入梅をむかえて、しっとりとした空気を感じるようになりました。この時期になれば、さすがに黄砂やPM2.5、インフルエンザもなりを潜め、マスクをしている人も少なくなります。そんな中、ちょっと変わった質問を男子学生から受けました。
「面接のときにマスクをしていたらマズイですか?」。意外なその質問に、意図を理解しかねて、思わず逆質問をしてみました。「なぜマスクの心配をするの?風邪をひいているの?」。すると、そうではないと言います。マスクをして面接に臨みたいが、それがマナー違反にならないかを知りたいとのこと。しかし、マスクをして面接を受けたい理由が、私には全く分かりません。
みなさんは、マスクをする理由として、どんなことを思い浮かべますか。まずは“風邪を引いたとき、周囲への感染を防ぐため”でしょう。インフルエンザが流行している時期ならば“罹患するのを防止するため”にマスクをする人もいます。しかし最近は、全く異なる目的でマスクをする人が増えているそうです。「伊達マスク」と呼ばれています。
主な使用目的としては…
- 掲載日:2016/06/13
第38回 彼がマスクをする理由
- UV対策や防寒として
- スッピンを隠すため
- 鼻や口などのコンプレックスを隠すため
- 小顔効果
などです。
冒頭の質問をしたのは男子学生なので、美容目的とはあまり考えられません(近頃はそうとも言いきれませんが・・・苦笑)。かといって、風邪を心配しているわけでもない…。では、なぜ彼はマスクをしたいのか。その理由を聞いてちょっと驚きました。
「表情を隠したいから」。それが面接でマスクをしたい理由です。彼曰く、“いつもより物怖じせずに話ができる”“無理にニコニコとした表情を作る必要がない”“機嫌の良し悪しをごまかしやすい”などの効果(?)があるそうです。
調べてみると(※)、同じような理由で伊達マスクをする人は少なくないようです。コミュニケーションの面倒くささや不安を緩和するためのマスク。そんな理由があったのか~と妙に感心するとともに、同様の理由で多くの人が伊達マスクをしている事実に驚きました。
質問してきた彼が、対人関係に苦手意識がありそうな学生だったら、それはそれで「なるほど~」と納得していたかもしれません。でも、目の前にいる彼は、マスクはしているものの、とても感じの良い学生なのです。問題なく面接コミュニケーションができそうなのに…なぜ?という私の疑問に、彼はこう答えました。「マスクをしているときの方が、リラックスして本来の自分が出せる」「友達からも、マスクをしているときの方が感じが良いと言われる」。
「じゃー、マスクを取ったらどうなるの?」と聞いたところ、「ちゃんとしなきゃって思うから、今よりも無表情で、しゃべり方も堅くなってしまう」という返事が返ってきました。マスクをしていない自分には自信が持てない。マスクをしていると守られている安心感がある。そうも言っていました。
対人関係に強い恐怖があるわけではないが、何か漠然とした不安があるので、自分の身を守るものがほしい。つまり、彼にとってマスクは防具であり、鎧であり、盾なのでしょう。そう言われれば、数年前から季節に関係なく、常にマスクをしている学生が目につくようになりました。彼らも同じ理由でマスクをしているのかもしれません。
コミュニケーションにおいて表情は重要ですから、伊達マスクであれば取ってほしいのですが、どうすれば外してくれるのでしょうか。『北風と太陽』の寓話ではありませんが、北風よりも太陽の方が効果的のはずです。自分を取り巻く人々や社会が、おおらかで寛容的であれば、彼らのマスクは自然と外れていくように思います。
しかし、昨今の社会を見れば、声高に他者を非難したり、ディスったり、ヘイトしたり…。ギスギスとした空気を感じることが多くなりました。これでは、伊達マスクが増えこそすれ減ることはないでしょう。周囲にいる人たちと笑顔であいさつをかわし合い、日々を穏やかに過ごす。そんなシンプルな生活が難しくなりつつあるように思えてなりません。
バックナンバー
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- 第81回 学生を社会人へと育成する専門職の必要性
- 第80回 “ガクチカ”と“ブラックインターン”の関係
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- 第54回 大学入学からはじめる家庭内キャリア教育
- 第53回 「知人」という弱い紐帯の重要性
- 第52回 将来の見通しの立て方
- 第51回 主体的に「自己表現しない」という選択
- 第50回 学生から社会人への移行が難しくなった理由
- 第49回 受け身の合理性
- 第48回 売り手市場における就活生の不安や悩み
- 第47回 学業で自己PRする難しさと質問内容
- 第46回 自分らしい社会人でいるために必要なこと
- 第45回 「自己分析」が好きになれない理由
- 第44回 無反応でも話しつづけられる学生
- 第43回 “コミュ力”と“トーク力”ばかりが重視される理由
- 第42回 「承認」することの効果
- 第41回 学生と一緒に「分かる」を「できる」に
- 第40回 努力は報われると考える理由
- 第39回 まだ見せていないポテンシャル
- 第38回 彼がマスクをする理由
- 第37回 クセと個性の違い
- 第36回 「好き」というエネルギー活用
- 第35回 今どき学生の出会い事情
- 第34回 様変わりしている就職活動/1990年 vs 2015年
- 第33回 売り手市場が学生に与えるマイナスの影響
- 第32回 日本の学生、アメリカの学生
- 第31回 「ジャンケン」と「多数決」の話し合い
- 第30回 学生の誤字に関するあれこれ
- 第29回 学生の「自己責任」論にみる実社会イメージ
- 第28回 成熟した”素直さ”
- 第27回 「分かり合えない」のが普通
- 第26回 就活における負のスパイラル
- 第25回 悩めない学生
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- 第23回 単語化するコミュニケーション
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- 第17回 リクルートスーツが「黒」で統一されている理由
- 第16回 “資格”にまつわる誤解
- 第15回 若者言葉にみる共感コミュニケーション
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- 第13回 学生から社会人への乗り越えかた
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- 第11回 コミュニケーション能力を評価する難しさ
- 第10回 内定者の期待値調整
- 第9回 「大学生」という言葉のズレ
- 第8回 新米就活生の不安
- 第7回 学生から社会人への育て方
- 第6回 今どき学生の企業選び
- 第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
- 第4回 インターンシップのひずみ
- 第3回 不確実さを避ける学生
- 第2回 面接で泣く男子学生をどう思いますか?
- 第1回 「当たり前」のギャップ~大学生の消費者意識~
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キャリアコンサルタント 平野恵子
大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を
基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。
国家資格 キャリアコンサルタント