第52回 将来の見通しの立て方

 大学で“キャリア科目”という授業が定着し始めたのは2000年代の中頃です。日本学生支援機構の『大学等における学生生活支援の実態調査(平成18年6月30日発表)』(※1)によれば、2005年の調査時点で、約半数の大学が何らかの単位認定授業をおこなっています。

 2011年には大学設置基準が改正され、すべての大学で「社会的・職業的自立に関する指導等」(キャリアガイダンス)が義務付けられました。それを機に拡充がすすみ、今ではほとんどの大学で単位認定の授業が実施されています。

 30代後半以上の方には、ほとんど馴染みのないキャリア教育ですが、この教育的効果を調査し、まとめた本が出版されました。『大学生白書2018』(溝上慎一 著)には、約10年間におよぶ継続調査の結果がまとめられています。
 その一部を紹介しましょう。   

『大学生白書2018』-いまの大学教育では学生を変えられない- 
溝上慎一 (著)より抜粋

 2010年からの6年間で、「将来の見通しあり」が7.0ポイント、「将来の見通しの実現に向けたすべきことを理解」は11.9ポイント低下しています。つまり、キャリア教育は広がったものの、卒業後のキャリア形成に目立った効果は見られない、ということです。

 関係者としては、厳しい現実です。とはいえ、根幹的な課題を語るには、私の見識も紙幅も足りていません(苦笑)。普段自分が接している学生の見聞から、この結果に意味付けしてみようと思います。

 キャリア教育あるある!な内容に“先輩社会人が自らのキャリアを語る”といったものがあります。しかし、この手のプログラムで「自分の将来に見通しが立った」という学生に出会ったことがありません。話の内容が問題というより、その手前に要因があるように感じています。

 そもそも自身の価値観があいまいで、他者のキャリアを聞いても、単なる感想で終わってしまい、自分に引き寄せて考えることができない。つまり、アイデンティティの問題があるように思うのです。“自己”という尺度がなければ、好きや嫌い、合うや合わないといった判断はできません。

 ある学生レポートの一部を紹介しましょう。
「TwitterやInstagramなど、誰でも簡単に情報を発信できたり、受信できたりする一方で、自分と他者との比較が容易にできてしまう。それが過ぎると、自分らしさというものが分からなくなってしまう」。このレポートは次の一文で締めくくられています。「自分らしくあることを自分に求めすぎている。それが重たく感じられ、自分という存在がぼやけることに、一種のあこがれを抱いている」。

 ネットの世界をちょっと覗けば、リアルでは知り得ないほど大量の情報が、彼らの視界に入ってきます。自分で「得意かも…」と認識していたことも、より高いレベルで実現している同世代がたくさんいます。それらとの比較が過ぎると「自分らしさ」という言葉が重たくなるのでしょう。

 以前なら、数人のリアルな仲間内で、自己を形づくることができました。見える範囲が狭いからこそ、芽生えたばかりの弱い自我は、徐々に力強さを増していき、そのうち根拠のない自信のようなものまで得ていきます。私自身もそうだったように思います。

 今は際限なく見えてしまいます。ネット上でしか知らない知人と比較して、自らを定義づけようとしても、無限に広がるネット情報が相手では、アイデンティティの確立は至難の業です。就職活動のとき、必要以上に自己分析にセンシティブになる傾向も、こうしたことが影響しているのでしょう。

 自分を定義づけ、肯定することが難しい時代です。しかし、いまさらテクノロジーを否定した生活を送ることもできません。であれば、頭でっかちにさせすぎないことも大切ではないでしょうか。

 見知らぬ大人のいる適度な規模のコミュニティーに身を置くことを、学生に勧めることが増えました。そこで、自分にもできることがある…と小さな自信を得られれば、等身大の自分が肯定されます。周囲からすれば、ほんの小さな出来事です。でも、それがきっかけで、大学生活が大きく変わることもあるのです。人が育つ上で、適切な環境というものがあるように感じています。

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キャリアコンサルタント 平野恵子
キャリアコンサルタント 平野恵子

国立大学の教育学部卒業後、会社勤務を経て、現在キャリアコンサルタント(CCE,Inc.認定GCDF-Japan)。大学生や社会人などの若年層を中心としたキャリア支援を専門に活動している。また、人材会社の研究員として、就職活動に関する動向や意識調査をもとに、雑誌や専門誌への執筆も行う。