第29回 学生の「自己責任」論にみる実社会イメージ

 先日、学生との雑談で気になった言葉がありました。「自己責任」という言葉です。二十歳前後の(まだ社会的責任がとれない)学生がこの言葉を使うことに、まず違和感があったのですが、それ以上に、この言葉を使うシチュエーションが私の気持ちをざわつかせました。

 今回は、そんなエピソードをもとに、学生が抱く“実社会”イメージの一端を考えてみたいと思います。多様な学生気質の1つとしてお受け取りいただければ幸いです。

 経済学部の大学3年生(仮にA君とします)は、1週間後に迫ったゼミ発表の準備が進まないことにイラついていました。ゼミ発表はチーム制です。発表範囲をいくつかのパートに分け、担当を決め、最終的なプレゼン資料を作成するという手順で進めていました。しかし、メンバーの1人の準備が大幅に遅れ、予定通りに進んでいないことに不満をこぼしていたのです。

 準備が遅れている学生をB君としましょう。B君以外のメンバーは、自分の担当パートをほぼ終えています。期限も迫っているし、早く全体を合わせて発表の練習をしなきゃならない。それなのに、B君のせいで期日に間に合わないかもしれない。そんな状況が不平不満となって口をついて出てきます。B君のせいで自分を含めたメンバー全員が悪い評価になるのはイヤだし、理不尽じゃないか。だから、個別パート毎の評価にするべきだと思う。そんな発言がA君から聞かれました。

 「ねぇ、B君を手伝ってあげれば?」。私のその発言に対して、A君の反応は思いの外シビアでした。役割分担した以上、責任を持って仕上げるべきだし、助けてもらおうとする甘い態度は実社会では通用しない。中間発表の評価は「自己責任」だから担当したパートでおこなえばいい。

 似たようなケースは、チーム制の調査やレポート制作時にも見られます。「欠席した人のフォローをするのは納得がいかない。自己責任でよいのではないか」「チームレポートを怠けた人は、自己責任として低い評価でよい」。発言するときの彼らの口ぶりから、「自己責任」は実社会における自明のルールと認識されているようです。

 だからといって、彼らが「自己責任」を全面的に支持してるかといえばNoです。「自己責任」論を他者には課しながらも、自分に適用されることには、大きな不安や恐れを抱いています。

 「社会の荒波に立ち向かうサバイバルゲームのプレイヤーとなる」「失敗が許されない世界」「実力主義、競争、社畜」…。これらの言葉は、就職活動に入る前の学生に聞いた社会人イメージです。講座やセミナーで実社会のイメージを聞いても、9割近い学生が“厳しい” “シビア”といったネガティブな言葉を口にします。

 そんな背景もあり、ちょっとお節介かなと思いつつもA君にある質問をしてみました。「ねぇ、どんな企業に就職したい?1度の失敗も許されずに、自己責任だからと誰も手伝ってくれない会社で働きたい?」。彼は強く否定しつつ、そんな会社はブラックだし、もっと社員同士が協力し合えるような企業で働きたい。そう答えました。「だったら、B君を手伝ってあげたら?」。その言葉に、彼はあっ!という表情を見せました。

 実社会と接触が少ない学生に多いのですが、断片的な情報のみで過剰にシビアな実社会イメージをつくりあげる傾向にあります。そして、そのシビアさを嫌忌しながらも、ときに自明のルールとして他者に当てはめて、自分の社会人エートスの優位性を誇示しようとします。それは結局のところ、彼らが厭う過酷な競争社会の維持に荷担しているように私には見えるのです。

 そもそも1人で仕事の成果を上げることはできないし、昨今は個人よりもチーム制で仕事をする組織が増えています。1人よりも複数名でディスカッションした方が問題解決には有効であると、コロンビア大学スミス博士らの研究でも語られていますから、チーム制は合理的な手法なのでしょう。

 チーム制のなかで長期的に成果をあげ続けることができる人材。そう考えたとき、今回のA君のような「自己責任」論は大きな阻害要因となりかねません。また、他者への狭量さも足かせとなるでしょう。

 大学受験までの評価は個人単位です。一方、実社会ではチーム単位や組織単位で成果を求められます。大学時代は、そのシステム移行のトレーニング期間と言えるでしょう。しかし、(私の皮膚感覚ですが)チームでの協働を苦手とする大学生は多いように感じます。「自分1人の方が早いし面倒くさくない」「自分の頑張りが他メンバーの評価になるのは納得できない」。このままのメンタリティでは、社会人になってから伸び悩むことが考えられます。

 最近の大学教育では、ディスカッションなどを含んだチーム制の教育手法が増えています。メンバー各々が頑張ることを前提に、困ったときには「手伝って」と言える。そして、メンバーが困っていれば役に立てるだけのチカラを持っている。そんな協働能力を持った学生が増えるとうれしいな~と感じます。そして、そんな想いで日々学生と接しています。

※『脳には妙なクセがある』池谷 裕二著、“第19章脳は妙に議論好き”の引用論文

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キャリアコンサルタント 平野恵子
キャリアコンサルタント 平野恵子

国立大学の教育学部卒業後、会社勤務を経て、現在キャリアコンサルタント(CCE,Inc.認定GCDF-Japan)。大学生や社会人などの若年層を中心としたキャリア支援を専門に活動している。また、人材会社の研究員として、就職活動に関する動向や意識調査をもとに、雑誌や専門誌への執筆も行う。