- 第69回 オンライン授業の出席率が高い理由
- 第68回「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」に学業「ガクチカ」も加えませんか
- 第67回 新卒採用の今昔~変わらないものを考える~
- 第66回 「わきまえた行動」を求めてしまう私たち
- 第65回 大学生活のオンライン化について思うこと
- 第64回 就活支援サービスの功罪
- 第63回 新しいコミュニケーションに適応していく若者
- 第62回 対面で映える学生、WEBで光る学生
- 第61回 新入社員の矛盾した2つの想い
- 第60回 面接で「第1志望です」と答える理由
- 第59回 「退職代行サービス」を利用する心理
- 第58回 SNSに晒されるというコミュニケーションリスク
- 第57回 「がんばる」ことが分からない
- 第56回 レイバーでない「働く」体験をインターンシップで!
- 第55回 子どもの気遣い・大人の気遣い
- 第54回 大学入学からはじめる家庭内キャリア教育
- 第53回 「知人」という弱い紐帯の重要性
- 第52回 将来の見通しの立て方
- 第51回 主体的に「自己表現しない」という選択
- 第50回 学生から社会人への移行が難しくなった理由
- 第49回 受け身の合理性
- 第48回 売り手市場における就活生の不安や悩み
- 第47回 学業で自己PRする難しさと質問内容
- 第46回 自分らしい社会人でいるために必要なこと
- 第45回 「自己分析」が好きになれない理由
- 第44回 無反応でも話しつづけられる学生
- 第43回 “コミュ力”と“トーク力”ばかりが重視される理由
- 第42回 「承認」することの効果
- 第41回 学生と一緒に「分かる」を「できる」に
- 第40回 努力は報われると考える理由
- 第39回 まだ見せていないポテンシャル
- 第38回 彼がマスクをする理由
- 第37回 クセと個性の違い
- 第36回 「好き」というエネルギー活用
- 第35回 今どき学生の出会い事情
- 第34回 様変わりしている就職活動/1990年 vs 2015年
- 第33回 売り手市場が学生に与えるマイナスの影響
- 第32回 日本の学生、アメリカの学生
- 第31回 「ジャンケン」と「多数決」の話し合い
- 第30回 学生の誤字に関するあれこれ
- 第29回 学生の「自己責任」論にみる実社会イメージ
- 第28回 成熟した”素直さ”
- 第27回 「分かり合えない」のが普通
- 第26回 就活における負のスパイラル
- 第25回 悩めない学生
- 第24回 困難を選択する困難さ
- 第23回 単語化するコミュニケーション
- 第22回 高大接続から考える学生気質
- 第21回 歴史が繰りかえす「大学生」という若者論争
- 第20回 結果とプロセス、どちらを重視?
- 第19回 「教えすぎる」「待てなさすぎる」という弊害
- 第18回 直木賞作品『何者』に見る学生コミュニケーション
- 第17回 リクルートスーツが「黒」で統一されている理由
- 第16回 “資格”にまつわる誤解
- 第15回 若者言葉にみる共感コミュニケーション
- 第14回 「3年で3割」という離職率をどう考える
- 第13回 学生から社会人への乗り越えかた
- 第12回 エントリーシートに見る今どきの学生事情
- 第11回 コミュニケーション能力を評価する難しさ
- 第10回 内定者の期待値調整
- 第9回 「大学生」という言葉のズレ
- 第8回 新米就活生の不安
- 第7回 学生から社会人への育て方
- 第6回 今どき学生の企業選び
- 第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
- 第4回 インターンシップのひずみ
- 第3回 不確実さを避ける学生
- 第2回 面接で泣く男子学生をどう思いますか?
- 第1回 「当たり前」のギャップ~大学生の消費者意識~
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キャリアコンサルタント 平野恵子
大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を
基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。
国家資格 キャリアコンサルタント