今年の新卒採用は、スケジュールが大幅に変わったことで、何かと物議を醸しています。結果の検証もそこそこに、すでに「指針」変更の議論が始まるほどの混乱だったのでしょう。
新卒採用の話題になると、よく耳にするのが「俺(私)の頃は○○だった」というフレーズです。私は勝手に“オレの頃は論争”と名付けていますが(笑)、「指針」の8月選考開始というのも、意外と“オレの頃は論争”が影響しているように思います。
いま要職に就いている方の年代なら、(微妙な違いはありますが)概ね8月~10月頃が就職活動のピークだったはずです。「オレの頃は10月だった」「8月選考開始でも問題ないはず」。そんな風に意見がまとまったのでは…と、密かに想像してしまいます。
しかし、就職活動は大きく様変わりしました。同じ“就職活動”と呼んでいる行為でも、年代によって全く違うものをイメージしていると言ってよいでしょう。その差異を踏まえた上で議論しないと、また同様の混乱が生じかねません。
今回は、様々な問題が露呈した2015年と、四半世紀前の1990年…まだ日本的経営がギリギリ残っていた時代の就活を比べてみようと思います。
この四半世紀における就職活動のパラダイムシフトには、次の3つが大きな影響を与えたと考えています。
- 掲載日:2015/10/09
第34回 様変わりしている就職活動/1990年 vs 2015年
- 大学生の大衆化・多様化
- 情報サイトの登場
- キャリア選択の拡大と不安

■大学生の大衆化、多様化
18歳人口は、この四半世紀で約4割減りました。それを補うように進学率が上がり、大卒と呼ばれる若者は40万人から56万人に増えました(1.4倍)。この背景には、大学の増加があります。1991年以降の自由化(大綱化)によって大学数は1.5倍となり、今や受験者集めに腐心するほどです。また、学士の種類は29種から約700種と爆発的に増えました。
学生が就職先を探すとき、まずは自らの専門性を活かそうと考えます。「即戦力でなければ就職できないはず。大学で学んだ専門性を活かした職業でなければ就職は困難だろう」と考える傾向があるのです。この誤解(学部学科はあまり影響しない)は、就職活動を通じて徐々に解けていきますが、それには一定の経験を要します。
学力に大きな隔たりがあり、気質やメンタルの成熟度にも違いのある若者が、同じ大学生という肩書きを名乗り、同じ採用市場に参加していきます。同時に、約700種ある自分の専門分野を活かしたいと考えるのです。これだけバリエーションに富んだ若者とのマッチングは、容易なことではありません。
■インターネットの登場
就職活動を劇的に変えたのが、インターネットによる情報サイトの登場です。一枚一枚ハガキを書くという牧歌的な行為は消え、クリック一つでいくらでもエントリーが可能になりました。閲覧可能な求人も、自宅に届く就職情報誌なら数千社程度ですが、現在では主要情報サイトの掲載だけでも約3~4万件あります。
情報サイトには様々な検索機能がありますが、新卒ではスペックといった明確な要件が設けにくいため、有効な絞り込みは意外と困難です。膨大な選択肢を前に、ポテンシャルや相性といった昔と変わらない選考基準が適用されていると考えると、労力の大きさが想像できます。
また、ネットにより増大した応募学生を効率的に選考するため、新しい手法が開発されました。エントリーシートやWeb筆記テスト、グループディスカッションなどです。学生は、情報サイトの使い方をマスターし、スケジュールやプロセスを理解した上で、これらの選考対策を講じる必要が生じました。今や事前準備は必須と言えるでしょう。
■キャリア選択の拡大と不安
1990年の職種別就職者数(学校基本調査)を見ると、「事務従事者」と「専門的・技術的職業」を合わせた割合は78.1%でした。2015年では63.7%まで減っています。一方で、「販売従事者」は18.4%から25.1%に増えました。文系学生で言えば、販売・接客などを中心に、幅広い仕事に就いているのが実情でしょう。大卒=ホワイトカラーは昔の話で、就職先として考えられる職種は多様化しています。
産業別では、サービス業と小売り・飲食業が増えています。しかし、最初からこの分野を希望している学生が多いとは言えません。採用ニーズと学生の志望にはズレがあるのです。それなりの時間をかけて現実と向き合い、それぞれに落ち着きどころを見いだしていく。この“落ち着きどころ”に辿りつく過程が大変なのです。
できれば安定している企業がいいな。大手企業に入れれば入りたいけど、実力主義でもやっていけるように、適性のある仕事に就かないと。やりがいを感じられる仕事なら中小企業も悪くないけど、ブラックは怖いし、ある程度福利厚生が整っていないと長く働けないよな。そもそも、自分と相性の良い会社ってどこなの?エントリーシートが通過しないのは書き方の問題?相性の問題?グループディスカッション選考って何を見ているのか全然分からない!こんなに結果が出ないって、社会人としての適性が低いの?…でも、就職しなきゃマズイよな~。
シビアさが透けて見える実社会の手前で、漠然とした不安を感じつつも、自分の居場所を見つけようと必死で現実と格闘していきます。そして手探りで“落としどころ”を探っていくのです。
この四半世紀、学生も大学も企業も職種も…それぞれに多様化し、選考手法は複雑化していきました。大学生になれば、卒業後の選択肢(キャリア)が何となく見えていた時代とはまるで違います。とてもオレの頃は…で片付く話ではありません。この現実を踏まえた議論をしてほしい。心からそう願っています。
バックナンバー
- 第82回 「企業の思惑」に適応した「就活生の変化」
- 第81回 学生を社会人へと育成する専門職の必要性
- 第80回 “ガクチカ”と“ブラックインターン”の関係
- 第79回 就職活動が学生を成長させる理由
- 第78回 育成プロセスの見直しが必要だと考える理由
- 第77回 学生が求める“心地よい働き方”とは
- 第76回 指示的に「主体性」を育成するジレンマ
- 第75回 就職活動の受験化について考える
- 第74回 マスクを外すタイミングを考える
- 第73回 新入社員の大切な仕事
- 第72回 学生が望むキャリアの多様性
- 第71回 今どきの就活アドバイスが学生に与える影響
- 第70回 “人それぞれ”な就職活動
- 第69回 オンライン授業の出席率が高い理由
- 第68回「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」に学業「ガクチカ」も加えませんか
- 第67回 新卒採用の今昔~変わらないものを考える~
- 第66回 「わきまえた行動」を求めてしまう私たち
- 第65回 大学生活のオンライン化について思うこと
- 第64回 就活支援サービスの功罪
- 第63回 新しいコミュニケーションに適応していく若者
- 第62回 対面で映える学生、WEBで光る学生
- 第61回 新入社員の矛盾した2つの想い
- 第60回 面接で「第1志望です」と答える理由
- 第59回 「退職代行サービス」を利用する心理
- 第58回 SNSに晒されるというコミュニケーションリスク
- 第57回 「がんばる」ことが分からない
- 第56回 レイバーでない「働く」体験をインターンシップで!
- 第55回 子どもの気遣い・大人の気遣い
- 第54回 大学入学からはじめる家庭内キャリア教育
- 第53回 「知人」という弱い紐帯の重要性
- 第52回 将来の見通しの立て方
- 第51回 主体的に「自己表現しない」という選択
- 第50回 学生から社会人への移行が難しくなった理由
- 第49回 受け身の合理性
- 第48回 売り手市場における就活生の不安や悩み
- 第47回 学業で自己PRする難しさと質問内容
- 第46回 自分らしい社会人でいるために必要なこと
- 第45回 「自己分析」が好きになれない理由
- 第44回 無反応でも話しつづけられる学生
- 第43回 “コミュ力”と“トーク力”ばかりが重視される理由
- 第42回 「承認」することの効果
- 第41回 学生と一緒に「分かる」を「できる」に
- 第40回 努力は報われると考える理由
- 第39回 まだ見せていないポテンシャル
- 第38回 彼がマスクをする理由
- 第37回 クセと個性の違い
- 第36回 「好き」というエネルギー活用
- 第35回 今どき学生の出会い事情
- 第34回 様変わりしている就職活動/1990年 vs 2015年
- 第33回 売り手市場が学生に与えるマイナスの影響
- 第32回 日本の学生、アメリカの学生
- 第31回 「ジャンケン」と「多数決」の話し合い
- 第30回 学生の誤字に関するあれこれ
- 第29回 学生の「自己責任」論にみる実社会イメージ
- 第28回 成熟した”素直さ”
- 第27回 「分かり合えない」のが普通
- 第26回 就活における負のスパイラル
- 第25回 悩めない学生
- 第24回 困難を選択する困難さ
- 第23回 単語化するコミュニケーション
- 第22回 高大接続から考える学生気質
- 第21回 歴史が繰りかえす「大学生」という若者論争
- 第20回 結果とプロセス、どちらを重視?
- 第19回 「教えすぎる」「待てなさすぎる」という弊害
- 第18回 直木賞作品『何者』に見る学生コミュニケーション
- 第17回 リクルートスーツが「黒」で統一されている理由
- 第16回 “資格”にまつわる誤解
- 第15回 若者言葉にみる共感コミュニケーション
- 第14回 「3年で3割」という離職率をどう考える
- 第13回 学生から社会人への乗り越えかた
- 第12回 エントリーシートに見る今どきの学生事情
- 第11回 コミュニケーション能力を評価する難しさ
- 第10回 内定者の期待値調整
- 第9回 「大学生」という言葉のズレ
- 第8回 新米就活生の不安
- 第7回 学生から社会人への育て方
- 第6回 今どき学生の企業選び
- 第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
- 第4回 インターンシップのひずみ
- 第3回 不確実さを避ける学生
- 第2回 面接で泣く男子学生をどう思いますか?
- 第1回 「当たり前」のギャップ~大学生の消費者意識~
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キャリアコンサルタント 平野恵子
大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を
基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。
国家資格 キャリアコンサルタント