「今どきの若者は~」というフレーズは、古代エジプトの記録にもあるという噂が流布するほど、時代を超えて使われている有名な一節(?)です。上から下の世代へ、ジェネレーションギャップを語るときの常套句といえるでしょう。
組織コミュニティー(主に企業)に入る前後の若者は、とくに、このフレーズの対象になりがちです。ほとんどが、たんなる居酒屋談義ですが、つい言いたくなってしまうほど、彼らの思考や行動が奇異に映るのでしょう。自分たちも、当時は言われていたにもかかわらず…。
なぜ、このフレーズは使われ続けるのでしょうか。さすがに、古代エジプトまで遡るのは、私の手に余ります(笑)。論点を組織社会化(※1)に絞り、日本の新卒採用が定着しはじめた戦後から現在までを、考察してみました。
図表をご覧ください。全体イメージを視覚的にまとめてあります。
- 掲載日:2018/06/19
第50回 学生から社会人への移行が難しくなった理由

時期を「戦後間もなく」「高度成長期」「現在」の3つに分けました。上段にある「道具」は、提供者として必要なスキルおよび知識レベルを表しています。中段の「イス」は、社会インフラおよびマーケットの成熟度を、下段の「ヒト」は就業前の若者のソーシャルスキル(※2)を表現してあります。
これで、お伝えしたいことは、ある程度分かるようにも思うのですが(笑)、もう少し説明させてください。
<戦後まもなく>
モノのない時代は、ちょっと器用な人が、とりあえず座れる“イスのようなもの”を作れば、買う人がいました。それほど頑丈でもないし、背もたれも付いていないので、座りながらも、ある程度の筋力を要します。なので、いざ立ち上がってイスを作る立場になっても、あまり困ることはありません。道具も簡素なものでこと足りるので、ちょっと使い方を教えてもらえれば、それなりに売れるイスを作ることができました。
子供は生活の中で、自然とソーシャルスキルを身につけ、容易に提供者側へと移行することができた時代です。
<高度成長期>
時代がすすみ、もう簡素なイスでは売れなくなりました。壊れにくく、座りやすいイスが求められるようになってきたのです。作り手になるには、一定の訓練が必要になります。ただ、そのイスに座っている人間の筋力は、快適度が増したせいで、それほど鍛えられていません。しかし、周囲にイスを作っている人が結構いたので、なんとなく作り方は分かっています。いざ立ち上がってイスを作る立場になれば、先輩たちに道具の使い方を教えてもらい、徐々に売れるイスを作れるようになっていきました。
子供は、身近に存在する商店や作業場を見ながら、なんとなく仕事をすること、商売することを理解していました。提供者になるための技術的なトレーニングは必要ですが、終身雇用が前提であれば、それほど問題にはなりません。日本型雇用慣行が効果的に機能していた時代といえるでしょう。
<現在>
先輩たちのがんばりで、どんどん快適なイスが誕生しました。肘掛けもあり、座り心地も最高。クッションはフカフカで、深く沈み込んだ身体を起こすのが大変なぐらいです。起き上がる必要性が少ないので、出て歩くことはあまりしません。当然、筋力は鍛えられず、未熟なまま。しかも、快適なイスは遠くの場所で作られているため、「どうやって作るのだろう?」という疑問すら湧きません。周囲から「そろそろ自分で立ちなさい」と言われて、立ち上がってみたものの、心許ない状況です。まず筋力を鍛えなければ、道具の使い方すら覚えることができません。売れるイスを作れるようになるには、かなりの時間を必要としそうです。
子供は密閉度の高い家庭で過ごし、家族と一部の友人という限定的なコミュニティーのなかで育ちます。日常生活のなかで、ソーシャルスキルを鍛える機会は少なく、その一方で、提供者に求められるスキルや知識は増えつづけています。日本型雇用慣行は行き詰まりを見せ、幼さを残した若者の育成を企業内で担うことは困難になってきました。その分、大学でのキャリア教育ニーズが高まったといえるでしょう。
これだけの変化が連続的に起きています。自分が“今どきの若者”だったときを基準に考えれば、どの世代であっても「今どきの若者は~」と言いたくなるのも当然です。それは、社会人への移行の構造的な難しさを表しているようにも感じます。
最後に少しだけ補足を…。ソーシャルスキルは、環境による影響が大きいと考えます。つまり、ソーシャルスキルの低下は必然であって、彼らの努力不足といった問題ではありません。とはいえ、社会的経験が低いことは確かです。そんななか、成人年齢を現行の20歳から18歳に引き下げる改正民法が可決されました(施行は2022年4月1日)。本人のみの判断で、できることの範囲が広がります。成熟度とのアンバランスさを感じざるを得ません。
※1/組織社会化
組織に新しく加わったメンバーが、組織から求められる役割や知識、価値観などを獲得して、組織に適応していくこと。
※2/ソーシャルスキル(デジタル大辞泉より)
社会の中で自立し主体的であるとともに、他の人との協調を保って生きるために必要とされる、生活上の能力。社会技能。
バックナンバー
- 第82回 「企業の思惑」に適応した「就活生の変化」
- 第81回 学生を社会人へと育成する専門職の必要性
- 第80回 “ガクチカ”と“ブラックインターン”の関係
- 第79回 就職活動が学生を成長させる理由
- 第78回 育成プロセスの見直しが必要だと考える理由
- 第77回 学生が求める“心地よい働き方”とは
- 第76回 指示的に「主体性」を育成するジレンマ
- 第75回 就職活動の受験化について考える
- 第74回 マスクを外すタイミングを考える
- 第73回 新入社員の大切な仕事
- 第72回 学生が望むキャリアの多様性
- 第71回 今どきの就活アドバイスが学生に与える影響
- 第70回 “人それぞれ”な就職活動
- 第69回 オンライン授業の出席率が高い理由
- 第68回「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」に学業「ガクチカ」も加えませんか
- 第67回 新卒採用の今昔~変わらないものを考える~
- 第66回 「わきまえた行動」を求めてしまう私たち
- 第65回 大学生活のオンライン化について思うこと
- 第64回 就活支援サービスの功罪
- 第63回 新しいコミュニケーションに適応していく若者
- 第62回 対面で映える学生、WEBで光る学生
- 第61回 新入社員の矛盾した2つの想い
- 第60回 面接で「第1志望です」と答える理由
- 第59回 「退職代行サービス」を利用する心理
- 第58回 SNSに晒されるというコミュニケーションリスク
- 第57回 「がんばる」ことが分からない
- 第56回 レイバーでない「働く」体験をインターンシップで!
- 第55回 子どもの気遣い・大人の気遣い
- 第54回 大学入学からはじめる家庭内キャリア教育
- 第53回 「知人」という弱い紐帯の重要性
- 第52回 将来の見通しの立て方
- 第51回 主体的に「自己表現しない」という選択
- 第50回 学生から社会人への移行が難しくなった理由
- 第49回 受け身の合理性
- 第48回 売り手市場における就活生の不安や悩み
- 第47回 学業で自己PRする難しさと質問内容
- 第46回 自分らしい社会人でいるために必要なこと
- 第45回 「自己分析」が好きになれない理由
- 第44回 無反応でも話しつづけられる学生
- 第43回 “コミュ力”と“トーク力”ばかりが重視される理由
- 第42回 「承認」することの効果
- 第41回 学生と一緒に「分かる」を「できる」に
- 第40回 努力は報われると考える理由
- 第39回 まだ見せていないポテンシャル
- 第38回 彼がマスクをする理由
- 第37回 クセと個性の違い
- 第36回 「好き」というエネルギー活用
- 第35回 今どき学生の出会い事情
- 第34回 様変わりしている就職活動/1990年 vs 2015年
- 第33回 売り手市場が学生に与えるマイナスの影響
- 第32回 日本の学生、アメリカの学生
- 第31回 「ジャンケン」と「多数決」の話し合い
- 第30回 学生の誤字に関するあれこれ
- 第29回 学生の「自己責任」論にみる実社会イメージ
- 第28回 成熟した”素直さ”
- 第27回 「分かり合えない」のが普通
- 第26回 就活における負のスパイラル
- 第25回 悩めない学生
- 第24回 困難を選択する困難さ
- 第23回 単語化するコミュニケーション
- 第22回 高大接続から考える学生気質
- 第21回 歴史が繰りかえす「大学生」という若者論争
- 第20回 結果とプロセス、どちらを重視?
- 第19回 「教えすぎる」「待てなさすぎる」という弊害
- 第18回 直木賞作品『何者』に見る学生コミュニケーション
- 第17回 リクルートスーツが「黒」で統一されている理由
- 第16回 “資格”にまつわる誤解
- 第15回 若者言葉にみる共感コミュニケーション
- 第14回 「3年で3割」という離職率をどう考える
- 第13回 学生から社会人への乗り越えかた
- 第12回 エントリーシートに見る今どきの学生事情
- 第11回 コミュニケーション能力を評価する難しさ
- 第10回 内定者の期待値調整
- 第9回 「大学生」という言葉のズレ
- 第8回 新米就活生の不安
- 第7回 学生から社会人への育て方
- 第6回 今どき学生の企業選び
- 第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
- 第4回 インターンシップのひずみ
- 第3回 不確実さを避ける学生
- 第2回 面接で泣く男子学生をどう思いますか?
- 第1回 「当たり前」のギャップ~大学生の消費者意識~
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キャリアコンサルタント 平野恵子
大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を
基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。
国家資格 キャリアコンサルタント