春嵐とともに迎えた新年度。今年も数多くの若者が、緊張した面持ちで新社会人としてのスタートをきりました。皆さんの周りにもそろそろ新人が配属され、OJTが始まるころではないでしょうか。
不思議なもので、新人を迎え入れると、その組織はどことなく活気づくものです。まだ未熟で育てるべき存在は、周囲にいる大人のモチベーションを高める、という話を聞いたことがあります。きっと新入社員にも、そうした特別な力があるのでしょう。そしてそれは「育てる」という行為が、人間にとって本能的な行動であることを示しているように思います。
キャリア教育や就職支援を通じて、私も「育てる」という行為を日常的に行っています。もともと人の成長プロセスに興味があったわけですが、やはり「育てる」こと自体に喜びとやりがいを感じることが多々あります。
例えば、仕事を通じて大学1~2年生と話をすると、実社会についてビックリするほど知識を持っていないということに気付きます。社会人が普段何気なく使っている言葉(例えば、ルート営業、内勤、決算、企業年金など…)すら、彼らにとっては新鮮です。「そうなんですね」「初めて知りました」「勉強になります」。そんな言葉が、私の気持ちを刺激します。もっと有益な情報を提供したい。実社会で力強く生きていけるだけの大人に育てたい。そんな想いが強くなるのです。
- 掲載日:2013/04/12
第19回 「教えすぎる」「待てなさすぎる」という弊害
そして、うっかり「教えすぎる」という落とし穴にはまってしまいます。
どんどん成長してもらうために、分かりやすく教えよう。仕事で培ったサービス精神と改善精神を発揮して、教え方はどんどん洗練されていきます。学生からも「分かりやすい」といったコメントが増えていきます。教える側からすると、これは一見良いことのように思いがちです。実際、活動期間が限られる就職活動においてはメリットが大きいことも確かです。しかし、数年前から私はこのやり方を変えました。
分かりやすく教えられるようになった結果、学生は知りたいことを得るのにストレスが少なくなりました。そしてそれは、より受け身で従順な態度を強化させることになってしまったのです。「分かりません」と手を挙げる必要もなく、ただ説明を聞き、言われたワークをこなす。そうやって手取り足取り指導してくれる講師の言う通りにしていれば、何かを得たような気になる。そんな学生態度が気になるようになったのです。
また、「教えすぎる」だけでなく「待てなさすぎる」という落とし穴もあります。
講座やセミナーの時間は限られています。就職活動に入れば、卒業というタイムリミットがありますから時間との競争になります。支援したい学生も相当数います。その結果、一人に割ける時間はかなり限定されます。そこで、ついつい指示的なアドバイスをしてしまうのです。本来であれば、学生の思考がまとまり、さらに適切な言葉によって言語化できるまでじっくり待つべきでしょう。でも、なかなかできないのが現実です。
「教えすぎる」「待てなさすぎる」。そうした大人の事情によって、効率的でスピーディな育成環境に馴染んだ学生は、自分で考えるという手間を厭うようになります。良いやり方を知っているなら教えてほしい。教えるべきだ。そのほうが合理的。そして、失敗リスクの少ない、先の見通しが立ったスマートな行動しか選択したがらない学生が増えていくのです。
最近の私は、教えすぎる自分に一生懸命ブレーキをかけています。時間の制約は相変わらずあるのですが、可能な限り待ち、彼らに考えることを強いています。教えすぎることを抑制し、できるだけ待つこと。今はそれを大事にしています。
これは新人育成においても、相通じるところがあるのではないでしょうか。社会人経験が豊富であればあるほど、効率の良いやり方を指示できる先見性があります。仕事をする上で、時間の余裕がないという現実もあります。うっかりすると、待つべき場面で必要以上に教えすぎてしまうとも限りません。
このやり方が全ての育成場面に当てはまるとは思いません。しかし、ビジネスで通用する思考力を鍛え、未知な事象における対応力を身につけてもらうためには有効だと感じます。シビアな経済環境の中で、彼らの思考がまとまるまで待ち、失敗を覚悟で見守る。それが難しいことは承知の上です。しかし、ビジネスのスピードは増しても、人の成長スピードは今も昔も変わりません。
「育てる」ことは、そもそも手間のかかるもの。自分が新人のころ、見守ってくれていた上司や先輩の顔を思い浮かべながら、先を急ぎがちな自分にそう言い聞かせています。
バックナンバー
- 第82回 「企業の思惑」に適応した「就活生の変化」
- 第81回 学生を社会人へと育成する専門職の必要性
- 第80回 “ガクチカ”と“ブラックインターン”の関係
- 第79回 就職活動が学生を成長させる理由
- 第78回 育成プロセスの見直しが必要だと考える理由
- 第77回 学生が求める“心地よい働き方”とは
- 第76回 指示的に「主体性」を育成するジレンマ
- 第75回 就職活動の受験化について考える
- 第74回 マスクを外すタイミングを考える
- 第73回 新入社員の大切な仕事
- 第72回 学生が望むキャリアの多様性
- 第71回 今どきの就活アドバイスが学生に与える影響
- 第70回 “人それぞれ”な就職活動
- 第69回 オンライン授業の出席率が高い理由
- 第68回「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」に学業「ガクチカ」も加えませんか
- 第67回 新卒採用の今昔~変わらないものを考える~
- 第66回 「わきまえた行動」を求めてしまう私たち
- 第65回 大学生活のオンライン化について思うこと
- 第64回 就活支援サービスの功罪
- 第63回 新しいコミュニケーションに適応していく若者
- 第62回 対面で映える学生、WEBで光る学生
- 第61回 新入社員の矛盾した2つの想い
- 第60回 面接で「第1志望です」と答える理由
- 第59回 「退職代行サービス」を利用する心理
- 第58回 SNSに晒されるというコミュニケーションリスク
- 第57回 「がんばる」ことが分からない
- 第56回 レイバーでない「働く」体験をインターンシップで!
- 第55回 子どもの気遣い・大人の気遣い
- 第54回 大学入学からはじめる家庭内キャリア教育
- 第53回 「知人」という弱い紐帯の重要性
- 第52回 将来の見通しの立て方
- 第51回 主体的に「自己表現しない」という選択
- 第50回 学生から社会人への移行が難しくなった理由
- 第49回 受け身の合理性
- 第48回 売り手市場における就活生の不安や悩み
- 第47回 学業で自己PRする難しさと質問内容
- 第46回 自分らしい社会人でいるために必要なこと
- 第45回 「自己分析」が好きになれない理由
- 第44回 無反応でも話しつづけられる学生
- 第43回 “コミュ力”と“トーク力”ばかりが重視される理由
- 第42回 「承認」することの効果
- 第41回 学生と一緒に「分かる」を「できる」に
- 第40回 努力は報われると考える理由
- 第39回 まだ見せていないポテンシャル
- 第38回 彼がマスクをする理由
- 第37回 クセと個性の違い
- 第36回 「好き」というエネルギー活用
- 第35回 今どき学生の出会い事情
- 第34回 様変わりしている就職活動/1990年 vs 2015年
- 第33回 売り手市場が学生に与えるマイナスの影響
- 第32回 日本の学生、アメリカの学生
- 第31回 「ジャンケン」と「多数決」の話し合い
- 第30回 学生の誤字に関するあれこれ
- 第29回 学生の「自己責任」論にみる実社会イメージ
- 第28回 成熟した”素直さ”
- 第27回 「分かり合えない」のが普通
- 第26回 就活における負のスパイラル
- 第25回 悩めない学生
- 第24回 困難を選択する困難さ
- 第23回 単語化するコミュニケーション
- 第22回 高大接続から考える学生気質
- 第21回 歴史が繰りかえす「大学生」という若者論争
- 第20回 結果とプロセス、どちらを重視?
- 第19回 「教えすぎる」「待てなさすぎる」という弊害
- 第18回 直木賞作品『何者』に見る学生コミュニケーション
- 第17回 リクルートスーツが「黒」で統一されている理由
- 第16回 “資格”にまつわる誤解
- 第15回 若者言葉にみる共感コミュニケーション
- 第14回 「3年で3割」という離職率をどう考える
- 第13回 学生から社会人への乗り越えかた
- 第12回 エントリーシートに見る今どきの学生事情
- 第11回 コミュニケーション能力を評価する難しさ
- 第10回 内定者の期待値調整
- 第9回 「大学生」という言葉のズレ
- 第8回 新米就活生の不安
- 第7回 学生から社会人への育て方
- 第6回 今どき学生の企業選び
- 第5回 採用時期の繰り下げ問題と学生の意識
- 第4回 インターンシップのひずみ
- 第3回 不確実さを避ける学生
- 第2回 面接で泣く男子学生をどう思いますか?
- 第1回 「当たり前」のギャップ~大学生の消費者意識~
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キャリアコンサルタント 平野恵子
大学低学年から新入社員までの若年層キャリアを専門とする。
大学生のキャリア・就職支援に直接関わりつつ、就職活動・採用活動のデータ分析を
基に、雑誌や専門誌への執筆などを行う。
国家資格 キャリアコンサルタント