第53回 「知人」という弱い紐帯の重要性

 学生と雑談したり、コメントを読んだりすると、彼らのリアルな感覚が透けて見え、ちょっと驚くことがあります。先日もこんなコメントがありました。

「今まで自分は、助ける義務のある人(学校なら教師、アルバイト先なら上司など)にしか頼ったことがなかった。助ける義務のない周囲の人に頼る必要性を感じた。」初対面の4~5人でチームとなり、レポート制作するワーク時に、ある学生が書いたコメントです。

 レポート制作中は、講師の私が「チームに介入することはない」と予め伝えてありました。何かあれば、自分たちで対処するしかない。そんな状況のなか、メンバーに頼らなければならない事柄が生じたのでしょう。その学生はこの経験から、いつも自分の周りには、自分を助ける役割の大人がいてくれた事実に気づき、同時に、メンバーに協力依頼することができなかった自分にも自覚的になれたのです。

 彼らの人間関係は大きく2つに分かれていて、「友人」と「他人」で構成されています。レポート制作で初めて顔を合わせたメンバーは、まだ「友人」ではありません。かといって、チームを組んでいる以上「他人」でもありません。いわば「知人」同士の集まりです。慣れない「知人」という距離感に戸惑い、どんな風に声をかけたらよいか分からず、逡巡したあげくに、結局沈黙してしまったのでしょう。
 一緒のチームになったメンバーと、廊下ですれ違うときに、どんな風に声がけすればよいのか…という相談を受けたこともあります。それほど「知人」という距離感は、学生にとってハードルの高い人間関係なのです。

 「弱い紐帯の強み」という言葉があります。米国の社会学者マーク・グラノヴェッター氏による社会的ネットワークに関する仮説です。価値の高い新しい情報は、自分の家族や親友といった社会的つながりが強い人々(強い紐帯)よりも、ちょっとした知り合いなど社会的つながりが弱い人々(弱い紐帯)からもたらされる可能性が高いことを表しています。

 「知人」という関係は弱い紐帯でしょう。「知人」コミュニケーションスキルは、価値ある情報を得るのに有効です。そして、仕事で成果を出すためにも必要です。仕事は自分1人では完結しません。職場という「知人」同士の集まりの中で、円滑な人間関係を築くことが求められます。

 先日、経団連から「今後の採用と大学教育に関する提案」(※1)が発表されました。Society 5.0という新しい時代にふさわしい人材育成を目指して、大学教育への提案をまとめたものです。そこには、「専門知識の修得」「ジョブ型雇用」「ミスマッチを減らす」といった言葉が書かれてあります。

 「専門知識を得ただけでは、上手く機能しないかも…」私自身はそう感じています。高い専門性を持つ新人が入ってきても、周囲の人たちと協働できなければ、仕事で成果は出せません。自分の専門性を活かすには、まず「知人」コミュニケーションスキルが必要です。しかし、冒頭のコメントにあるように、大学生活でこのスキルを獲得するのは、意外と難しいのです。

 学生は、自分の能力が発揮できる環境を整えるのは、会社(上司)の役目だと考えがちです。支援者が近くにいて、自分の知識・スキルを高め、発揮することに協力的な環境が、これまでの彼らの当たり前です。でも、職場では違います。自分を生かす関係づくりは、自分のアプローチからスタートします。

 専門的な知識やスキルの獲得は、これからの社会に必要なのかもしれませんが、同時に、それらを発揮するために必要な人間関係の重要性を認識する必要があります。便利で楽ができてしまう社会で生活していると「知人」の大切さに気づきにくいものです。それは学生だけでなく、私たちも同じでしょう。

 以前と比べて、職場での会話が少なくなっています。内線で必要事項を伝え、メールで報連相することに、知らぬ間に慣れてしまいました。新人が周囲と良い関係を築きやすくなるような、職場の温かみのようなものが少なくなっているように感じます。背景には様々な要因があると思いますが、私たち自身の「知人」コミニュケーションスキルの低下も影響しているのではないでしょうか。

 スペックの高い新人ほど、早期退職が目立つといった話も耳にします。専門性に自信がある人間ほど、自分を活かしきれない組織にストレスを溜めがちです。多様な能力を発揮するには、円滑な「知人」関係が必要です。その必要性を認識してもらい、育みやすい職場環境を整える。そんな対応も大切なのではないでしょうか。

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キャリアコンサルタント 平野恵子
キャリアコンサルタント 平野恵子

国立大学の教育学部卒業後、会社勤務を経て、現在キャリアコンサルタント(CCE,Inc.認定GCDF-Japan)。大学生や社会人などの若年層を中心としたキャリア支援を専門に活動している。また、人材会社の研究員として、就職活動に関する動向や意識調査をもとに、雑誌や専門誌への執筆も行う。