先日、人材育成関連のフォーラムに参加してきました。そのなかの研究報告に、若年者の早期離職防止には「承認」が効果的だという、とても腑に落ちる話がありました。
自分のために歓迎会を開いてくれる、困ったことはないかと声をかけてくれる…。そんな風に、「自分という存在を気にしてくれている」と実感できることが大切なのでしょう。先輩社員から「承認」されることが、コミュニティー(組織)の一員であるという安心感につながります。それが定着へのスタートラインといえるのではないでしょうか。
「承認」のメリットは、離職防止だけではありません。自尊感情(自分を大切に思える感覚)を育み、自己有用感(自分は役に立つ存在だという感覚)へとつながっていきます。そこまでいけば、チャレンジングな仕事にも、タフさをもって取り組むことができるでしょう。
自信を持ちたい。人から認められたい。そうした承認欲求はごく自然なものといえますが、自分が何者であるかを模索している真っ最中の若年者、とくに就活生や新入社員では、その欲求が強いように思います。同時に、満たされにくい社会環境になっているのではないでしょうか。
新入社員でいえば、周囲の先輩たちは忙しく、自分のやるべきことで手一杯な状態です。新人の仕事ぶりを見守り、適切な声がけをする余裕はなかなかありません。就業時間内にできるだけ仕事を終わらせようとすれば、雑談をする時間も、飲みに誘うゆとりも少ないでしょう。そもそも飲みに誘って、パワハラと思われないか気を使うご時世です。
若年者の承認欲求を満たすには、それなりに手間がかかります。面倒な気づかいで苦労するぐらいなら、もう少し成熟した大人な学生を採用したいと考えるのは当然かもしれません。
- 掲載日:2017/02/13
第42回 「承認」することの効果
しかし、大学生活のなかで、周囲から「承認」を得ることも、自己有用感を醸成することも、なかなかに困難です。いまどきの大学生活では、仲の良い友人以外は人との距離感が遠く、周囲とほどよい関係を築くことに苦手意識のある学生が大勢います。
SNSによるコミュニケーションは活発ですが、友人同士の人間関係を強固にするためのものであって、あまり外の世界には開いていません。逆に、SNSが彼らの自尊感情を損なうことも多々あります。
ある学生が、お気に入りの自撮り写真をTwitterに載せたところ、“いいね”の数が思ったよりも少なくて、すっかり落ち込んでしまったという話を聞きました。ネットの向こう側にいる見えない他者から「承認」を得られなかったことで、心がやられ、自信を失ってしまったのです。
「それだけのことで落ち込むの?」と思うかもしれませんが、彼らにとって、“いいね”の数は自分の存在の大きさを意味する重要なものです。比べものにならないほど多くの“いいね”を獲得している人を見つけては、自信を失っていきます。
就活時期になると、この傾向はより顕著になります。「自己PR」を考えれば考えるほど、自分にPRできるほどのものがないと悩むのです。話を聞けば、ゼミ活動も熱心だし、ボランティア活動にも参加している。充分にPRできるよ!と伝えても、「もっとスゴイことをしている人がいっぱいいる。それに比べて自分は見劣りする」といって、悩み続けてしまうのです。
大人でも、ネット疲れしてしまう人がいるぐらいです。無限に広がるネットの中に存在するスゴイ人と比較して、自分がちっぽけに見えてしまう学生は少なくありません。就活中のSNSにストレスを感じて、ネットから離れる学生がいるのもうなずけます。
そんな不安定な彼らを少しでも支えるため、普段から「承認」することを意識しているわけですが、そのときよく使う言葉があります。「すごい!(驚き)」と「ありがとう・助かる(感謝)」です。褒める行為は、縦の関係をつくってしまい、依存心を助長しかねません。気持ちが弱っていれば尚更で、どうすれば褒められるのか顔色をうかがうようになってしまいます。彼らの自立を損なわないよう、横の関係の「承認」を大切にしています。
もうすぐ就活本番の3月を迎えます。驚きと感謝の「承認」を意識して、彼らの心の中にある“いいね”ボタンをできるだけたくさん押していきたいと思います。
バックナンバー
- 第82回 「企業の思惑」に適応した「就活生の変化」
- 第81回 学生を社会人へと育成する専門職の必要性
- 第80回 “ガクチカ”と“ブラックインターン”の関係
- 第79回 就職活動が学生を成長させる理由
- 第78回 育成プロセスの見直しが必要だと考える理由
- 第77回 学生が求める“心地よい働き方”とは
- 第76回 指示的に「主体性」を育成するジレンマ
- 第75回 就職活動の受験化について考える
- 第74回 マスクを外すタイミングを考える
- 第73回 新入社員の大切な仕事
- 第72回 学生が望むキャリアの多様性
- 第71回 今どきの就活アドバイスが学生に与える影響
- 第70回 “人それぞれ”な就職活動
- 第69回 オンライン授業の出席率が高い理由
- 第68回「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」に学業「ガクチカ」も加えませんか
- 第67回 新卒採用の今昔~変わらないものを考える~
- 第66回 「わきまえた行動」を求めてしまう私たち
- 第65回 大学生活のオンライン化について思うこと
- 第64回 就活支援サービスの功罪
- 第63回 新しいコミュニケーションに適応していく若者
- 第62回 対面で映える学生、WEBで光る学生
- 第61回 新入社員の矛盾した2つの想い
- 第60回 面接で「第1志望です」と答える理由
- 第59回 「退職代行サービス」を利用する心理
- 第58回 SNSに晒されるというコミュニケーションリスク
- 第57回 「がんばる」ことが分からない
- 第56回 レイバーでない「働く」体験をインターンシップで!
- 第55回 子どもの気遣い・大人の気遣い
- 第54回 大学入学からはじめる家庭内キャリア教育
- 第53回 「知人」という弱い紐帯の重要性
- 第52回 将来の見通しの立て方
- 第51回 主体的に「自己表現しない」という選択
- 第50回 学生から社会人への移行が難しくなった理由
- 第49回 受け身の合理性
- 第48回 売り手市場における就活生の不安や悩み
- 第47回 学業で自己PRする難しさと質問内容
- 第46回 自分らしい社会人でいるために必要なこと
- 第45回 「自己分析」が好きになれない理由
- 第44回 無反応でも話しつづけられる学生
- 第43回 “コミュ力”と“トーク力”ばかりが重視される理由
- 第42回 「承認」することの効果
- 第41回 学生と一緒に「分かる」を「できる」に
- 第40回 努力は報われると考える理由
- 第39回 まだ見せていないポテンシャル
- 第38回 彼がマスクをする理由
- 第37回 クセと個性の違い
- 第36回 「好き」というエネルギー活用
- 第35回 今どき学生の出会い事情
- 第34回 様変わりしている就職活動/1990年 vs 2015年
- 第33回 売り手市場が学生に与えるマイナスの影響
- 第32回 日本の学生、アメリカの学生
- 第31回 「ジャンケン」と「多数決」の話し合い
- 第30回 学生の誤字に関するあれこれ
- 第29回 学生の「自己責任」論にみる実社会イメージ
- 第28回 成熟した”素直さ”
- 第27回 「分かり合えない」のが普通
- 第26回 就活における負のスパイラル
- 第25回 悩めない学生
- 第24回 困難を選択する困難さ
- 第23回 単語化するコミュニケーション
- 第22回 高大接続から考える学生気質
- 第21回 歴史が繰りかえす「大学生」という若者論争
- 第20回 結果とプロセス、どちらを重視?
- 第19回 「教えすぎる」「待てなさすぎる」という弊害
- 第18回 直木賞作品『何者』に見る学生コミュニケーション
- 第17回 リクルートスーツが「黒」で統一されている理由
- 第16回 “資格”にまつわる誤解
- 第15回 若者言葉にみる共感コミュニケーション
- 第14回 「3年で3割」という離職率をどう考える
- 第13回 学生から社会人への乗り越えかた
- 第12回 エントリーシートに見る今どきの学生事情
- 第11回 コミュニケーション能力を評価する難しさ
- 第10回 内定者の期待値調整
- 第9回 「大学生」という言葉のズレ
- 第8回 新米就活生の不安
- 第7回 学生から社会人への育て方
- 第6回 今どき学生の企業選び
- 第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
- 第4回 インターンシップのひずみ
- 第3回 不確実さを避ける学生
- 第2回 面接で泣く男子学生をどう思いますか?
- 第1回 「当たり前」のギャップ~大学生の消費者意識~
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キャリアコンサルタント 平野恵子
大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を
基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。
国家資格 キャリアコンサルタント