数年前から大学1年生向けのキャリア科目を担当しています。高校よりも自由度が高い大学で、多様な人との出会いやチャレンジングな経験を楽しんでもらいたい。そんな想いで、基本的なソーシャルスキルのトレーニングを、グループワーク中心に実施しています。
すでに面識のある友達同士でワークを行なっても、トレーニング効果はあまり期待できません。知らない人とチームを組んでもらうことが、ワーク実施時の肝となります。しかし、これが本当に難しいことなのです。
教室に一緒に入ってくる友達同士に、「別々に座ってね」と声をかけるぐらいでは、彼らは決して離れません。N極とS極の磁力が作用しているのではないかと思うぐらい、離れずピッタリ寄り添って移動します。社会人セミナーなら、「イヤだな~」と心の中では思いつつも、それなりに対応してくれることが多いのですが、学生は違います。ハッキリと、他グループとの交流を避けようとします。自らの友達と離れて、他グループのメンバーと交流するのは、彼らの世界ではマナー違反となるのでしょう。
コクーン(繭)のようなコミュニティーを壊して、単独で行動してもらうにはどうすれば良いか。様々な試行錯誤を繰り返していくなかで、完全座席指定を行うことに落ち着いていきました。いきなりでは驚かせてしまうだろうと、予め予告をして心構えを促します。しかし、実施前から「初対面の人とのワークなんて絶対ムリ」「自分のような極度の人見知りにも配慮すべきだ」といったコメントが複数寄せられたりします。
- 掲載日:2015/12/15
第35回 今どき学生の出会い事情
彼らの不安は分かっていましたから、どんな雰囲気になるのか、私もドキドキです。で、実施してみてビックリしました。スタート時の私語一切なし!スマホいじりもほぼなし!今までとは全く違った静寂かつ緊張した雰囲気に、こちらの方がやりにくさを感じるほどでした。
周囲にいるのは見知らぬ人ばかり。今まで経験したことのない環境によって、(程度の差こそあれ)全員が緊張しています。それでも、アイスブレイクなどで、徐々に雰囲気がほぐれ、口数が増え、表情も和らいでいきます。あいさつ1つ、笑顔1つで互いの関係が変わっていくことが肌で感じられるのです。不安でいっぱいだったスタート時を思い出し、自分の変化に自身がもっとも驚く学生もいます。
座席を強制するなんて、彼らの主体性を阻害するようで気が引ける…。最初はそう思っていました。しかし、既存のコミュニティーを一度強制的に壊すことで、より変化を引き出せているような気がしています。
2~3回に1度は新しい座席にして、初対面同士のワークを何度も繰りかえす。このスタイルが定着して、1~2年が過ぎた頃でしょうか。少し変化が起きてきました。座席指定を告知しても、苦情があまり出なくなったのです。「ものすごく怖いだけど頑張る!」「不安しかないがやってみようと思う」。そんなコメントが増えてきました。
先輩から聞いて、座席指定のことを知ったうえで参加する学生も出はじめていたので、心構えができてきたのかな~と、うれしく思っていたのです。しかし、それだけではないことを最近知りました。
「ここは出会いの場だから~」。女子学生との雑談のなかで、この言葉を聞いたときは、おもわず「えっ!」と聞き返してしまいました。詳しく聞けば、同性同士の友達作りもあるけど、異性との出会いの場として意識している学生が少なくないとのこと。完全座席指定が、彼らの『出会いの場』として機能しているとは…。驚きを覚えつつも、ワークをポジティブに受け止める学生が増えてきたことに合点がいったのです。
どうりで、気合いの入ったファッションをしてくる学生が多いわけだ。どうりで、授業前にトイレにいく学生が多いわけだ(女子学生曰く、化粧直しや髪型を整えているそうです)。なるほどなるほど~、言われてみれば納得です(笑)。
でも、こんな副次的効果があるとは思いもよりませんでした。もしかしたら、自分が設計した以上に、充実したキャンパスライフのお手伝いができているのかもしれません。あくまで、裏カリキュラムとしてですが…。
見方を変えれば、完全座席指定が「出会いの場」として機能してしまうぐらい、見知らぬ他者と会話が少ないんだな~と思い至ります。また、殻を破る最初の一歩が大変だからこそ“人見知り”と評しているだけで、心の底では、自分の殻を破りたい、多様な出会いをしてみたい、と思っている学生が多いことにも気付きます。
出会い場の提供によって、ワーク設計の出来とは関係なく、学生から支持されている。自然発生的な思いもよらない副次的効果を知って、何だか愉快な思いがしました。
バックナンバー
- 第82回 「企業の思惑」に適応した「就活生の変化」
- 第81回 学生を社会人へと育成する専門職の必要性
- 第80回 “ガクチカ”と“ブラックインターン”の関係
- 第79回 就職活動が学生を成長させる理由
- 第78回 育成プロセスの見直しが必要だと考える理由
- 第77回 学生が求める“心地よい働き方”とは
- 第76回 指示的に「主体性」を育成するジレンマ
- 第75回 就職活動の受験化について考える
- 第74回 マスクを外すタイミングを考える
- 第73回 新入社員の大切な仕事
- 第72回 学生が望むキャリアの多様性
- 第71回 今どきの就活アドバイスが学生に与える影響
- 第70回 “人それぞれ”な就職活動
- 第69回 オンライン授業の出席率が高い理由
- 第68回「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」に学業「ガクチカ」も加えませんか
- 第67回 新卒採用の今昔~変わらないものを考える~
- 第66回 「わきまえた行動」を求めてしまう私たち
- 第65回 大学生活のオンライン化について思うこと
- 第64回 就活支援サービスの功罪
- 第63回 新しいコミュニケーションに適応していく若者
- 第62回 対面で映える学生、WEBで光る学生
- 第61回 新入社員の矛盾した2つの想い
- 第60回 面接で「第1志望です」と答える理由
- 第59回 「退職代行サービス」を利用する心理
- 第58回 SNSに晒されるというコミュニケーションリスク
- 第57回 「がんばる」ことが分からない
- 第56回 レイバーでない「働く」体験をインターンシップで!
- 第55回 子どもの気遣い・大人の気遣い
- 第54回 大学入学からはじめる家庭内キャリア教育
- 第53回 「知人」という弱い紐帯の重要性
- 第52回 将来の見通しの立て方
- 第51回 主体的に「自己表現しない」という選択
- 第50回 学生から社会人への移行が難しくなった理由
- 第49回 受け身の合理性
- 第48回 売り手市場における就活生の不安や悩み
- 第47回 学業で自己PRする難しさと質問内容
- 第46回 自分らしい社会人でいるために必要なこと
- 第45回 「自己分析」が好きになれない理由
- 第44回 無反応でも話しつづけられる学生
- 第43回 “コミュ力”と“トーク力”ばかりが重視される理由
- 第42回 「承認」することの効果
- 第41回 学生と一緒に「分かる」を「できる」に
- 第40回 努力は報われると考える理由
- 第39回 まだ見せていないポテンシャル
- 第38回 彼がマスクをする理由
- 第37回 クセと個性の違い
- 第36回 「好き」というエネルギー活用
- 第35回 今どき学生の出会い事情
- 第34回 様変わりしている就職活動/1990年 vs 2015年
- 第33回 売り手市場が学生に与えるマイナスの影響
- 第32回 日本の学生、アメリカの学生
- 第31回 「ジャンケン」と「多数決」の話し合い
- 第30回 学生の誤字に関するあれこれ
- 第29回 学生の「自己責任」論にみる実社会イメージ
- 第28回 成熟した”素直さ”
- 第27回 「分かり合えない」のが普通
- 第26回 就活における負のスパイラル
- 第25回 悩めない学生
- 第24回 困難を選択する困難さ
- 第23回 単語化するコミュニケーション
- 第22回 高大接続から考える学生気質
- 第21回 歴史が繰りかえす「大学生」という若者論争
- 第20回 結果とプロセス、どちらを重視?
- 第19回 「教えすぎる」「待てなさすぎる」という弊害
- 第18回 直木賞作品『何者』に見る学生コミュニケーション
- 第17回 リクルートスーツが「黒」で統一されている理由
- 第16回 “資格”にまつわる誤解
- 第15回 若者言葉にみる共感コミュニケーション
- 第14回 「3年で3割」という離職率をどう考える
- 第13回 学生から社会人への乗り越えかた
- 第12回 エントリーシートに見る今どきの学生事情
- 第11回 コミュニケーション能力を評価する難しさ
- 第10回 内定者の期待値調整
- 第9回 「大学生」という言葉のズレ
- 第8回 新米就活生の不安
- 第7回 学生から社会人への育て方
- 第6回 今どき学生の企業選び
- 第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
- 第4回 インターンシップのひずみ
- 第3回 不確実さを避ける学生
- 第2回 面接で泣く男子学生をどう思いますか?
- 第1回 「当たり前」のギャップ~大学生の消費者意識~
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キャリアコンサルタント 平野恵子
大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を
基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。
国家資格 キャリアコンサルタント