「最近の学生は従順で小粒揃い。若手人材としたらちょっと物足りない」。そんな言葉を、採用担当者から聞くことがあります。でも、本当にそうなのでしょうか。そう見えるように振る舞っているだけ…という学生も、実は多いのではないでしょうか。
そんなことを考えたのは、ある2人の就職活動について話を聞いたのがきっかけです。
その学生は、海外ボランティアに何度も参加していて、メンバーからの信頼も厚く、リーダーシップを発揮していた学生です。クリティカルな思考力があり、自分の主張もしっかり持った、目立つタイプの学生と言えます。彼から見れば、多くの学生が一様なスタイルで進めていく今の就職活動には、少なからず違和感があったはずです。それでも彼は、ごく一般的なルート(情報サイトにエントリーして、エントリーシート提出やWebテストを経て、リクルートスーツで面接を受ける)にのって、そこから外れないように、望まれる受け答えを意識しつつ、粛々と就職活動を進めていったそうです。
「疑問を感じながらも、レールから外れることが怖くて、レールに乗り続けていた」と、彼は自身の就職活動を表現していました。新卒でのキャリア選択という初めての体験では、決められたレールに乗る窮屈さよりも、そこから得られる安心感がまさったのでしょう。それは、レール外の選択をする生きにくさや、社会的不寛容さを、強く感じているとも言えます。実際以上に、マジョリティーから外れる不安と恐怖が、彼の言葉の端々から滲み出ていました。
もうひとりは、自ら企画したアクセサリーを販売したり、Webクリエーターとして活動している学生です。商品撮影やホームページ制作など、すべて自分で手がけていますが、デザインやプログラミングに関連した学科に在籍しているわけではありません。独学で必要な知識を身につけながら、周囲の人のアドバイスに耳を傾けつつ、できることを1つずつ増やしていったのです。
そんな彼は、Web系ベンチャー企業を中心に、自分なりのやり方で就職活動を進めていきました。途中まではとても順調でしたが、ある時期、スランプにおちいりました。最終面接でNGが連続したのです。このときのことを振り返った彼の言葉が印象的でした。「最終面接官が誰かで、結果はたいてい想像がついた。社長ならOK!その場で内定が出ることもあった。でも、部長クラスだと『起業した方がいいんじゃない』と言われて、NGばっかり続いた!」。
きっと、自分のやりたいことを好奇心のおもむくままに熱く語る彼を見て、社員としては使いにくいかも…と、警戒されてしまったのでしょう。彼は苦い経験を生かして、相手の役職や立場を考えつつ、発言をコントロールするテクニックを身につけていきました。
今の就職活動や選考プロセスを否定しているわけではありません。それぞれの状況下で、彼らはちゃんと「リスクを想定した意思決定」や「相手ニーズをふまえた発言」を学んでいます。これはこれで、実社会で仕事をするときに大切なスキルです。
ただ、若手人材が「従順で小粒」だと感じ、それに問題意識を持っているのであれば、「従順で小粒」ではない学生が興味を持ち、内定を得られるような新卒採用にする必要があるでしょう。
学生、特に就活生は“社会を映した鏡”だと思っています。彼らは、就職活動を通じて、自分たちに求められているものを敏感に嗅ぎとり、行動パターンを適応させようとします。内定学生は、自社の採用プロセスに最後まで適応することができた人材と言えるでしょう。
別の視点から見れば、いま内定している学生も、「従順で小粒」な人材ばかりとは限りません。リスクを回避していた学生や、相手ニーズに合わせてきた学生がいるはずです。これまでの選考や懇親会で見せていた姿は、彼らのごく一部にすぎません。まだまだ見せていないポテンシャルが、きっとあるはずです。
カタツムリは安全なところに身を置いてから、ゆっくりと姿を見せはじめます。そして、何かあればすぐに殻に隠れてしまいます。この時期の内定者は、まだカタツムリ並みに慎重です。共に時間を過ごし、信頼を得ることで、初めて見せはじめるポテンシャルがあるでしょう。それを入社までに引き出すのも、育成担当者の醍醐味かもしれません。
- 掲載日:2016/08/10
第39回 まだ見せていないポテンシャル
バックナンバー
- 第82回 「企業の思惑」に適応した「就活生の変化」
- 第81回 学生を社会人へと育成する専門職の必要性
- 第80回 “ガクチカ”と“ブラックインターン”の関係
- 第79回 就職活動が学生を成長させる理由
- 第78回 育成プロセスの見直しが必要だと考える理由
- 第77回 学生が求める“心地よい働き方”とは
- 第76回 指示的に「主体性」を育成するジレンマ
- 第75回 就職活動の受験化について考える
- 第74回 マスクを外すタイミングを考える
- 第73回 新入社員の大切な仕事
- 第72回 学生が望むキャリアの多様性
- 第71回 今どきの就活アドバイスが学生に与える影響
- 第70回 “人それぞれ”な就職活動
- 第69回 オンライン授業の出席率が高い理由
- 第68回「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」に学業「ガクチカ」も加えませんか
- 第67回 新卒採用の今昔~変わらないものを考える~
- 第66回 「わきまえた行動」を求めてしまう私たち
- 第65回 大学生活のオンライン化について思うこと
- 第64回 就活支援サービスの功罪
- 第63回 新しいコミュニケーションに適応していく若者
- 第62回 対面で映える学生、WEBで光る学生
- 第61回 新入社員の矛盾した2つの想い
- 第60回 面接で「第1志望です」と答える理由
- 第59回 「退職代行サービス」を利用する心理
- 第58回 SNSに晒されるというコミュニケーションリスク
- 第57回 「がんばる」ことが分からない
- 第56回 レイバーでない「働く」体験をインターンシップで!
- 第55回 子どもの気遣い・大人の気遣い
- 第54回 大学入学からはじめる家庭内キャリア教育
- 第53回 「知人」という弱い紐帯の重要性
- 第52回 将来の見通しの立て方
- 第51回 主体的に「自己表現しない」という選択
- 第50回 学生から社会人への移行が難しくなった理由
- 第49回 受け身の合理性
- 第48回 売り手市場における就活生の不安や悩み
- 第47回 学業で自己PRする難しさと質問内容
- 第46回 自分らしい社会人でいるために必要なこと
- 第45回 「自己分析」が好きになれない理由
- 第44回 無反応でも話しつづけられる学生
- 第43回 “コミュ力”と“トーク力”ばかりが重視される理由
- 第42回 「承認」することの効果
- 第41回 学生と一緒に「分かる」を「できる」に
- 第40回 努力は報われると考える理由
- 第39回 まだ見せていないポテンシャル
- 第38回 彼がマスクをする理由
- 第37回 クセと個性の違い
- 第36回 「好き」というエネルギー活用
- 第35回 今どき学生の出会い事情
- 第34回 様変わりしている就職活動/1990年 vs 2015年
- 第33回 売り手市場が学生に与えるマイナスの影響
- 第32回 日本の学生、アメリカの学生
- 第31回 「ジャンケン」と「多数決」の話し合い
- 第30回 学生の誤字に関するあれこれ
- 第29回 学生の「自己責任」論にみる実社会イメージ
- 第28回 成熟した”素直さ”
- 第27回 「分かり合えない」のが普通
- 第26回 就活における負のスパイラル
- 第25回 悩めない学生
- 第24回 困難を選択する困難さ
- 第23回 単語化するコミュニケーション
- 第22回 高大接続から考える学生気質
- 第21回 歴史が繰りかえす「大学生」という若者論争
- 第20回 結果とプロセス、どちらを重視?
- 第19回 「教えすぎる」「待てなさすぎる」という弊害
- 第18回 直木賞作品『何者』に見る学生コミュニケーション
- 第17回 リクルートスーツが「黒」で統一されている理由
- 第16回 “資格”にまつわる誤解
- 第15回 若者言葉にみる共感コミュニケーション
- 第14回 「3年で3割」という離職率をどう考える
- 第13回 学生から社会人への乗り越えかた
- 第12回 エントリーシートに見る今どきの学生事情
- 第11回 コミュニケーション能力を評価する難しさ
- 第10回 内定者の期待値調整
- 第9回 「大学生」という言葉のズレ
- 第8回 新米就活生の不安
- 第7回 学生から社会人への育て方
- 第6回 今どき学生の企業選び
- 第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
- 第4回 インターンシップのひずみ
- 第3回 不確実さを避ける学生
- 第2回 面接で泣く男子学生をどう思いますか?
- 第1回 「当たり前」のギャップ~大学生の消費者意識~
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キャリアコンサルタント 平野恵子
大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を
基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。
国家資格 キャリアコンサルタント