今回は、(少し気が早いのですが)今年1年の出来事を振り返りつつ、思うところを散文的にまとめてみたいと思います。
大学生のキャリア教育に携わり、彼らのまえで言葉を発する立場からすると、この2016年に起きたさまざまな出来事は、心苦しさや恥ずかしさを感じることばかりでした。
キャリア教育プログラムの1つとして、バックボーンが異なる多様なメンバーと「協働」を体験してもらうワークがあります。狙いとしては、次のようなソーシャルスキルの獲得を目指しています。 ・円滑に他者と意思疎通できる態度、適切な言語選択、対話力 ・アサーティブ(相手の意見も尊重しつつ、率直に対等に思っていることを伝える姿勢)な自己主張 ・感情のセルフコントロールや他者への寛容性 など しかし今年を振り返れば、対話が断絶した国会の強行採決、他者への偏見と狭量さを感じさせるヘイトスピーチ、大統領選挙での感情的で独善的な罵詈雑言など、気が重たくなるような話題ばかりでした。 現実世界の出来事は、学生に伝えたいことの真逆ばかりです。立場上、学生の育成を促さなければならないので、現実を棚上げしてフィードバックするわけですが、心の中では(私たち大人の方が全然できていないよね。エラそうにアドバイスして…申し訳ない)とつぶやいていました。
話はちょっと変わりますが、皆さんは会合やシンポジウムなどで「居眠り」をしたことがありますか?私は…あります(笑)。
先日、業界研究を目的にOBOGによるパネルディスカッションを実施しました。その際、見学されていた人事担当者から、居眠りをしている学生が多いと苦言をいただきました。正論すぎるほどの正論ですし、おっしゃるとおりです。でも、学生の気持ちも分からないではないのです。
人選は大学側がおこなったので、学生は興味がなくても話を聞かなければならない状況でした。普段なら何かしら気を紛らわして眠気をやり過ごすのでしょうが、さすがに社会人のまえでスマホを出すわけにはいきません。変な言い方ですが、がんばって話を聞こうとした結果の居眠りだったわけです。普段の様子を知っている私からすれば、よくやっていると思ったぐらいです。でも、失礼な態度には違いはありませんから、後日学生にはきつめのアドバイスをしました。
その数日後、私はある学会のシンポジウムに参加しました。幅広いテーマを扱っているので、いくつかのセッションは完全に門外漢で、頭の中には「?」マークがいっぱいです。徐々に集中力が切れてきて、いつのまにか居眠りをしていました。周囲に目をやれば、ご同胞がチラホラと…。大人同士の集まりなので注意はされませんが、やっていることは学生と同じです。
どうも私たちは、実社会に出る前の若者に、高すぎる理想を求めてしまう傾向があるようです。特に就活生には、“自分たちでもできていないことを、したり顔で求めてしまう”ようにも感じます。
グループディスカッション選考では、「多様な価値観のメンバーと意思疎通をはかり、合意形成する力」といった主旨の評価項目を設けている企業は多いでしょう。多様な価値観、意思疎通、合意形成…。果たして、私たちはどれだけできているのでしょうか。
例えば、新卒採用を論じるとき、企業側と大学側で意見が衝突することは少なくありません。“学生ファースト”という総論はすぐに合意がとれますが、時期や手段といった各論になると、両者の足並みは急にそろわなくなります。対話の場でも、「どれだけ自分たちの主張を通せるか」というゼロサムゲームになりがちです。
自らの主張のあとは、相手の主張を一旦丸ごと受け入れ、理があれば自身の考えを変えるスタンスがなければ、異なる両者が意思疎通した上で合意形成することは難しいでしょう。これは、相当に高度なコミュニケーションですし、私自身できているとは言えません。
「分かる」と「できる」は違います。実社会経験を積んだ私たちは、社会人としてあるべき態度や姿勢は分かっていますが、実際どれだけできているのでしょうか。冒頭の今年の出来事を振り返れば、自省せざるを得ません。
学生から社会人へと変化をうながす過程で、彼らに発する言葉の1つ1つが、そのまま自分に突き刺さります。それらを学生と一緒に受け止め、少しでも多くのことがちゃんと「できる」ようになることを、2017年のテーマにしたいと思っています。
- 掲載日:2016/12/12
第41回 学生と一緒に「分かる」を「できる」に
バックナンバー
- 第82回 「企業の思惑」に適応した「就活生の変化」
- 第81回 学生を社会人へと育成する専門職の必要性
- 第80回 “ガクチカ”と“ブラックインターン”の関係
- 第79回 就職活動が学生を成長させる理由
- 第78回 育成プロセスの見直しが必要だと考える理由
- 第77回 学生が求める“心地よい働き方”とは
- 第76回 指示的に「主体性」を育成するジレンマ
- 第75回 就職活動の受験化について考える
- 第74回 マスクを外すタイミングを考える
- 第73回 新入社員の大切な仕事
- 第72回 学生が望むキャリアの多様性
- 第71回 今どきの就活アドバイスが学生に与える影響
- 第70回 “人それぞれ”な就職活動
- 第69回 オンライン授業の出席率が高い理由
- 第68回「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」に学業「ガクチカ」も加えませんか
- 第67回 新卒採用の今昔~変わらないものを考える~
- 第66回 「わきまえた行動」を求めてしまう私たち
- 第65回 大学生活のオンライン化について思うこと
- 第64回 就活支援サービスの功罪
- 第63回 新しいコミュニケーションに適応していく若者
- 第62回 対面で映える学生、WEBで光る学生
- 第61回 新入社員の矛盾した2つの想い
- 第60回 面接で「第1志望です」と答える理由
- 第59回 「退職代行サービス」を利用する心理
- 第58回 SNSに晒されるというコミュニケーションリスク
- 第57回 「がんばる」ことが分からない
- 第56回 レイバーでない「働く」体験をインターンシップで!
- 第55回 子どもの気遣い・大人の気遣い
- 第54回 大学入学からはじめる家庭内キャリア教育
- 第53回 「知人」という弱い紐帯の重要性
- 第52回 将来の見通しの立て方
- 第51回 主体的に「自己表現しない」という選択
- 第50回 学生から社会人への移行が難しくなった理由
- 第49回 受け身の合理性
- 第48回 売り手市場における就活生の不安や悩み
- 第47回 学業で自己PRする難しさと質問内容
- 第46回 自分らしい社会人でいるために必要なこと
- 第45回 「自己分析」が好きになれない理由
- 第44回 無反応でも話しつづけられる学生
- 第43回 “コミュ力”と“トーク力”ばかりが重視される理由
- 第42回 「承認」することの効果
- 第41回 学生と一緒に「分かる」を「できる」に
- 第40回 努力は報われると考える理由
- 第39回 まだ見せていないポテンシャル
- 第38回 彼がマスクをする理由
- 第37回 クセと個性の違い
- 第36回 「好き」というエネルギー活用
- 第35回 今どき学生の出会い事情
- 第34回 様変わりしている就職活動/1990年 vs 2015年
- 第33回 売り手市場が学生に与えるマイナスの影響
- 第32回 日本の学生、アメリカの学生
- 第31回 「ジャンケン」と「多数決」の話し合い
- 第30回 学生の誤字に関するあれこれ
- 第29回 学生の「自己責任」論にみる実社会イメージ
- 第28回 成熟した”素直さ”
- 第27回 「分かり合えない」のが普通
- 第26回 就活における負のスパイラル
- 第25回 悩めない学生
- 第24回 困難を選択する困難さ
- 第23回 単語化するコミュニケーション
- 第22回 高大接続から考える学生気質
- 第21回 歴史が繰りかえす「大学生」という若者論争
- 第20回 結果とプロセス、どちらを重視?
- 第19回 「教えすぎる」「待てなさすぎる」という弊害
- 第18回 直木賞作品『何者』に見る学生コミュニケーション
- 第17回 リクルートスーツが「黒」で統一されている理由
- 第16回 “資格”にまつわる誤解
- 第15回 若者言葉にみる共感コミュニケーション
- 第14回 「3年で3割」という離職率をどう考える
- 第13回 学生から社会人への乗り越えかた
- 第12回 エントリーシートに見る今どきの学生事情
- 第11回 コミュニケーション能力を評価する難しさ
- 第10回 内定者の期待値調整
- 第9回 「大学生」という言葉のズレ
- 第8回 新米就活生の不安
- 第7回 学生から社会人への育て方
- 第6回 今どき学生の企業選び
- 第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
- 第4回 インターンシップのひずみ
- 第3回 不確実さを避ける学生
- 第2回 面接で泣く男子学生をどう思いますか?
- 第1回 「当たり前」のギャップ~大学生の消費者意識~
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キャリアコンサルタント 平野恵子
大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を
基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。
国家資格 キャリアコンサルタント