先日、新卒採用について書かれたコラムを読みました。新卒採用といっても大学生の話ではありません。高校生の新卒採用を薦める内容です。新卒の採用環境は、すでに売り市場(学生優位)に転じています。求人倍率(2015卒生)を見れば、大卒が1.61倍、高卒は1.28倍。確かに、高校生のほうが採用しやすいと言えます。
しかし、高卒採用を薦める理由は、採用のしやすさではありませんでした。“素直さ”です。採用する側にとって魅力的な“素直さ”という資質を備えているのは高卒に多い、というわけです。
確かに、仕事経験のない新卒人材にとって“素直さ”はとても魅力的です。0(ゼロ)から仕事を覚えるときには、どうしても必要な資質ですし、先輩や上司と上手くやっていく上でも大切でしょう。ですから、このコラムが言わんとしていることは、とてもよく理解できます。ただ、それでも何かモヤモヤとした違和感が私の中に残ったのです。
企業が求める“素直さ”という資質は、どんな有り様を指すのか。その“素直さ”は、なぜ高校生に多く備わっているのか。今回は、私のモヤモヤの根っこを整理してみました。
先に結論を述べれば、「高校生における“素直さ”と、大学生に求める“素直さ”は違うのではないか。両者を一緒にして、大学生に高校生の“素直さ”をあてはめ、高校生の方が素直だとすることには違和感がある」ということになります。
高校生の“素直さ”というのは、持っている資質の有無ではなく、本人の知見が少ない有り様そのものを指していると思うのです。経験値が少なく、まだ自分のものさしをしっかり持てていないからこそ、相手に指示を求め、その通りに行動する。つまり、素直でいられるのです。
高校までの学校生活では、決められた時間に登校して、決められた時間割りに従って授業が行なわれます。勉強や部活でも与えられたメニューをきちんとこなすことが高評価につながります。それは、18歳までの育成環境として、大人の目の届く枠内で成長することが望まれるからでしょう。
だからこそ彼らは、大人(先輩や上司)を信頼し、身体を預けることができます。高校生にとって素直でいることは、より自然な行動スタイルと言えるのです。しかし、同様の“素直さ”を大学生に求めるのは、ちょっと無理があるのではないでしょうか。
- 掲載日:2014/10/10
第28回 成熟した”素直さ”
大学生活では、高校よりも自由度が増します。履修科目は自分で決め、正誤を競うテストばかりでなく、自らの意見が求められます。サークルやボランティアといった活動も、ほとんどは自分たちで運営されています。学生によって経験値の多寡は異なりますが、それに応じて自分の価値観(自分のものさし)が徐々に作られていくのです。
そうなれば、単純に身体を預けきるような“素直さ”は困難になるでしょう。高校生には高校生の“素直さ”があるように、大学生には大学生が目指すべき“素直さ”がある。そう考えます。
私なりに大学生が目指す“素直さ”を表現すれば…。自分のものさしを持ちつつ、それに固執せず、いったん保留にして、他者のものさしを受け入れる知性や勇気、と言えます。そしてその“素直さ”の源泉は、自由度が増した大学生活そのものだと考えているのです。
企業の求める“素直さ”が示す行動は、高卒であれ、大卒であれ、同じでしょう。いったん全てを受け入れてやってみる、です。しかし、行動としては同じでも、そこに至る両者のプロセスには、成長による違いがほしいのです。自分と他者のものさしを俯瞰し、理解した上で、意図して素直な行動できる。そんな成熟した“素直さ”を求めます。しかし、(これが一番問題なのですが)それを持ちあわせている大学生は少ない…と言うのも事実なのです。
今の大学生は、整った社会環境で育っているので、対人関係において幼さを残しています。大学生活では、自由を謳歌し、好きに回り道をするよりも、無駄の少ない直線的な選択を好みがちです。そして、周囲に正しい選択肢を求め、与えられることが当然と考える傾向にあります。
高校以上・大学未満のような大学生活は、就職活動の時期になっても、高校生以上・大学生未満の“素直さ”しか持ちあわせていない就活生を多く生みだしているように感じます。
だからといって、「新卒採用は高校生が魅力的!」を諸手を挙げて肯定したくはないのです。別に、高卒と大卒でヒエラルキーを持たせたいわけではありません。どちらが上で、どちらが下ではなく、大学生であれば、大学教育を受けた意味のある人材になってもらいたいと考えています。
ある大学生のエントリーシートで、「言われたことは何でもするので採用してください」というフレーズを見たことがあります。4年間という時間がありながら、ただ身体を預けるだけの“素直さ”を売りにするのであれば、大学教育の意味が見出せないばかりか、あまりにも大きな時間的な損失です。
大学生にふさわしい成熟した“素直さ”を身につけてほしい。その想いは、彼らのキャリア支援にたずさわる自分自身への大きな宿題でもあります。
バックナンバー
- 第82回 「企業の思惑」に適応した「就活生の変化」
- 第81回 学生を社会人へと育成する専門職の必要性
- 第80回 “ガクチカ”と“ブラックインターン”の関係
- 第79回 就職活動が学生を成長させる理由
- 第78回 育成プロセスの見直しが必要だと考える理由
- 第77回 学生が求める“心地よい働き方”とは
- 第76回 指示的に「主体性」を育成するジレンマ
- 第75回 就職活動の受験化について考える
- 第74回 マスクを外すタイミングを考える
- 第73回 新入社員の大切な仕事
- 第72回 学生が望むキャリアの多様性
- 第71回 今どきの就活アドバイスが学生に与える影響
- 第70回 “人それぞれ”な就職活動
- 第69回 オンライン授業の出席率が高い理由
- 第68回「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」に学業「ガクチカ」も加えませんか
- 第67回 新卒採用の今昔~変わらないものを考える~
- 第66回 「わきまえた行動」を求めてしまう私たち
- 第65回 大学生活のオンライン化について思うこと
- 第64回 就活支援サービスの功罪
- 第63回 新しいコミュニケーションに適応していく若者
- 第62回 対面で映える学生、WEBで光る学生
- 第61回 新入社員の矛盾した2つの想い
- 第60回 面接で「第1志望です」と答える理由
- 第59回 「退職代行サービス」を利用する心理
- 第58回 SNSに晒されるというコミュニケーションリスク
- 第57回 「がんばる」ことが分からない
- 第56回 レイバーでない「働く」体験をインターンシップで!
- 第55回 子どもの気遣い・大人の気遣い
- 第54回 大学入学からはじめる家庭内キャリア教育
- 第53回 「知人」という弱い紐帯の重要性
- 第52回 将来の見通しの立て方
- 第51回 主体的に「自己表現しない」という選択
- 第50回 学生から社会人への移行が難しくなった理由
- 第49回 受け身の合理性
- 第48回 売り手市場における就活生の不安や悩み
- 第47回 学業で自己PRする難しさと質問内容
- 第46回 自分らしい社会人でいるために必要なこと
- 第45回 「自己分析」が好きになれない理由
- 第44回 無反応でも話しつづけられる学生
- 第43回 “コミュ力”と“トーク力”ばかりが重視される理由
- 第42回 「承認」することの効果
- 第41回 学生と一緒に「分かる」を「できる」に
- 第40回 努力は報われると考える理由
- 第39回 まだ見せていないポテンシャル
- 第38回 彼がマスクをする理由
- 第37回 クセと個性の違い
- 第36回 「好き」というエネルギー活用
- 第35回 今どき学生の出会い事情
- 第34回 様変わりしている就職活動/1990年 vs 2015年
- 第33回 売り手市場が学生に与えるマイナスの影響
- 第32回 日本の学生、アメリカの学生
- 第31回 「ジャンケン」と「多数決」の話し合い
- 第30回 学生の誤字に関するあれこれ
- 第29回 学生の「自己責任」論にみる実社会イメージ
- 第28回 成熟した”素直さ”
- 第27回 「分かり合えない」のが普通
- 第26回 就活における負のスパイラル
- 第25回 悩めない学生
- 第24回 困難を選択する困難さ
- 第23回 単語化するコミュニケーション
- 第22回 高大接続から考える学生気質
- 第21回 歴史が繰りかえす「大学生」という若者論争
- 第20回 結果とプロセス、どちらを重視?
- 第19回 「教えすぎる」「待てなさすぎる」という弊害
- 第18回 直木賞作品『何者』に見る学生コミュニケーション
- 第17回 リクルートスーツが「黒」で統一されている理由
- 第16回 “資格”にまつわる誤解
- 第15回 若者言葉にみる共感コミュニケーション
- 第14回 「3年で3割」という離職率をどう考える
- 第13回 学生から社会人への乗り越えかた
- 第12回 エントリーシートに見る今どきの学生事情
- 第11回 コミュニケーション能力を評価する難しさ
- 第10回 内定者の期待値調整
- 第9回 「大学生」という言葉のズレ
- 第8回 新米就活生の不安
- 第7回 学生から社会人への育て方
- 第6回 今どき学生の企業選び
- 第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
- 第4回 インターンシップのひずみ
- 第3回 不確実さを避ける学生
- 第2回 面接で泣く男子学生をどう思いますか?
- 第1回 「当たり前」のギャップ~大学生の消費者意識~
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キャリアコンサルタント 平野恵子
大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を
基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。
国家資格 キャリアコンサルタント