先日、通勤電車で隣に座った男性が、真剣に本を読んでいました。20代後半でしょうか。私から見ればまだまだ若手!と感じる年齢です。近ごろは電車で読書をする人が少ないので、赤ペンで下線を引きつつ、熱心にページをめくる姿に感心しながら、何を読んでいるのかが気になりました。
ちょっとお行儀が悪いと思いながらも、横目でちらっとのぞいて見ると“新入社員”“接し方”という文字が目に入ってきました。「えっ!」という感じです。ほぼ同世代なのに、HowTo本を読むほど、新入社員とのコミュニケーションに不安を感じていることが、意外だったのです。
「ダイドー働く大人力向上委員会」が行なった、20~50代の働く男女1,000名対象の『職場コミュニケーションに関する意識調査(※)』というアンケートがあります。それによれば、「新入社員に対して不安を感じる人」は46.7%と約半数を占めます。20代でも男性36.6%、女性48.7%が不安を感じています。そして、不安の内容の上位2つが「何を考えているか分からなさそう」「上手くコミュニケーションがとれなさそう」でした。世代に関係なく、新入社員との意思疎通、コミュニケーションには不安を感じる人が多いようです。
新入社員に対する不安の背景には、彼らの中に残っている“学生”という、社会人とは異質なものが関係しているように思います。それなら、日々学生と接し、彼らとの関係づくりに思考錯語している経験が、何かの役に立つかも知れません。今回は、学生や新入社員とのコミュニケーションについて、私なりにまとめてみました。
最初に結論めいたことを言ってしまえば、「分かり合えない」という姿勢に終始すること、「分かり合えない」のが普通で、その上で理解し受けとめること、となります。
- 掲載日:2014/08/12
第27回 「分かり合えない」のが普通
大学生のキャリア支援・就職支援では、学生を社会人へと移行させるため、変化を求めることが多々あります。「実社会ではこうなんだよ」と、社会人としての感覚や、ものの見方などを伝えていくプロセスです。このとき、アドバイスと称して、社会人の(もしくは自分の)価値観を押しつけてしまうことがあります。その心底には、自分たちと同質化することを求める思考があるように感じるのです。
学生気分が残っているうちは、分かり合えなくて当然。でも社会人化がすすめば、徐々に分かり合えるはず。分かり合えるようになったら一人前…。そうした同質化を求める気持ちはごく自然で強いものなので、知らず知らずに言葉を発してしまいがちです。
学生にアドバイスをするときは、「10~20年後の社会でも通用しそうか?」という問いかけを自分自身によくします。時間的強度が高いと判断すれば、アドバイスとして伝えますが、迷うときは「今の社会では○○です」などと、限定法で伝えることを心掛けています。
いま大学生の彼らが、実社会のリーダー的存在となって仕事をしている10~20年後。どんな課題があり、何を解決しなければならない社会になっているのか。私には想像がつきません。ただ、いまの社会に過剰適応した人材ばかりではマズイだろうな~と思うのです。
ですから、新卒採用でイノベーター(革新者)を求める昨今の動向には共感します。しかし、思うような人材はなかなか採用できていないようです。ターゲットとなる学生が少ない、ということもありますが、選考する側が知らず知らずのうちに、分かり合えそうな人材を選択していることも一因ではないでしょうか。
暗黙知が通じる人、自分の「当たり前」が通用する人、似た価値観を持っている人とは、少ない労力で意思疎通が可能です。同質性が高ければ高いほど、効率よく高速なコミュニケーションをはかることができます。反対に、暗黙知が通じない人、自分の「当たり前」が通用しない人、違う価値観を持っている人とのコミュニケーションは、手間がかかるし、面倒です。イノベーターのみならず、ダイバーシティ化がなかなか進まないのも、同質化を求める傾向が影響しているのではないでしょうか。それぐらい、自分と異なるものを受け入れるのは大変なのです。
だからこそ、分かり合えなくて当然、それが普通、というスタンスでいることを大切にしています。自分と異なれば、理由を聞き、時間的強度を鑑みてアドバイスが必要だと思えば伝えます。しかし、彼らの言い分に一理あると思えば、自分が変わることを考えてみるのです。異質なものをできるだけ変えない。理解して受け入れる。そんな姿勢で接してからは、分かり合えないからこそ持ち得ている魅力が、よく見えるようになりました。
この夏、インターンシップなどで学生と接する方もいるでしょう。「実社会では…」と社会人の価値観を伝えるのは最後にして、まずは彼らの話を聞いてみてはいかがでしょうか。「分かり合えない」ことが普通であり、それを前提としたコミュニケーションをすることで、新しい魅力が見えてくるかもしれません。
バックナンバー
- 第82回 「企業の思惑」に適応した「就活生の変化」
- 第81回 学生を社会人へと育成する専門職の必要性
- 第80回 “ガクチカ”と“ブラックインターン”の関係
- 第79回 就職活動が学生を成長させる理由
- 第78回 育成プロセスの見直しが必要だと考える理由
- 第77回 学生が求める“心地よい働き方”とは
- 第76回 指示的に「主体性」を育成するジレンマ
- 第75回 就職活動の受験化について考える
- 第74回 マスクを外すタイミングを考える
- 第73回 新入社員の大切な仕事
- 第72回 学生が望むキャリアの多様性
- 第71回 今どきの就活アドバイスが学生に与える影響
- 第70回 “人それぞれ”な就職活動
- 第69回 オンライン授業の出席率が高い理由
- 第68回「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」に学業「ガクチカ」も加えませんか
- 第67回 新卒採用の今昔~変わらないものを考える~
- 第66回 「わきまえた行動」を求めてしまう私たち
- 第65回 大学生活のオンライン化について思うこと
- 第64回 就活支援サービスの功罪
- 第63回 新しいコミュニケーションに適応していく若者
- 第62回 対面で映える学生、WEBで光る学生
- 第61回 新入社員の矛盾した2つの想い
- 第60回 面接で「第1志望です」と答える理由
- 第59回 「退職代行サービス」を利用する心理
- 第58回 SNSに晒されるというコミュニケーションリスク
- 第57回 「がんばる」ことが分からない
- 第56回 レイバーでない「働く」体験をインターンシップで!
- 第55回 子どもの気遣い・大人の気遣い
- 第54回 大学入学からはじめる家庭内キャリア教育
- 第53回 「知人」という弱い紐帯の重要性
- 第52回 将来の見通しの立て方
- 第51回 主体的に「自己表現しない」という選択
- 第50回 学生から社会人への移行が難しくなった理由
- 第49回 受け身の合理性
- 第48回 売り手市場における就活生の不安や悩み
- 第47回 学業で自己PRする難しさと質問内容
- 第46回 自分らしい社会人でいるために必要なこと
- 第45回 「自己分析」が好きになれない理由
- 第44回 無反応でも話しつづけられる学生
- 第43回 “コミュ力”と“トーク力”ばかりが重視される理由
- 第42回 「承認」することの効果
- 第41回 学生と一緒に「分かる」を「できる」に
- 第40回 努力は報われると考える理由
- 第39回 まだ見せていないポテンシャル
- 第38回 彼がマスクをする理由
- 第37回 クセと個性の違い
- 第36回 「好き」というエネルギー活用
- 第35回 今どき学生の出会い事情
- 第34回 様変わりしている就職活動/1990年 vs 2015年
- 第33回 売り手市場が学生に与えるマイナスの影響
- 第32回 日本の学生、アメリカの学生
- 第31回 「ジャンケン」と「多数決」の話し合い
- 第30回 学生の誤字に関するあれこれ
- 第29回 学生の「自己責任」論にみる実社会イメージ
- 第28回 成熟した”素直さ”
- 第27回 「分かり合えない」のが普通
- 第26回 就活における負のスパイラル
- 第25回 悩めない学生
- 第24回 困難を選択する困難さ
- 第23回 単語化するコミュニケーション
- 第22回 高大接続から考える学生気質
- 第21回 歴史が繰りかえす「大学生」という若者論争
- 第20回 結果とプロセス、どちらを重視?
- 第19回 「教えすぎる」「待てなさすぎる」という弊害
- 第18回 直木賞作品『何者』に見る学生コミュニケーション
- 第17回 リクルートスーツが「黒」で統一されている理由
- 第16回 “資格”にまつわる誤解
- 第15回 若者言葉にみる共感コミュニケーション
- 第14回 「3年で3割」という離職率をどう考える
- 第13回 学生から社会人への乗り越えかた
- 第12回 エントリーシートに見る今どきの学生事情
- 第11回 コミュニケーション能力を評価する難しさ
- 第10回 内定者の期待値調整
- 第9回 「大学生」という言葉のズレ
- 第8回 新米就活生の不安
- 第7回 学生から社会人への育て方
- 第6回 今どき学生の企業選び
- 第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
- 第4回 インターンシップのひずみ
- 第3回 不確実さを避ける学生
- 第2回 面接で泣く男子学生をどう思いますか?
- 第1回 「当たり前」のギャップ~大学生の消費者意識~
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キャリアコンサルタント 平野恵子
大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を
基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。
国家資格 キャリアコンサルタント