16卒の新卒採用は、明らかな売り手市場となっています。それに疑問を呈するようなタイトルですが、そうではありません。
仕事経験がなく、実績も自信もない学生にとって、就職活動はそもそもハードな活動です。“学生と企業が互いにフェアーな立場で選び合う活動”とは言っても、学生個人と組織とでは、持っているリソース(ヒト、モノ、カネ、情報、経験…など)が比較になりません。学生優位ぐらいで丁度いい…と言ったら、苦労されている採用担当者に怒られてしまいそうですが、学生のためにも、この売り手市場が続くことを願っています。
一方で、売り手市場が学生に与えるマイナスの影響も実感しています。今年の就活生の動向をもとに、気になる傾向をまとめてみました。
- 掲載日:2015/08/11
第33回 売り手市場が学生に与えるマイナスの影響
■決断することからの逃避
売り手市場と選考期間の長期化で、複数内定を得ている学生が目立ちます。入社する企業をいくつかの選択肢の中から選べるわけですから、学生の満足度はさぞ高いだろうと思うかもしれません。確かに満足している学生も多いのですが、全く逆の現象も起きています。
「それぞれに魅力があって1社に決められない」「どの企業が自分に合っているのかが判断できない」。売り手市場が、学生コメントにあるような新たなストレスを発生させています。重複内定ブルーとでも呼べばよいでしょうか。贅沢な悩みのように聞こえますが、この種の悩みは意外と深刻なのです。
将来への選択は“判断”ではなく“決断”でしょう。入社する1社を決めることは、ほかの可能性を捨てることにもなります。決めようとした途端に、他の企業がよく見えてしまう。決めた後も、他の企業が気になり続けてしまう。大きな決断には胆力を要します。同時に、いくばくかの葛藤は残り続けます。“選択肢が増えると満足度は下がる”という、B.シュワルツの選択のパラドックスをリアルタイムで見ているようです。
決断することから逃げるように、内定辞退の連絡をズルズルと先延ばしにしている。内定者懇親会に参加しているものの、実はまだ覚悟を決められずにいる。そんな仮面内定者が増えそうです。
■早期離職の可能性
多くの企業が熱心にアプローチするターゲット大学というものが存在します。その中でも、“超”がつくような有名大学に通う就活生の一部に、セレブ化現象が見られます。
リクルーターに食事をおごってもらったり、対象者限定のセミナーが高級ホテルで行われたり、なかには「豪華食事会」というストレートな名称の懇親会が実施されたり…。まるでバブル期を彷彿とさせるような学生接待が、今年は目に付きました。
対象学生にとってはラッキーなことかもしれませんが、マイナスの影響も出はじめています。
「2月ごろ相談にのったときは謙虚な好青年という印象だったのに、最近会ったら“オレ様”ムード満載の学生に様変わりしていてビックリしちゃった」。キャリアカウンセラーの友人の言葉です。すでに内定は5社持っていて、辞退についての相談だったのですが、「自分が入社するに相応しい会社はどこか?」といった上目線な相談の数々に、おもわず「何様?」と思ってしまったそうです。
入社を決意してもらうまではお客さま。そう明言する採用担当者がいました。然るべき時期になれば、社員としてしか扱われません。セレブ就活生から組織の中の新人(つまり一番下っ端)へ急降下です。セレブ扱いで勘違いしてしまった学生に、このギャップは大きいかもしれません。「自分を活かせるのはここじゃない」などと、そうそうに離職を考えてしまいそうです。
今年の学生コメントで目立つのが、「やりたいことができる会社」というフレーズです。就職環境が改善したことで、マズローの欲求5段階説でいうなら、最高次欲求の『自己実現』を求める学生が増えたのでしょう。
しかし、(当たり前のことですが)自分のやりたいことそのものが組織の中にあるわけではありません。内定者として考えていた“やりたいこと”は一旦保留にして、まずは組織内にある様々な仕事を理解する必要があるでしょう。その上で、保留中の“やりたいこと”を検証して、組織に適合するように再構築する必要があります。
恵まれた就職環境で期待値がMAXまで高まっている学生に、この面倒くさいプロセスを受け入れてもらうのは容易なことではないでしょう。もっとショートカットした方法、自分の“やりたいこと”をやらせてくれる会社を探すことを選びそうです。
いつまでも理想を追い求め、現実と向き合おうとしない若者を、“青い鳥症候群”と表現することがあります。流行ったのは一昔前ですが、改めてこの言葉が思い出されます。
昨今の学生は二極化傾向が強いので、全ての学生が売り手市場の恩恵に浴しているわけではありません。しかし、恵まれた環境が「働く覚悟」を阻害する側面はあるように感じます。採用から育成へ移行する時期が近づいています。学生も企業も、ここからが正念場と言えるでしょう。
バックナンバー
- 第82回 「企業の思惑」に適応した「就活生の変化」
- 第81回 学生を社会人へと育成する専門職の必要性
- 第80回 “ガクチカ”と“ブラックインターン”の関係
- 第79回 就職活動が学生を成長させる理由
- 第78回 育成プロセスの見直しが必要だと考える理由
- 第77回 学生が求める“心地よい働き方”とは
- 第76回 指示的に「主体性」を育成するジレンマ
- 第75回 就職活動の受験化について考える
- 第74回 マスクを外すタイミングを考える
- 第73回 新入社員の大切な仕事
- 第72回 学生が望むキャリアの多様性
- 第71回 今どきの就活アドバイスが学生に与える影響
- 第70回 “人それぞれ”な就職活動
- 第69回 オンライン授業の出席率が高い理由
- 第68回「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」に学業「ガクチカ」も加えませんか
- 第67回 新卒採用の今昔~変わらないものを考える~
- 第66回 「わきまえた行動」を求めてしまう私たち
- 第65回 大学生活のオンライン化について思うこと
- 第64回 就活支援サービスの功罪
- 第63回 新しいコミュニケーションに適応していく若者
- 第62回 対面で映える学生、WEBで光る学生
- 第61回 新入社員の矛盾した2つの想い
- 第60回 面接で「第1志望です」と答える理由
- 第59回 「退職代行サービス」を利用する心理
- 第58回 SNSに晒されるというコミュニケーションリスク
- 第57回 「がんばる」ことが分からない
- 第56回 レイバーでない「働く」体験をインターンシップで!
- 第55回 子どもの気遣い・大人の気遣い
- 第54回 大学入学からはじめる家庭内キャリア教育
- 第53回 「知人」という弱い紐帯の重要性
- 第52回 将来の見通しの立て方
- 第51回 主体的に「自己表現しない」という選択
- 第50回 学生から社会人への移行が難しくなった理由
- 第49回 受け身の合理性
- 第48回 売り手市場における就活生の不安や悩み
- 第47回 学業で自己PRする難しさと質問内容
- 第46回 自分らしい社会人でいるために必要なこと
- 第45回 「自己分析」が好きになれない理由
- 第44回 無反応でも話しつづけられる学生
- 第43回 “コミュ力”と“トーク力”ばかりが重視される理由
- 第42回 「承認」することの効果
- 第41回 学生と一緒に「分かる」を「できる」に
- 第40回 努力は報われると考える理由
- 第39回 まだ見せていないポテンシャル
- 第38回 彼がマスクをする理由
- 第37回 クセと個性の違い
- 第36回 「好き」というエネルギー活用
- 第35回 今どき学生の出会い事情
- 第34回 様変わりしている就職活動/1990年 vs 2015年
- 第33回 売り手市場が学生に与えるマイナスの影響
- 第32回 日本の学生、アメリカの学生
- 第31回 「ジャンケン」と「多数決」の話し合い
- 第30回 学生の誤字に関するあれこれ
- 第29回 学生の「自己責任」論にみる実社会イメージ
- 第28回 成熟した”素直さ”
- 第27回 「分かり合えない」のが普通
- 第26回 就活における負のスパイラル
- 第25回 悩めない学生
- 第24回 困難を選択する困難さ
- 第23回 単語化するコミュニケーション
- 第22回 高大接続から考える学生気質
- 第21回 歴史が繰りかえす「大学生」という若者論争
- 第20回 結果とプロセス、どちらを重視?
- 第19回 「教えすぎる」「待てなさすぎる」という弊害
- 第18回 直木賞作品『何者』に見る学生コミュニケーション
- 第17回 リクルートスーツが「黒」で統一されている理由
- 第16回 “資格”にまつわる誤解
- 第15回 若者言葉にみる共感コミュニケーション
- 第14回 「3年で3割」という離職率をどう考える
- 第13回 学生から社会人への乗り越えかた
- 第12回 エントリーシートに見る今どきの学生事情
- 第11回 コミュニケーション能力を評価する難しさ
- 第10回 内定者の期待値調整
- 第9回 「大学生」という言葉のズレ
- 第8回 新米就活生の不安
- 第7回 学生から社会人への育て方
- 第6回 今どき学生の企業選び
- 第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
- 第4回 インターンシップのひずみ
- 第3回 不確実さを避ける学生
- 第2回 面接で泣く男子学生をどう思いますか?
- 第1回 「当たり前」のギャップ~大学生の消費者意識~
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キャリアコンサルタント 平野恵子
大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を
基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。
国家資格 キャリアコンサルタント