就職活動で必須といわれる「自己分析」が、どうも好きになれません。必要性を否定しているわけではありません。キャリア選択にあたり、自身の価値観を理解することは大切なことです。
ただ、青年期の発達課題である自己同一性(自分は何者であるかという概念、アイデンティティ)の確立時期と相まって、世の中への理解を深めるよりも、「自己分析」を優先しがちな傾向が好きになれないのです。
学生とおしゃべりしていると、「向いている職業が分からない」「やりたいことが見つからない」といった言葉をよく耳にします。低学年でも、キャリアビジョンが明確でないことが、意外と大きなストレスになっていたりします。
3年生になり、就職活動が迫ってくると、焦りはさらに強くなります。「どうやって自己分析すれば、やりたいことが見つかりますか?」と、なかなか見えてこない将来への不安を口にします。
しかし、大学生活を振り返って自己分析したところで、キャリアビジョンはほとんど見えてきません。
大学では、学生の“生徒化”がすすんでいます。学生支援やサービスが充実しているので、教員や職員の言う通りに行動したほうが、ムダのないスムーズな大学生活を送ることができます。受け身の合理性が高くなっているので、能動的に行動する必要性が見出せないのです。
高校までのようにルーティン化した、変化の少ない毎日を過ごしている学生も少なくありません。結果として、みんな似たり寄ったりの大学生活を送ることになります。見通しの良いレール上から外れることも少ないので、“異質な他者”との交流も多くはありません。
こうした環境下で、アイデンティティを確立するのは難しいものです。実社会との接点も少ないので、就活で通用する「自分らしさ(≒強み)」を自覚するのは、さらに至難の業といえます。キャリアビジョンが見いだせないのも当然といえるでしょう。
このまま就職活動に入っていくと、2つの思考パターンに陥りがちです。
1つは、自己愛に溢れた「自分ファースト」な就活です。ある学生から、こんな就職相談を受けたことがあります。
テレビを見ていて「この人は売れる!」と思った人は、必ず売れるんです。「もっと○○な方が売れるのに~」と思っていた人がその通りにすると、やっぱり売れるんです。すごくないですか~。お母さんにも(注、母ではない)、「人をみる才能がある」と言われました。この強みを活かすには、どうしたらいいですか?
親密圏(自分の守ってくれる家族や友人中心の生活圏)で指摘された才能(?)が、就職活動でそのまま通用すると考えていることにも無理がありますし、採用ニーズを気にすることなく、自分ありきなキャリア観にも疑問を感じます。
相談者のポテンシャルが低いわけではありません。世間を知らないまま「自分ファースト」な就活をしてしまうことで、本来持っている良さが評価されないリスクを危惧します。
- 掲載日:2017/08/10
第45回 「自己分析」が好きになれない理由
もう1つは、キャリア選択の基準が条件ばかりになってしまう就活です。
「どんな仕事がしたい?」と問われても、答えるのは難しいものです。でも、土日休みがいいとか、転勤はしたくないといった“条件”は、案外スラスラと出てきます。キャリアビジョンは持ちにくいけど、生活者としての“条件”なら語ることができるのです。
- 福利厚生や研修制度が充実しているところがいいな
- 地元で生活したいから転勤がないところ
- 残業が少ないことが一番大事! …etc
昨今の売り手市場も手伝って、企業も働きやすさの“条件”をPRすることが増えてきました。学生は提示された条件を比較しながら、買い物をする消費者のように、(条件的に)最も自分に合った企業を選ぼうと躍起になります。仕事をするイメージが持てないぶん、より“条件重視”の就活に陥りがちです。
蛇足ですが、条件を軽視してはいません。条件はキャリア選択の大切なファクターです。ただ、明確化しやすい条件ばかりを選択基準にして、キャリア形成がおざなりになることを懸念します。
世の中を知ることなしに「自己分析」が一人歩きすると、バランスのとれたキャリア選択は困難になります。「自己分析」における“自己”をいくら探しても、空箱の中からは何も見出せません。まずは、実社会との接触経験や見聞を深めて、箱の中身を満たしていくことが肝要でしょう。
その過程で、自分の興味関心のアンテナがどのように動いたのかを言語化すれば、それがキャリア探索の羅針盤となるはずです。
今夏のインターンシップは、指針から「5日間以上」という文言がなくなったため、1Dayと呼ばれる短期プログラムが大幅に増えています。本来、インターンシップは職業体験を意味するので、否定的な意見もあります。一方で、複数のプログラムに参加でき、より多くの学生にプログラムを提供できるメリットもあります。
独りよがりな「自己分析」に走るより先に、短期インターンシップで実社会に触れることのできる今の就活スケジュールは、案外アリなのかもしれません。
バックナンバー
- 第66回 「わきまえた行動」を求めてしまう私たち
- 第65回 大学生活のオンライン化について思うこと
- 第64回 就活支援サービスの功罪
- 第63回 新しいコミュニケーションに適応していく若者
- 第62回 対面で映える学生、WEBで光る学生
- 第61回 新入社員の矛盾した2つの想い
- 第60回 面接で「第1志望です」と答える理由
- 第59回 「退職代行サービス」を利用する心理
- 第58回 SNSに晒されるというコミュニケーションリスク
- 第57回 「がんばる」ことが分からない
- 第56回 レイバーでない「働く」体験をインターンシップで!
- 第55回 子どもの気遣い・大人の気遣い
- 第54回 大学入学からはじめる家庭内キャリア教育
- 第53回 「知人」という弱い紐帯の重要性
- 第52回 将来の見通しの立て方
- 第51回 主体的に「自己表現しない」という選択
- 第50回 学生から社会人への移行が難しくなった理由
- 第49回 受け身の合理性
- 第48回 売り手市場における就活生の不安や悩み
- 第47回 学業で自己PRする難しさと質問内容
- 第46回 自分らしい社会人でいるために必要なこと
- 第45回 「自己分析」が好きになれない理由
- 第44回 無反応でも話しつづけられる学生
- 第43回 “コミュ力”と“トーク力”ばかりが重視される理由
- 第42回 「承認」することの効果
- 第41回 学生と一緒に「分かる」を「できる」に
- 第40回 努力は報われると考える理由
- 第39回 まだ見せていないポテンシャル
- 第38回 彼がマスクをする理由
- 第37回 クセと個性の違い
- 第36回 「好き」というエネルギー活用
- 第35回 今どき学生の出会い事情
- 第34回 様変わりしている就職活動/1990年 vs 2015年
- 第33回 売り手市場が学生に与えるマイナスの影響
- 第32回 日本の学生、アメリカの学生
- 第31回 「ジャンケン」と「多数決」の話し合い
- 第30回 学生の誤字に関するあれこれ
- 第29回 学生の「自己責任」論にみる実社会イメージ
- 第28回 成熟した”素直さ”
- 第27回 「分かり合えない」のが普通
- 第26回 就活における負のスパイラル
- 第25回 悩めない学生
- 第24回 困難を選択する困難さ
- 第23回 単語化するコミュニケーション
- 第22回 高大接続から考える学生気質
- 第21回 歴史が繰りかえす「大学生」という若者論争
- 第20回 結果とプロセス、どちらを重視?
- 第19回 「教えすぎる」「待てなさすぎる」という弊害
- 第18回 直木賞作品『何者』に見る学生コミュニケーション
- 第17回 リクルートスーツが「黒」で統一されている理由
- 第16回 “資格”にまつわる誤解
- 第15回 若者言葉にみる共感コミュニケーション
- 第14回 「3年で3割」という離職率をどう考える
- 第13回 学生から社会人への乗り越えかた
- 第12回 エントリーシートに見る今どきの学生事情
- 第11回 コミュニケーション能力を評価する難しさ
- 第10回 内定者の期待値調整
- 第9回 「大学生」という言葉のズレ
- 第8回 新米就活生の不安
- 第7回 学生から社会人への育て方
- 第6回 今どき学生の企業選び
- 第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
- 第4回 インターンシップのひずみ
- 第3回 不確実さを避ける学生
- 第2回 面接で泣く男子学生をどう思いますか?
- 第1回 「当たり前」のギャップ~大学生の消費者意識~
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キャリアコンサルタント 平野恵子
国立大学の教育学部卒業後、会社勤務を経て、現在キャリアコンサルタント(CCE,Inc.認定GCDF-Japan)。大学生や社会人などの若年層を中心としたキャリア支援を専門に活動している。また、人材会社の研究員として、就職活動に関する動向や意識調査をもとに、雑誌や専門誌への執筆も行う。