就職活動を終えた学生が、内定者と呼ばれる時期になりました。入社は決まったけど、まだ社員ではない。期待と不安が入り交じった、不安定な時期でもあります。
社会人になることで、これまで築いてきた“自分らしさ”を失ってしまうのかも…。学生と話をしていると、そんな揺れ動く気持ちを、感じることが多々あります。自分らしさへの喪失感が、内定者の不安の一因でもあるのでしょう。
20代の社会人調査(※)で、「仕事に求めること」をきいたところ、約4割の人が「自分らしい生活ができること」と答えています。社会人として、自分らしくあることは、望みつつも、難しいことでもあるようです。
先日、社会人1年目の元学生と、久しぶりに会いました。元気は元気なのですが、職場で自分らしさが発揮できないストレスを、元気いっぱいに語ってくれました(笑)。仕事経験も、社内ネットワークも乏しい新人が、仕事で自分らしさを発揮するには、もう少し時間がかかるでしょう。
それより気になったのは、言葉の端々に感じる「言いたいことが言えない」ストレスです。職場で「自分の考えや意見を気兼ねなく言うことが難しい」そうです。「私の意見は違いますって、率直に言えばいいじゃん」とアドバイスしたら、「仲の良い先輩には言えても、上司には言えませんよ」と一蹴されてしまいました。
自分の意思を、相手に伝えることができない。これは“自分らしい”という感覚を保持する上で、大きな障害になります。結局、彼のストレスの要因も、ココにありました。相手の立場(役職)や年齢に関係なく、言いたいことが言えるか否かは、社会人の自分らしい生活に大きな影響を与えているようです。
自分の言いたいことを、適切に相手に伝えることがでれば、内定者であっても、新人であっても、自分らしくいられる可能性は高くなる。まぁ、理屈ではそうなのですが、学生の普段の対応を見るかぎり、これは相当に高いハードルといえます。
気兼ねなく言いたいことが言える親しい友達以外、自分の意見を言いたがらない。そんな学生が増えていると感じます。自分の意見が否定されることを恐れ、言いたいことを飲み込み、その場を丸く収めようとします。もしくは、できるだけ空気を読んで、相手の望む答えを述べようとします。
- 掲載日:2017/10/13
第46回 自分らしい社会人でいるために必要なこと
また、学校社会には、先輩後輩という学年主義が、意外と色濃く残っています。1つでも上なら、何も言わずに従うといった、中学・高校の部活動的ルールが、もの言う行為を必要以上に阻害します。
友達でもなく、他者でもない。年齢の異なる“知人”という距離感の相手に、自分の考えを理解してもらう行為を、彼らはほとんど経験したことがありません。大学生同士のグループワークでも、学年を確認してから、メンバーの顔色を伺いつつ、慎重に言葉を選んでいきます。
相手と言葉を交わす前から、何かを察し、望むことや、失礼にならない発言を選別する。そんなことは不可能です。過剰な気遣いは、ストレスになります。彼らが、他者との関わりを避けたがる気持ちも理解できます。
職場の人間関係も、同様の難しさがあります。慣れない関係性に、適切なスタンスが分からず、妙に馴れ馴れしい発言をしてしまったり、逆にいつまでも他人行儀な対応だったり…。ほどよい距離感で、社員と話すことに苦慮している内定者もいるでしょう。
親密でもなく、赤の他人でもない。そんな職場という人間関係のなかで、相手の立場(役職)や年齢に関係なく、自分の考えを適切に伝えることができるスキル(対話力)は、確かに高いハードルです。しかし、“自分らしさ”を失わない社会人でいるためには、乗り越えたいハードルでもあります。
内定者の中身は、まだ半分以上が学生です。社会人同士なら当たり前の感覚も、身に付いていません。不文律が成立しないからこそ、互いを言葉で理解し合う、対話の良いチャンスです。
「私はこう思う、あなたはどう思うか」と、こちらから適切な対話を示してあげてください。少しずつ、言いたいことを伝える対話力が、彼らに身に付いていくでしょう。
自分の言いたいことを、適切かつ明確な言葉で伝え合う行為は、察することの多い日本文化には、馴染みが薄いものです。「実は、自分も得意ではない」と感じている社会人がいるかもしれません。
もしそうであれば、内定者とのコミュニケーションは、社会人であるあなたにとっても、自分らしくいるための対話トレーニングになるかもしれません。職場のなかで、自分らしくいられる感覚は、組織にとっても良い影響があるのではないでしょうか。
バックナンバー
- 第82回 「企業の思惑」に適応した「就活生の変化」
- 第81回 学生を社会人へと育成する専門職の必要性
- 第80回 “ガクチカ”と“ブラックインターン”の関係
- 第79回 就職活動が学生を成長させる理由
- 第78回 育成プロセスの見直しが必要だと考える理由
- 第77回 学生が求める“心地よい働き方”とは
- 第76回 指示的に「主体性」を育成するジレンマ
- 第75回 就職活動の受験化について考える
- 第74回 マスクを外すタイミングを考える
- 第73回 新入社員の大切な仕事
- 第72回 学生が望むキャリアの多様性
- 第71回 今どきの就活アドバイスが学生に与える影響
- 第70回 “人それぞれ”な就職活動
- 第69回 オンライン授業の出席率が高い理由
- 第68回「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」に学業「ガクチカ」も加えませんか
- 第67回 新卒採用の今昔~変わらないものを考える~
- 第66回 「わきまえた行動」を求めてしまう私たち
- 第65回 大学生活のオンライン化について思うこと
- 第64回 就活支援サービスの功罪
- 第63回 新しいコミュニケーションに適応していく若者
- 第62回 対面で映える学生、WEBで光る学生
- 第61回 新入社員の矛盾した2つの想い
- 第60回 面接で「第1志望です」と答える理由
- 第59回 「退職代行サービス」を利用する心理
- 第58回 SNSに晒されるというコミュニケーションリスク
- 第57回 「がんばる」ことが分からない
- 第56回 レイバーでない「働く」体験をインターンシップで!
- 第55回 子どもの気遣い・大人の気遣い
- 第54回 大学入学からはじめる家庭内キャリア教育
- 第53回 「知人」という弱い紐帯の重要性
- 第52回 将来の見通しの立て方
- 第51回 主体的に「自己表現しない」という選択
- 第50回 学生から社会人への移行が難しくなった理由
- 第49回 受け身の合理性
- 第48回 売り手市場における就活生の不安や悩み
- 第47回 学業で自己PRする難しさと質問内容
- 第46回 自分らしい社会人でいるために必要なこと
- 第45回 「自己分析」が好きになれない理由
- 第44回 無反応でも話しつづけられる学生
- 第43回 “コミュ力”と“トーク力”ばかりが重視される理由
- 第42回 「承認」することの効果
- 第41回 学生と一緒に「分かる」を「できる」に
- 第40回 努力は報われると考える理由
- 第39回 まだ見せていないポテンシャル
- 第38回 彼がマスクをする理由
- 第37回 クセと個性の違い
- 第36回 「好き」というエネルギー活用
- 第35回 今どき学生の出会い事情
- 第34回 様変わりしている就職活動/1990年 vs 2015年
- 第33回 売り手市場が学生に与えるマイナスの影響
- 第32回 日本の学生、アメリカの学生
- 第31回 「ジャンケン」と「多数決」の話し合い
- 第30回 学生の誤字に関するあれこれ
- 第29回 学生の「自己責任」論にみる実社会イメージ
- 第28回 成熟した”素直さ”
- 第27回 「分かり合えない」のが普通
- 第26回 就活における負のスパイラル
- 第25回 悩めない学生
- 第24回 困難を選択する困難さ
- 第23回 単語化するコミュニケーション
- 第22回 高大接続から考える学生気質
- 第21回 歴史が繰りかえす「大学生」という若者論争
- 第20回 結果とプロセス、どちらを重視?
- 第19回 「教えすぎる」「待てなさすぎる」という弊害
- 第18回 直木賞作品『何者』に見る学生コミュニケーション
- 第17回 リクルートスーツが「黒」で統一されている理由
- 第16回 “資格”にまつわる誤解
- 第15回 若者言葉にみる共感コミュニケーション
- 第14回 「3年で3割」という離職率をどう考える
- 第13回 学生から社会人への乗り越えかた
- 第12回 エントリーシートに見る今どきの学生事情
- 第11回 コミュニケーション能力を評価する難しさ
- 第10回 内定者の期待値調整
- 第9回 「大学生」という言葉のズレ
- 第8回 新米就活生の不安
- 第7回 学生から社会人への育て方
- 第6回 今どき学生の企業選び
- 第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
- 第4回 インターンシップのひずみ
- 第3回 不確実さを避ける学生
- 第2回 面接で泣く男子学生をどう思いますか?
- 第1回 「当たり前」のギャップ~大学生の消費者意識~
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キャリアコンサルタント 平野恵子
大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を
基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。
国家資格 キャリアコンサルタント